表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双魚譚  作者: 毛野智人
6/10

(六)

 ——ディオニュソスの(テュルソス)、ヘカテーの(きよ)めの松明(たいまつ)、ヘパイストスの溶鉱。

 ——神々の力に膝を折る巨人ども。

 ——逃げ出したとて末路は変わらず。

 ——アテナは島を持ち上げ投擲(とうてき)す。

 ——ポセイドンは島を千切りて散弾降らす。

 ——ハデスの(かぶと)借るヘルメスは、姿を隠して奮迅の働き。

 ——アルテミスは運命の女神達(モイライ)連れて加勢せり。

 ——絶体絶命の巨人ども。

 ——(ことごと)くヘラクレスの矢にて息絶える。

 ——かくして勝利はオリュンポスにあり。

 ——新しき天空の主、ゼウスに栄光あり。


 詩歌女神(ムーサイ)の合唱は終わった。

 劇的な旋律と美しい和声に、宴の客人らは割れんばかりの拍手と歓声を送った。

 しかしその賞賛を遮るようにアポロンが竪琴を掻き鳴らす。

 突然の不穏な音色に一同は困惑した。

(いくさ)の元は彼らにあったか、それとも我らにあったのか。勝利が禍根を消しはしないことを忘てはならぬ。真実を知る者には聞こえるであろう。母の怒りと嘆きの代弁者の跫音(あしおと)が」

 歌うように高らかに説くアポロンに、客人らは(ざわ)めき、ゼウスですら落ち着かぬ様子だ。

 何か音がする、と呟いた者があった。

 釣られて耳を澄ませる者達も出てくる。


 啾々(しゅうしゅう)

 啾々(しゅうしゅう)

 颼々(しゅうしゅう)

 颼々(しゅうしゅう)


 空の下から聞き慣れぬ音。

 好奇心に駆られた者達が覗きに行った。

 やがて上がる悲鳴。

 そして、断末魔の叫び声。

 ゼウスの周りの者達も腰を浮かせた。

「アポロン。何が起こっている?」

 アポロンは父親たる大神を見据えた。

「これは貴方の罪。そして罪に対する罰。どうか、ガイアの怒りを、正面からお受け止めください」

 ゼウスの向かい。アポロンの背後。オリュンポス山の頂上を超えて、何者かが姿を現す。

 空中をのたくっているのは太い蛇の尾。

 次いで、巨大な手が伸びて天空を押さえつけた。

 雷にも似た恐ろしい唸り声。

 何がやってくるのか。

 恐怖に(おのの)き、誰もその場から動けない。

 空に掛けた手に力を込めて、その怪物は徐々に頭を、顎を、上体を、空の上へと突き出した。

 風を受けて逆立つ髪。

 火炎を放つ両眼。

 鋭利な牙持つ大きな口。

 肩からは百もの竜の頭。

 全身から生える翼。

 燃える目で一同を睨みつけると、顎門(あぎと)を開けて炎を吹いた。

 宴の客は悲鳴と共に遁走(とんそう)し始める。

「ガイアが貴方がティタンを封じた奈落(タルタロス)と交わり生み落とした者。最恐の怪物テュポンです。貴方への恨みのみに突き動かされて生きている」

 テュポンは長く伸びた髪を振り乱し、ゼウスを威嚇した。

 そして巨大な体の向きを変え、視界の端で逃げ惑う神々を追いかけに行く。

「あれが欲するのは、貴方の()べるこの世の全てを破壊し尽くすこと。それと、貴方自身を滅ぼすこと」

「あれを止めるにはどうすればいい?」

「ゼウスの手によってのみ、可能かと」

(わし)と一騎討ちをしようというわけか」

 アポロンは頷いた。

「貴方ご自身の手で始末を付けられたなら、ガイアも観念することでしょう」

「執念深いことよ。女は皆、母になると変わりおる。子を持っても変わらぬのはアフロディテくらいのものじゃ」

 ゼウスの世迷言をアポロンは鼻で(わら)って一蹴する。

「貴方は本当に、お強いが真実の見えぬお方だ」

「やけに突っかかってくるではないか。そなた、ガイアと手を組んでいるのではあるまいな?」

「まさか。わたしが味方をするのは真実のみですよ」

 アポロンは微笑む。

「あの怪物を征することができるのは貴方だけです。どうか再び安寧を(もたら)してください。我らの王よ」

「儂も(さか)しい息子を持ったものじゃ」

 ゼウスは右腕を天に(かざ)し構える。

 火花の()ぜる音と共に、雷電がゼウスの手に集まってくる。

「儂が如何に強いかよく見ておけ」

 ゼウスは雷霆(らいてい)を振り被り、テュポン目掛けて投げ放った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ