(三)
大いなる戦を歌うに、何処から始めよう。
巨人の生まれ出でた日か。
我らの王が生まれ出でた日か。
その父クロノスの生まれ出でた日か。
我ら全ての誕生は、大地の御胸の為せる業。
然れば、大地の初めて子を生せし日から始めよう。
果てしなく揺るがぬ大地。
彼女の初子は星鏤めたる天空なり。
天空は大地と等しく果てしなく、その身を拡ぐ。
大地は天空に覆わるるまま、添寝し契りを交わす。
世を統べる天空、大地を娶り、まず百手巨人を。
次いで単眼巨人を生ませしが、その剛さと醜さに、奈落へ己が子ら放りけり。
さらに天空と大地は交わりて、ティタンの神々世に出づ。
自ら生みし子らの不遇に大地の嘆きは深く、遠く。
その愛惜と悔恨は、奈落の我が子に届かんばかり。
夫の非道を断ずるは妻の翹望。
残れる我が子らに託せしは、その父への叛逆。
母からの贈り物は、父を馘る道具と思惑。
末子のクロノスに金剛の鎌。
閃く刃、天空の陰部を刈り取り大海へ投ず。
父は斃れ、子が簒す。
母の恨みを晴らさんと、地獄より取り戻したる巨人の兄弟。
新たなる主クロノスは、己が兄らを一目見て、父と同じ轍を踏めり。
即ち、彼らを再び奈落の底へ。
然ては、父母同じ姉、レアを妻とせり。
怒り嘆く父と母。
我が子の行く末を呪い、予言を授く。
如何に栄華を極めようとも、自身が父にしたと同じく、己の子によりその権を簒奪されよう、と。
予言の成就を避けんとし、クロノスは生まれた我が子を呑み込めり。
まず、炉守るヘスティア。
次に、豊穣司るデメテル。
更には、貞淑なる貴婦人ヘラ。
また、冥府を支配するハデス。
果ては、海と陸持つポセイドン。
後にオリュンポスに名を連ねる神々が、生まれた側から次々と、父の肚へ。
怒れるレアは、次に孕んだ我が子こそは夫の餌食にさせじと、クレタで密かにゼウスを生めり。
他方で夫には、襁褓で包んだ石を渡すが、愚かな夫はそうと気づかず一呑みに。
クレタで成長せしゼウス、父を凌駕するを望み、智慧豊かなメティスの力を借りてクロノスに秘薬を飲ます。
智神の御業の明快なり。
クロノスの顎門、ゼウスの身代わり石ぞ吐き出せる。
打ち続きて、哀れな兄弟たちが次々と。
まず、海原駆けるポセイドン。
次に、地の底棲まうハデス。
更には、ゼウスに嫁ぐヘラ。
また、不死の秘儀知るデメテル。
果ては、聖火もたらすヘスティア。
兄弟を取り戻せしゼウス、予言の通り父より簒奪を図り、クロノスと彼が率いるティタンの神々を相手に開戦す。
流石に強きティタンの神々。
十年の間、彼らを打ち負かすことは叶わず。
だが忘るる勿れ、ティタンを憎むはクロノスの子らのみにあらず。
剛き子らを奈落に幽さる母なる大地。
我が子の行く末を呪い、予言を授く。
暗く恐ろしき奈落に囚われし者らの手を借りなば、ゼウスは己の父より勝利を得よう、と。
予言の成就を目指し、ゼウスらは奈落から大地の子らを解き放てり。
醜き同胞に神酒と神食を。
姿形は如何にあれど、紛れもなく大地が生みし、いと強き神々に変わりないが故に。
百手巨人、単眼巨人の兄弟は天空の裔たちへの感謝から、彼らに加勢するを誓言す。
剛腕と匠の業持つ、円き一つ目の単眼巨人。
クロノスの御子らに、ティタンどもを討ち得る新たな武具を与えたり。
これこそ、今なおゼウスがその御手に振り翳すもの。
死すべき者どもと不死なる神々のうちの何人も触れること能わぬもの——轟く雷鳴。天裂く雷光。
すなわち、燃え盛る雷霆ぞ、ゼウスに与えられける。
また、ハデスには身を隠す兜を。
ポセイドンには三叉の戟を。
大地の予言に従いて、クロノスの子はティタンの神に再び挑まん。
ゼウスは手中の雷霆を投擲せり。
閃光上空を駆け、傲れる神々の両目が盲う。
火炎が大地と天空の間に渦巻き、凡ゆるものを呑み込みゆく。
森は燃え、海は沸き、風は灼熱のまま吹き荒れる。
天空と大地がかつて分かたれたことを忘れ、原初の混沌に戻るかの如き響動。
五十の首持ち、百の剛腕伸びる百手巨人。
巌砕きて矢弾とし、頑健なる腕で尚も向かい来る敵に投げつけたり。
間を空けぬ猛攻に、築かれるは巌の山。
生きながら地中へ埋まり、身動ぎ一つ適わぬティタンの神々。
そのまま彼らを地の底へと押し込めり。
巨神達の沈淪。
天地の隔たりと等しく遥か深き奈落の底へ。
此度はティタンの神々が囚となりて、百手巨人がその門番。
ついにゼウスは父より天を統べる権を奪えり。
大地の予言は成就せり。
世には祝福と安寧。
種々の神々、妖精、人間、半神が栄ゆ。
然れど、賢き者は耳澄ませ。
祝祭の声の隙に、地の底より鳴動聞ゆ。
母なる大地に哀訴する巨神らの足掻き。
吾子の嘆きに心動くは母の性か。
志すは、ティタンを虐げるゼウスへの復讐。
立ち上がれるは、天空と大地の子らの兄弟。
クロノスが父の陰部刈りし折、迸りたる血飛沫の、大地に染んだところから生まれし者ども。
決して神々の力では滅ぼし得ぬ者ども。
巨躯にして無敵を誇る、いと恐ろしき巨人族。