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双魚譚  作者: 毛野智人
3/10

(三)

 大いなる(いくさ)を歌うに、何処(いずこ)から始めよう。

 巨人の生まれ出でた日か。

 我らの王が生まれ出でた日か。

 その父クロノスの生まれ出でた日か。

 我ら全ての誕生は、大地の御胸(みむね)の為せる(わざ)

 ()れば、大地の初めて子を()せし日から始めよう。


 果てしなく揺るがぬ大地(ガイア)

 彼女の初子(ういご)は星(ちりば)めたる天空(ウラノス)なり。

 天空は大地と等しく果てしなく、その身を(ひろ)ぐ。

 大地は天空に覆わるるまま、添寝し契りを交わす。

 世を統べる天空、大地を(めと)り、まず百手巨人(ヘカトンケイル)を。

 次いで単眼巨人(キュクロプス)を生ませしが、その(つよ)さと醜さに、奈落(タルタロス)へ己が子ら放りけり。

 さらに天空と大地は交わりて、ティタンの神々世に出づ。

 自ら生みし子らの不遇に大地の嘆きは深く、遠く。

 その愛惜と悔恨は、奈落の我が子に届かんばかり。

 夫の非道を断ずるは妻の翹望(ぎょうぼう)

 残れる我が子らに託せしは、その父への叛逆。

 母からの贈り物は、父を(くびき)る道具と思惑。

 末子のクロノスに金剛の鎌。

 (ひらめ)く刃、天空(ウラノス)陰部(ほぞ)を刈り取り大海へ投ず。

 父は(たお)れ、子が(さん)す。

 母の恨みを晴らさんと、地獄より取り戻したる巨人の兄弟。

 新たなる主クロノスは、己が兄らを一目見て、父と同じ轍を踏めり。

 即ち、彼らを再び奈落の底へ。

 ()ては、父母(かぞいろ)同じ姉、レアを妻とせり。

 怒り嘆く父と母。

 我が子の行く末を呪い、予言を(さず)く。

 如何に栄華を極めようとも、自身が父にしたと同じく、己の子によりその(ちから)簒奪(さんだつ)されよう、と。


 予言の成就を避けんとし、クロノスは生まれた我が子を呑み込めり。

 まず、炉守るヘスティア。

 次に、豊穣司るデメテル。

 更には、貞淑なる貴婦人ヘラ。

 また、冥府を支配するハデス。

 果ては、海と陸持つポセイドン。

 後にオリュンポスに名を連ねる神々が、生まれた側から次々と、父の(はら)へ。

 怒れるレアは、次に孕んだ我が子こそは夫の餌食にさせじと、クレタで密かにゼウスを生めり。

 他方で夫には、襁褓(むつき)で包んだ石を渡すが、愚かな夫はそうと気づかず一呑みに。

 クレタで成長せしゼウス、父を凌駕するを望み、智慧豊かなメティスの力を借りてクロノスに秘薬を飲ます。

 智神の御業(みわざ)の明快なり。

 クロノスの顎門(あぎと)、ゼウスの身代わり石ぞ吐き出せる。

 打ち続きて、哀れな兄弟たちが次々と。

 まず、海原駆けるポセイドン。

 次に、地の底棲まうハデス。

 更には、ゼウスに(とつ)ぐヘラ。

 また、不死の秘儀知るデメテル。

 果ては、聖火もたらすヘスティア。

 兄弟を取り戻せしゼウス、予言の通り父より簒奪を図り、クロノスと彼が率いるティタンの神々を相手に開戦す。


 流石に強きティタンの神々。

 十年(ととせ)の間、彼らを打ち負かすことは叶わず。

 だが忘るる(なか)れ、ティタンを憎むはクロノスの子らのみにあらず。

 剛き子らを奈落に幽さる母なる大地。

 我が子(クロノス)の行く末を呪い、予言を授く。

 暗く恐ろしき奈落に囚われし者らの手を借りなば、ゼウスは己の父より勝利を得よう、と。

 予言の成就を目指し、ゼウスらは奈落から大地の子らを解き放てり。

 醜き同胞に神酒(ネクタル)神食(アンブロシア)を。

 姿形は如何にあれど、紛れもなく大地が生みし、いと強き神々に変わりないが故に。

 百手巨人(ヘカトンケイル)単眼巨人(キュクロプス)の兄弟は天空の裔たち(ウラニオネス)への感謝から、彼らに加勢するを誓言す。


 剛腕と匠の(わざ)持つ、(まる)き一つ目の単眼巨人。

 クロノスの御子らに、ティタンどもを討ち得る新たな武具を与えたり。

 これこそ、今なおゼウスがその御手に振り(かざ)すもの。

 死すべき者どもと不死なる神々のうちの何人も触れること(あた)わぬもの——(とどろ)く雷鳴。天裂く雷光。

 すなわち、燃え盛る雷霆(らいてい)ぞ、ゼウスに与えられける。

 また、ハデスには身を隠す(かぶと)を。

 ポセイドンには三叉の(ほこ)を。

 大地の予言に従いて、クロノスの子はティタンの神に再び挑まん。

 ゼウスは手中の雷霆を投擲(とうてき)せり。

 閃光上空を駆け、(おご)れる神々の両目が(めし)う。

 火炎が大地と天空の間に渦巻き、(あら)ゆるものを呑み込みゆく。

 森は燃え、海は沸き、風は灼熱のまま吹き荒れる。

 天空と大地がかつて分かたれたことを忘れ、原初の混沌に戻るかの如き響動(とよみ)

 五十の首持ち、百の剛腕伸びる百手巨人。

 (いわお)砕きて矢弾とし、頑健なる腕で尚も向かい来る敵に投げつけたり。

 間を空けぬ猛攻に、築かれるは巌の山。

 生きながら地中へ埋まり、身動(みじろ)ぎ一つ適わぬティタンの神々。

 そのまま彼らを地の底へと押し込めり。

 巨神達の沈淪(ちんりん)

 天地の隔たりと等しく遥か深き奈落の底(タルタロス)へ。

 此度はティタンの神々が(とりこ)となりて、百手巨人がその門番。


 ついにゼウスは父より天を統べる(ちから)を奪えり。

 大地の予言は成就せり。

 世には祝福と安寧。

 種々(くさぐさ)の神々、妖精、人間、半神が栄ゆ。

 ()れど、賢き者は耳澄ませ。

 祝祭の声の隙に、地の底より鳴動(きこ)ゆ。

 母なる大地に哀訴する巨神らの足掻き。

 吾子(あこ)の嘆きに心動くは母の(さが)か。

 (こころざ)すは、ティタンを(しいた)げるゼウスへの復讐。

 立ち上がれるは、天空(ウラノス)大地(ガイア)の子らの兄弟(はらから)

 クロノスが父の陰部(ほぞ)刈りし折、(ほとばし)りたる血飛沫(ちしぶき)の、大地に()んだところから生まれし者ども。

 決して神々の力では滅ぼし得ぬ者ども。

 巨躯にして無敵を誇る、いと恐ろしき巨人族。

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