02:見えるのも楽じゃない
今、オレは英単語が十個程ならんだ紙とにらめっこをしている。
あの後、オレは女を避けて校門を通り無事に教室へと辿り着いた。
しかしそこには小テストという悪魔がぽっかりと口を開けていた。
角浜先生が言っていた“見える”とはやはりそういう意味なのだろう。
つまり朝の親父の幽霊は本物でオレは突然、霊能力に目覚めたわけだ。
口で言うのは簡単だがこれは一大事だ。
オレは毎日、15禁がかかるようなグロい光景と付き合わなければいけないのか?
その時、スッと腕が現れ紙の中の問題を一つ指差す。
「これ、間違ってるよ。物体の上に物がある場合は“on”だけどこの場合は距離がある上だから“above”だよ。」
声が間違いを指摘する。
そう言えば先生も注意するように言ってたな。
「どうも。」
オレは言われた通り消しゴムで間違えた単語を消して…
……あれ?
振り向くと眼鏡をかけて、わが校の学生服を来たいかにも優等生な雰囲気の“半透明”の男が立っていた。
オレは授業中であるのも忘れて盛大に叫んだ。クラスの全員からの視線が突き刺さる。
「浅田君、ふざけないで。」
先生が一度だけ顔を上げすぐに書類に視線を戻し言う。
その声を聞きみんなテストに意識を戻したが数人、抑え切れなかった笑い声を漏らしていた。
後ろでも半透明の男が盛大に笑っているのが聞こえた。
しかし誰一人、こいつには反応しない。
校門の女と同じだ。
やがて男が笑うのを止めて言ってきた。
「なんだ、君は“見える”ことに気が付いて無いのか!」
こいつの言った言葉で朝、見た親父が幻覚だという逃避が出来なくなった。
「どうしたんだよ、リュウ。授業中に叫ぶなんて。見てるこっちが恥ずかしかったよ。」
シュウがオレの前の席を勝手に借りて机に突っ伏してるオレに言う。
そう言えばつい最近までリュウくんと呼んできてたのに呼び捨てに変わってるな。
まぁリュウくんは不服だったから良いけど。
「ん…いや、何でも……。」
曖昧な返事を返す。
いくら親友のシュウにだって“オレ、霊を見えるんだ”なんて言えば精神状態を疑われる。
「本当に恥ずかしいよ。」
後ろから元凶である半透明の男が話しかけてくる。
シュウには見えていないはずだ。
名前は粗片。
とは言っても名字しか教えてくれなかった。
こいつはオレの年代が入学する前に病死してしまった事がわかった。
オレのこの適応力を誰か褒めてくれ。
しかしこいつの存在によって霊能力を認めざる得なくなった。
今すぐ消え去って欲しい。
シュウが息を吐き出す。
そして口を開いた。
「何だよそれ。まぁ別にいいけど。」
オレとしてもその方が大助かりだ。
シュウは立ち上がり椅子を戻す。
「次は移動授業だよ?早く行こう。」
「りょ〜かい。次は…技術か。」
オレとシュウは雑談を続けながら廊下に出た。
―霊が見えるようになったのら百歩譲って認めるとしてもなんでオレなんだ?
まぁこんな考えは例えるなら“なんで金持ちの家に生まれなかったんだ”とかと同じようなものだ。
「って何でお前がついてきてんだよ…?」
小声で粗片に言う。
すると両手のひらを上に向け、肘を曲げたあとそれを広げてため息をつく。
「邪魔くさっ。」
うんざりして言うとシュウが、どうかした?と聞いてきたので何でもないと言っておいた。
「違う、そうじゃない。」
後ろから粗片がいちいちケチをつけてくる。
「うっせーな。」
今回の技術の授業では木材を使ってペン立てを作るのだが評価の対象はあくまでもどれほど自分が出来る限り頑張っているかである。
完成度はそれほど重要ではない。
しかし粗片はしつこい。
オレが金槌で釘を打とうとして誤って木材に軽く打ち付けた瞬間、鬼の首をとったかのように言った。
「また木が凹んだじゃないか!」
さらに畳み掛けるように力学がうんたらかんたら言う。
粗片を一度見た後、金槌を思いっ切り振り下ろした。
元より薄い木材だったので豪快な音と共に一撃で砕け散った。
それを見て粗片は唖然とした後、黙り込んだ。
「浅田! どうした?」
先生が心配そうにこっちを見る。
木材の破片で怪我でもしていたら問題があるからだろう。
若い女性の教師なら多少、ときめいたかもなどとオレは考える。
「大丈夫です。少し力んでしまっただけなんで。それより新しい木材、貰えますか?」
再び線を引き直さなければいけないが気分は爽快だった。
そんなオレにシュウが話しかけてきた。
「リュウ、どうしたんだよ? 普段ならこんなミスしないだろ。」
シュウの言う通り普段のオレは慎重に物事を進める人間だと自分でも一応、思っている。
「ちょっと腹が立つことを思い出してな。」
そう答えて先生から受け取った木材に線を引き始めた。
ふとシュウを見てみると鋸で三等分に斬られた木材とにらめっこしている。
その切り口はお世辞にも綺麗とは言えない。
「にしても面倒くさいな〜…。」
そう呟いて板が傷むことも構わずまるで火の用心のように板同士をぶつける。
カァンと澄んだ音が出た。
この程度の音よりも声の大きさの方が大きく誰も振り向かない。
「シュウはこういうのよりも普通の勉強の方が得意だよな。」
オレが言うとシュウが頷いた。
しかし何故かため息をつく。
「でもぼくはリュウみたいに運動ができて手先が器用な方がよかったな。」
オレとしては将来のことを考えてシュウのように勉強が出来る方がよかった。
それにこれは器用の問題ではなくどこまで根気よく、丁寧に出来るかが重要なのだ。
少し意識してやれば誰でも出来るだろう。
その時、後ろから笑い声が聞こえた。
「全く…幼稚な物を作っているね。ボクならこれくらいあっと言う間に作れるよ。第一このシュウとか言う奴、寸法は正しいのに切り方が全然じゃないか。それに…」
その後もぶつぶつ、ぶつぶつ繰り返す。
仕舞にはオレにまで同意を求めてきやがった。
「なぁ、君もそう思うだろ? 口に出さないだけ…」
その時、オレは机に置いたままだった鋸を仕舞おうと席を立ちうっかり粗片の顔を斬ってしまった。
当然、実体が無い相手なので通り抜けたが感情はあるので粗片は目を見開いて停止する。
「あ、いいよ。ぼくが仕舞うから。」
シュウも席を立ち鋸を受け取ろうとしてきたが
「いいって!」と言ってオレは鋸を木箱に戻した。
線を引き終えた頃に丁度、授業の終了を告げる音が流れた。
「よし、終わったぁ!」
シュウが席を立ち体を伸ばす。
オレも笑いながら立ち上がった。
その時、学生服のポケットから何か四角く平たい物が床に落ちた。
何となく見覚えがあったので屈んで拾い上げてみる。
それはプラスチックの薄いプロテクターのような物に入ったカードだった。
何やら文字が刻まれている。
どうやら裏にも何かあるらしく気になってカードを裏返してギョッとした。
免許証のようで一番上には英語でその免許の名前であろうものが書いてあったが重要なのはそこではない。
なんと免許証にはオレの顔写真と名前が書いてあった。




