リベージ
これにて、GW午前午後投稿企画は終了となります。
これからも一日一話は更新していくので、今後ともよろしくお願い致します。
最後となりましたが、私の作品を読んでいただき、ありがとうございました!
店を出るのと同時に左側から誰かが走ってきていた。
その速度は目を見張る物であり、ここから避ける事は無理だと判断してその人物を受け止める事にする。
「――ッ!!」
ぶつかる直前でその人物も俺に気づいたらしいが、時すでに遅し。
身体が触れた瞬間に軽く後ろへ引いて、勢いを殺し、受け止める。
「あっ……あ……」
「大丈夫か?」
走ってきた人物の顔をよく見てみると、青い髪を肩まで伸ばし、同じく青い瞳をした少女だった。
少女は頭を俺の胸に押し付けながら、あわあわとしている。
「「――ッ!? ……ん!?」」
再度大丈夫かと聞こうとした時、俺はピリッと少女と触れている場所に電流が流れるのを感じた。
(この感覚、白華と同じ……まさか、この子も魔刀なのか?)
「……? ……??」
どうやら、それを感じたのは少女もだったらしく、首を傾げながら頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。
だが、その反応的に自分が魔刀だとは知らないのだろう。いや、もしかしたら似て非なる者の可能性だってあるから、俺も決めつける事は出来ない。
「……大丈夫か? 上手く受け止めたつもりなんだが」
「えっ! あっ! だ、大丈夫ですっ!!」
少女が大きく飛びのく。
それによって行き場が無くなった両手を俺はプラプラと宙に彷徨わせた。
「あっ……!!」
「ん?」
そんな事をしていると、少女は俺の右手首に括りつけられた“美咲がつけていた赤い紐”を見て声を上げた。
「そ、それ……っ!」
「ああ、コレか……」
「ちょっと見せてもらってもいいですかっ!?」
「……丁寧に扱ってくれよ?」
少女に注意しながら、俺は赤い紐を外して手渡す。
その時、指が少女に当たり、またバチリッと電流が走る。
(やっぱり、白華と同じ――いや、コレはそれ以上だ。まるで、俺の半身がそこに居るような感覚……自分に欠けている物がそこにある、そんな感じがする)
少女も感じたのか、俺のフードに覆われた顔をジッと見てくる。
観察するように、探るように、見極めるように……その目からは“俺”という人間がどういう人間であるかを深く理解しようとしている。
「……ソレ、もういいのか?」
俺が少女の手にある赤い紐を指さすと、慌ててソレを観察し始めた。
と言っても、それはただの紐であって特別何かの能力が付与されているとか、そういうわけではないんだけどな。
「……やっぱり、コレ……」
「ん?」
少女が小声で何かを呟いた後、紐を握り締めて俺の顔をジッと見てくる。
「コレ、どうしたんですか?」
「娘が……見つけたんだ。母親の匂いがするって言ってな。それで、置いてくるのも嫌だったから、俺が貰って来たんだよ……俺にとっても、思い出深い物だから」
「――ッ!!」
少女の目が大きく見開かれる。
見れば見る程、綺麗な青い瞳で、その瞳の中にある海に沈んでいきそうな感覚さえした。
「あ、あの……お名前は……?」
名前を尋ねられて、俺は少し迷ってしまう。
もしかしたら、目の前に居る少女は俺が指名手配されている事を知っているかもしれないからだ。ここで、下手に名乗って即逮捕なんて事になったら笑えない。
特に、日本人の名前はこの世界では目立つ。
「……」
「……」
だが、少女は真剣な顔で俺の事を見ている。
その顔には、俺が一ノ瀬 裕だったら捕まえてやろうなどという事よりも、もっと重要な何かがあると言いたいかのようだった。
「裕だ」
だから、名乗ることにした。
フルネームだったら目立つが、下の名前だけだったらこの世界でも“ちょっと特殊”って言い訳でどうにかなるかもしれないからだ。
「――」
俺の名前を聞いた少女は目を更に大きく開いて、一歩下がる。
「……会えた」
口から漏れだした呟きはよく聞こえなかったが、どんどん目に涙が溜まってくる。
ここでこの子が泣き出したら、俺が悪い事になるのかな……。
だが、不思議だ。
この光景を俺は“懐かしい”と思っている。いつかのどこか、ここじゃないどこかで俺はこの子のように目に涙を溜める女の子を知っている。
「似てるな」
「えっ……?」
「あぁ、いや。とても大切な人に君があまりに似ていたから……」
目の前の少女は、美咲に似ている。
美咲も嬉しくて泣くときはこんな感じで目に涙を溜めるようなヤツだった。
「……そっか。今の私じゃ、わからないよね」
「ん? 何か言ったか?」
「ううん、何でもない。それより、コレは返すね」
渡してくる赤い紐を受け取ろうとした所で、俺の右手首を少女が掴む。
反射的に引き抜こうとしたが、その小さな身体のどこにそんな力があるのかと聞きたくなるぐらいガッチリと掴まれていて動かせなかった。
「私が結んであげるよ」
「お、おう……」
拒否権はないと言いたげな目をしていたから、つい頷いてしまった。
俺の返事を聞いた少女は嬉しそうな顔で右手首に赤い紐を括りつける。
「そういえば、名前はなんていうんだ?」
どこか慣れた手つきで俺の右手首に赤い紐を括りつけている姿を見て、ふと名前が気になった。
一瞬、手が止まった少女は作業を再開しながら口を開き――
「リベージ……リベでいいよ。私、この名前は好きじゃないから」
そう、名乗った。
◇ ◇ ◇
所変わって、城下町表通り。
リベージと名乗った不思議な少女と俺は並んでそこを歩いていた。
どうして、こうなったのかは俺もわからないが、何となくもう少しリベと一緒に居たいと思ったのだ。それは、向こうも同じだったらしく、話し合いの結果ここら辺をぶらぶらとする事になった。
「ユウは、最近何をしてるの?」
「最近は、ヤベェ爺さんに鍛えられてたよ」
「やべぇじいさん……?」
「ああ。すっげぇ強いんだ」
「へぇ~」
こんな感じで、リベはやけに俺の事を知りたがる。
誕生日、好きな食べ物、嫌いな食べ物、趣味……そういう事を詳しく聞いてくるのだ。
俺も話題があるわけではないから、こうして丁寧に答えている。
普段だったら面倒くさいと思うやり取りが、リベ相手だと何故か楽しく感じるから不思議だ。
「あっ! ユウ、あそこにクレープが売ってるよ!」
「ん? 本当だ」
「いこっ!」
リベに手を引かれて、俺はクレープを売っていた出店へと近づいた。
「らっしゃい」
店主は筋肉が盛り上がった男性だった。
お前、たこ焼きとか焼いてた方が似合うんじゃないか……?
「どれにしよっかなぁ~♪」
楽しそうにクレープを選んでいるリベを横目に、俺は適当にドライフルーツが乗っている物にする事を決めた。
「よし、イチゴのクレープにしよう!」
「決まったみたいだな。すまん、コレとイチゴのクレープをくれ」
「クレープ? ウチはクランプ屋だぞ?」
「「え?」」
俺は急いでメニュー表を見る。
確かに、そこには“クランプ”と書いてあった。見た目は完全にクレープなのに……。
「あ、あぁ。じゃあ、コレとコレのクランプをくれ」
「あいよ~」
店主がクレープもとい、クランプを焼くのを見ながら俺はふと気になった事を考えていた。
(クレープはこの世界ではクランプ……なら、何故リベはクレープと言った……? もしかして、転生とか召喚された人間なのか?)
「なぁ、リベ……どうして、クレープなんて言ったんだ?」
「んぇっ!? え、えっと……私の故郷だとクランプ? の事をクレープって言ってたんだよ!」
俺の目は、リベの言葉が本当の事だと教えてくれている。
つまり、この世界でもクレープという名前で売られている地域があるというわけか。
「そうだったのか」
「う、うん……」
俺とリベがそんな事を話していると、クランプが完成した。
流石に、コレを食べ歩きするには人が多すぎると判断して、俺は飯を食べた時と同じ広場へとリベを連れていった。
クランプを夢中になって食べていたリベだったが、やがて食べ終わると周りを見渡し始めた。
「ねぇ、ユウ」
「んぁ?」
「この国は、いいところ……だよね?」
その言葉に、俺は何と言えばいいかわからない。
確かに、表面上だけ見ればいい国だと思う。だが、俺はこの国から冤罪で指名手配をされている身だ。
「どうだろな……いい所もあれば、悪い所もあるんじゃないか?」
だから、無難な答えしか返せなかった。
俺の言葉を聞いたリベは「そっか」と呟いて、周りの観察に戻った。
会話が無い俺達の間をそよ風が通り過ぎていく。
どこからともなく聞こえてくる様々な声。雑踏から聞こえてくる大勢の人間が動く足音。
どれくらい、そうしていたのかわからないが、突然リベが立ちあがった。
「そろそろ、行かなきゃ」
「ん、そうか。気を付けて帰るんだぞ」
何となく、リベとはもう一度会える気がして俺は引き留める事はしなかった。
それに、アレは俺の気のせいだったかもしれない。静電気かもしれない。
「うん。ユウも……ソレ、大切にしてね?」
「ああ。まぁ、大切にする気ではいるけど……」
「なら、いいんだ。それじゃあ……またね」
リベはそう言って俺に背を向けて去って行く。
俺は、また会えるとわかていても、その背に対して無意識に右手を伸ばしてしまった。
「……何やってんだか」
少女に手を伸ばすなんて、犯罪臭しかしない。
俺は、誤魔化すように右手で頭を掻いた。




