予定を消化して
城下町に着いた時間は午前十時くらいで、大体の店が開き始める頃だった。
どの世界でも、この時間帯から商売を始めるのは一緒らしい。
「さて……」
俺は、城下町を歩き始める。
城下町は商人などの出入りが多いのか、出店なども豊富だから朝飯を調達する事も可能だろう。
佐々木の部屋を出てからここまで、まだ何も食べていないから桜花もお腹が空いているだろうしな。
「パパ、いい匂いがするっ!」
「んっ!」
いつの間にか人型になった桜花と白華が俺の両手を引っ張る。
本来、魔刀は食事を必要としないはずだが、桜花はその特殊な産まれからか食事が必要で、白華は食べるのが好きだから食事を求めている。
「適当に何か食べるか」
「「うんっ!」」
幼女二人に手を引かれて、俺は歩き出す。
いつからか、俺は食欲という物がなくなり、白華と契約するまで味覚さえも失っていた。それでも、食べなければ体調を崩す。
そんな俺にとって、桜花と白華の存在はありがたいものだった。何故なら、一緒に居る限り俺は食事を取るという事を忘れないのだから。
引っ張られるままに二人に付いて行った俺は、串焼きとケバブのような食べ物……ケムチッカと呼ばれていたソレを買って、近くにあった広場でベンチに座って食べていた。
「美味しいっ」
「んっ!」
二人が喜んで食べてるのを横目にケムチッカを齧ってみる。
なるほど、マスタードのような味が口全体に広がって、その後に独特なピリ辛ソースの味。
それら二つを厚切りの肉と葉野菜が上手く調和してくれている。
「確かに、美味いな……」
ケムチッカを食べながら、周りに視線を向ける。
こうして見てみると、案外和服も珍しくないな……。
《過去に召喚された勇者が伝えた衣服……と、言われていますね》
と、そこで凍華の声が脳内に響く。
どうやら、俺の考えを読み取って答えてくれたらしい。
《それに、ここは何かと貿易が盛んな国ですから色々な物が入ってきます。和服は珍しいわけではありませんが、そこまで見るという物でもないんです》
確かに、視界内に入っている和服を着ている人は3,4人程だろう。
てか、この国は色々な服装の人が居て場所によってはカオスなんだよなぁ。
「ん? アレは……」
ふと、周りを観察していた俺の視界にとある男性が目に入った。
至って普通の中年男性だが、“腰に差した刀”だけが異様に目立っていた。
「あれは、日本刀だよな……」
この世界では、日本刀を使える人間は【スキル:刀剣術】を持っている人間のみで、そのスキルはエクストラスキルに分類される程にレアな物のはずだ。
なのに、あの男性は堂々と腰に差している。他に武器を装備している感じでもない。
《アレはレプリカですね》
「え……?」
《兄さんは気づかなかったと思いますが、露店でああいったレプリカを売っているお店が結構ありましたよ?》
「そうなのか……」
人間、珍しい物に惹かれる性なんだろうか。
てか、普通に刀とか差してて大丈夫なの? しょっぴかれたりしないの?
《アレは、一目で素人とわかりますから大丈夫だと思います。ですが、兄さんがここで私達を見せたりしたら、間違いなく狙われますね》
「そういうものか?」
《はい。スキルというのは、隠そうとしても立ち姿などに出てしまいますから》
凍華とそんな会話をしていると、桜花と白華が食事を終えた。
俺たちは一目が付かない場所に行き、二人を刀にしてから再度城下町の散策に向かった。
俺は今日の予定を消化するために旅に必要な物を買って行った……と言っても、テントやら何やらの野宿に必要な物は全て凍華が保持していたため、ポーションや包帯などの雑貨を買うだけだった。
それらを終えた後、前回ナイフを買った路地裏の鍛冶屋へと足を運ぶ。
綻び、ボロボロになってきたマントの修復と前回折ってしまったナイフを補充するのが目的だ。
鍛冶屋の前に付き、ドアノブを捻って中に入る。
カランカランと扉についていたベルが鳴るのと同時に、奥からパタパタと幼い足音が近づいてくる。
ついでに、フードは外しておくか。
「いらっしゃいま……あっ!」
「久しぶり」
「あ、すいません……いらっしゃいませ」
出迎えてくれたのは、あの時と同じ少女だった。
だが、女性三日会わなければ変わるとはよく言ったもので、少しだけ成長している気がする。
「今、パパを呼んできます」
「頼む」
すんなりと言って奥へと入って行く少女を見送りながら、俺は相変わらず客がいない店内を見回す。
品はいいはずなのに、客が居ないのは恐らく立地が悪いのだろう。ここは路地を何回も曲がらなくては来れない複雑な場所に立っているしな。
「おう、きちんと生きていやがったか」
奥から大柄で筋肉質な身体をした男性が出てくる。
ここの店主だ。娘と違ってあまり変わっていない。
「まぁ、なんとかな」
「そいつはよかった。それで? 今日はどうした?」
「実は、このマントを修理してほしいんだ。あと、ナイフが折れたから新しいのが欲しい」
俺の言葉に店主は鋭い目つきになる。
「ナイフはどうして折れた?」
「……穴に落ちたんだ。そこで、ゴブリンの大群に襲われてその時に壊した」
俺の言葉を真剣な表情で聞いていた店主と目を合わせる。
「そうか……なら、いいんだ。ナイフは同じのが無いから、また違う物になる。あと、マントは修復できるぞ」
「助かる」
俺は、マントを脱ごうとして――止まった。
そう言えば、このマントを脱いだら凍華が見られてしまう。それは、ヤバい。
「いや、やっぱりマントの方はいいや。ナイフだけ貰おう」
「そうか? まぁ、お前さんがそう言うならいいんだが」
店主は首を傾げながら奥へと入って行き、そこから一本のナイフを持って出て来た。
何の変哲もない……強いていうのであれば頑丈そうなナイフだ。
「コレがうちにあるので一番いいやつだな」
「んじゃ、コレを貰うよ。あっ、そういや、手袋ってあるか?」
「手袋ぉ? それは、作業用のじゃないよな?」
「ああ。出来れば、そこそこ薄くて頑丈なのがいいな」
少し考えた後に店主は「ちょっと待ってろ」と言って奥へと引っ込んでいく。
それと入れ違いのように、少女がお盆にコップを乗せてこちらへとやってきた。
「コレ……どうぞ」
「ありがとう」
少女からお茶が入ったコップを受け取って、それを一口飲んでいると店主が戻ってくる。
その手にあるのは、黒い手袋だった。
「コレは、ブラックピッグの革を鞣して作った奴だ。ブラックピッグは知ってるよな?」
《ブラックピッグは黒く硬い皮膚を持つ豚です。その存在は左程珍しくはありませんが、ベテラン冒険者が4人ほど集まって倒す相手ですね》
凍華が即座に説明してくれる。
どうやら、かなり強いヤツ皮で作られた手袋らしい。
「ああ、まぁ、一応」
「なら、話は早いな。コイツは一匹倒すのにベテラン冒険者が10人も必要な相手だ。だから、強度は保証できる」
「え……10人?」
「おん? そりゃ、強敵なんだから当たり前だろ?」
よくよく考えてみれば、凍華の知識はそこそこ古いものだ。
現代と違っていてもおかしくはないだろう。
「そうか……」
「それで? 買うのか?」
「ああ。いくらだ?」
「合計で15金貨だ」
日本円にして15万である。
まぁ、物はいいからそれくらいするんだろうか。
だが、一応確認はさせてもらおう。
「それは、相場か?」
「馬鹿言え。むしろ、相場よりも安い方だ」
俺の右目が、店主は嘘を言っていないと伝えてくるのを確認してから、ポケットから金貨15枚を取り出して机の上に置く。
「おん? お前さん、左腕が……」
「さぁ、何の事だ?」
受け取ったナイフを腰裏に差し、両手に手袋を装着する。
そのままフードを被って、俺はドアノブに手を掛けた。
「機会があったら、また来るよ」
「おう」
短い会話の後、俺は店から出た。




