指名手配
佐々木が部屋を出た後、誰にもバレないように部屋を抜け出し、シエル姫の自室へと向かう。
そのまま中の気配を探って、シエル姫以外に誰も居ない事を確認してから扉を開けて中に入ると、シエル姫は机に向き合って何やら書類に書きこんでいた。
邪魔したら悪いかと思って待っていると、羽ペンを机に置いたシエル姫と目が合った。
「……っ!?」
その顔には「いつからそこにっ!?」と言いたげな表情が浮かんでいた。だが、それに答えるのも面倒なので肩を竦めておく。
「おはよう、シエル姫。昨日はよく寝れたか?」
「はい……ここ最近で一番よく寝れました。アレは、そちらの魔刀の能力ですか?」
「まぁ、そんな所だ」
そんな会話をしながら、俺は昨日入ってきた窓の方へと向かう。
うん、やっぱりここから出た方が、人に会う事が少ないな。
「昨日は、どこに居たんですか? 王城では、気が休まる場所などないと思うんですけど……」
「あー……昨日はちょっとな」
「……女の匂いがしますね」
「っ? 何か言ったか? 小声でよく聞こえなかったんだが……」
シエル姫が小声で呟いた声はよく聞こえなかったが、何故か冷や汗が流れた。
「いえ。それで、今日はどうするんですか?」
「お、おう……今日は城下町でも散策してみようと思う」
テンプレよろしく、冒険者ギルドとかに登録したいしな。
これからは、生活費などでも金が必要となる部分も多くなっていくだろう。そうなる前に安定して稼げる方法を探しておきたいのだ。
それに、魔物の素材などの買取も全て冒険者ギルドが行っており、登録をしていないと安値で買い取られる事になる。
だったら、登録しておいた方が得だろう。
って、凍華が教えてくれた。
「なるほど……城下町となると、冒険者ギルドに行く気ですね?」
「よくわかったな……」
「召喚された人達が考える事は大体一緒ですから」
そう言って笑うシエル姫に、俺は苦虫を噛み潰した顔をしていただろう。
アイツらと思考レベルが一緒というのも、何だか気に食わない話だ。
「ですが、ユウさんはこの国で登録する事はオススメできませんね」
「なんでだ?」
「冒険者ギルドを含む全てのギルドは国によって管理されていますから。ユウさんが登録をした瞬間にこの国の重鎮に発見されて何をされるかわかりません。それに……」
そこでシエル姫は言葉を切った。
先を促そうとシエル姫の方を見ると、その顔には申し訳なさそうな表情が浮かんでいた。
「ユウさんは、この国ではD級指名手配されています」
「……詳しく聞かせてくれ」
「勿論です。まず、この国にはS~E級までの指名手配が存在しています。Sが一番上でEが一番下ですね」
「並びは、S,A,B,C,D,Eか?」
「はい。そして、S級とA級の指名手配は国外にも通達されますが、それ以下は国内で留まります。コレは、S級とA級以下はそれほど厄介ではないからですね」
シエル姫の話を聞きながら、俺はふと考える。
普通に考えたら、B級とかでも結構厄介なんじゃないか?
「それ、何を基準に決められてるんだ?」
「基本は犯した犯罪の重さによりますね。人を大量に虐殺したとかならば、S級やA級になります。国家機密を盗んだなどは、B級などですね」
「ちょっと待て。国家機密を盗んだのにB級なのか?」
「ええ。何かおかしいですか?」
おかしいってレベルじゃない。
国家機密なんて最重要な“情報”を抜かれておいて、国内だけの指名手配なんて逆に何を考えているんだと聞きたいくらいだ。
だが、よく考えてみるとそれは当たり前なのかもしれない。
この世界には電話やメールなどといった物はない。もしかしたら、電話のような魔法があるかもしれないが、それでも使える人間は左程多くはないのかもしれない。
そう考えると、この世界で国家機密を盗んだとしても誰かに伝える前に捕まえる事が出来る……のか?
「お話を再開しても大丈夫ですか?」
「あ、ああ……」
この世界に来て、初めて価値観の違いという物を感じた。
「ユウさんはその中でD級指名手配されています」
「そういえば、罪状を聞いてなかったな。俺は、犯罪を犯した記憶なんてないぞ?」
「罪状は“魔王へ手を貸し、国家を危機に脅かした”という物です」
俺は、左手を強く握りしめた。
ガチガチと氷の手が軋みを上げる。
俺が、アイツに手を貸した、だと……?
ふざけるのもいい加減にしてほしい。どうして、俺が、美咲を奪ったアイツに手を貸さねばならないのか。
「ゆ、ユウさんが怒るのも無理はありません……」
「その罪状は、誰が言いだしたんだ?」
「お父様、ですね。私も気づかないうちに決定されていた事なので、止める事が出来ませんでした……」
申し訳なさそうに頭を下げるシエル姫を見て、俺は大きく深呼吸をして心を落ち着かせる。
「D級となると、どこまで影響が出る?」
「D級E級は脅威が少ないとされていて、各ギルドマスターや重鎮、それから暗部にしか報告されません」
「国に危機を~って言うわりには、扱いが軽いな」
「ユウさんは、召喚されたばかりだったので一部の人間だけで対処できると判断したみたいですね。出てこないのであれば、それはそれでいいと考えてるのかもしれません」
恐らく、それだけじゃないだろう。
もしも、コレで大勢に知らせる事になるS級やA級にして、俺が何の犯罪も犯していないと判明した場合は非難されるのはこの国、その国王だ。
国内で捕まえれば適当にでっちあげる事も出来るだろうが、国外となるとそうもいかない。
それにしても、俺も舐められた物だ。
国王はあの決闘を見ていなかったのか?
「ですので、この国で冒険者登録をするのはオススメ出来ないんです」
「なるほど……そうなると、どこで俺は登録すればいいんだ?」
「そうですねぇ……ちょっと待ってください」
シエル姫は立ちあがって、本棚から地図を持ってきて机の上に広げる。
それは、いつぞや見たものと一緒だった。
「ここが、我が国エスティアです。そして、ここが風の国シルフィアです。ここは亜人なども積極的に受け入れている永世中立国なので裕さんも安全だと思います」
シエル姫が指さしたのは、エスティアから遥か東にある国だった。
大きさはエスティアよりも一回りほど大きい。
「わかった。それじゃあ、俺はシルフィアを目指そう」
丁度、その遥か先に魔族領と呼ばれる場所も書いてある。
ならば、道のり的には間違っていないだろう。
「はい。あと、城下町に行くのであれば顔を隠せる物を着用した方がいいですね。事情を知っている人にどこで遭遇するかわかりませんから」
「顔を隠せる物、か……」
そう言われても、俺の手持ちにはマスクみたいな物はない。
どうするか考えて居ると、人型になった凍華がいつの間にか俺の隣に立っており、ゴソゴソと例の箱から何かを取り出した。
「兄さん、コレを使ってください」
取り出された物は、フードがついた黒いロングコートだった。
確かに、これならフードを深く被れば口元くらいしか見えないだろう。
「ありがとう」
受け取って、袖を通してからフードをしっかりと被る。
それから、窓ガラスに映る自分を確認。
うん、視界は制限されるけど、顔はしっかりと隠れてるな。
「良くお似合いですよ」
「それ、褒めてるのか?」
凍華のお世辞を流してから、刀に戻った物を背負う。
ロングコートの上からマントを羽織る事で、背負ってる凍華は見えないだろう。
「そのマント、まだ使ってくれていたんですね」
「まぁ、貰ったものだし、結構いい物っぽいしな」
このマントも、国を出る時にシエル姫がくれた物だった。
あちこち傷や綻びが目立つようになってきたが、まだ使えるから愛用している。
「んじゃ、俺はちょっと城下町に行ってみるよ」
「お気を付けて……って、どこから行く気ですか!? ちょ、えぇ!?」
シエル姫の言葉を流しながら、俺は窓を開けてそこから飛び降りた。




