一日の始まり
目を開けて、身体を起こす。
副作用で俺の事を蝕んでいた身体の怠さは、一切なくなっていた。
「……どれくらい寝てた?」
「二時間ほどですね」
ベッドに座って俺を見ていた凍華がすぐに答えてくれる。
そういえばと思って、周りを見渡すと部屋は暗くなっており、佐々木は椅子に座ったまま寝息を立てていた。
「悪い事をしたな……」
ベッドから下りて、佐々木を代わりにベッドへと寝かせる。
俺が寝た後で大変申し訳ないが、椅子で寝ると次の日が辛いだろうから我慢してほしい。
「お茶をお入れしましょうか?」
「ああ……頼む」
佐々木が座って居た椅子に背を預けていると、凍華がお茶を淹れてくれる。
それを飲みながら、佐々木を横目に俺が寝ている間の事を聞こうと口を開く。
「そういえば、俺が寝ている間は何をしていたんだ?」
向かいに座って、寝華を膝に置いて湯呑を持っていた凍華は少し考えた後にニッコリと笑った。
「兄さんについて色々と」
「俺についてって……どうして、本人が寝ている時にそういう話題になるんだよ?」
「共通する話題から入るのは、コミュニケーションの基本ですよ?」
「……」
そう言われると、何も言えなくなる。
凍華は佐々木と仲良くなろうとしていた、という事がわかったからだ。
まぁ、俺も佐々木に関しては嫌っていないし、桜花も気に入っているから何かあったら助けてやろうと思えるくらいの人間だから、何も問題はないんだけど……。
「変な事は話してないだろうな?」
「勿論です。話してはいけない事は話していませんよ」
その言葉に頷いてから、そういえば桜花はどこに行ったんだと部屋の中を見回す。
だが、どこにもその姿を見つける事は出来なかった。
「お、おい。桜花はどこに行った?」
若干焦りながら聞くと、凍華がベッドの方を指さした。
目を向けてみると、ベッドの端に刀が鞘に入って置いてあった。しかも、何かご丁寧に布団を掛けてあるし。
「先ほどまで、兄さんと一緒に寝ていたんですよ? 気づかなかったんですか?」
「全くと言っていいほどに……」
今は俺じゃなくて佐々木と一緒に寝ているしな。
しかし参った。佐々木は桜花を抱きしめるような態勢になってしまっているために、桜花を回収しようとしたら苦労する未来しか見えない。
「コレは、佐々木が起きるまで動かない方がいいかもな」
「それには同意ですね。下手に動いて“敵”に見つかるのも得策ではありません」
凍華の言葉に苦笑してしまう。
俺も嫌いだが、凍華もこの国の事が大嫌いらしい。
「敵、か……凍華もこの国が嫌いか」
「シエルさんと佐々木さん以外は、私にとって敵ですね」
ニッコリと笑ってそう言い放つ凍華に言葉に出来ない恐怖心を抱いていると、凍華が俺に寝華を差し出してきた。
「恐らく、兄さんと契約した魔刀はみんなそう言うと思いますよ」
寝華を受け取るのと同時に、凍華がそんな事を言って来る。
「それは、翠華や寝華もか?」
「はい。私達、魔刀は誰よりも主の事を大切にしますからね。その主に対して無礼な対応をした者を私達は決して許しません。兄さんが望むのであれば、王族を皆殺しにする事だって厭わない覚悟ですよ」
そう言われて、こいつらならやりかねないと思った。
刀を振るうのは俺だが、俺が望むのであれば力を貸してくれるだろう。
シエル姫と佐々木は俺を助けてくれたから、味方と判断しているのはすぐにわかった。
「今はその気はない」
「そうですか……」
「何で少し残念そうなんだよ……」
凍華の反応に苦笑しながらも、俺はまったりとした時間を過ごした。
締め切ったカーテンから、朝日が差し込んでくる時間になった時、不意に扉がノックされた。
それにいち早く反応した凍華が刀状態になり、俺はそれを左手に持って、柄に手を掛ける。
「由美、起きてる?」
その声には聞き覚えがあった。
美咲の親友であり、弓の勇者である野宮 美紀だろう。
俺は警戒をしたまま、そっと部屋の隅に移動しようとして――椅子に凍華が当たって音を立ててしまった。
いきなり長くなった凍華に俺が未だに慣れていないが故に引き起こしてしまったミスだ。
「居るの? 開けるよ~?」
野宮がドアノブに手を掛ける気配が伝わってくる。
どうする? こうなったら、一気に取り押さえるか?
逃げるという選択肢もあるが、桜花を回収するのは難しいから却下するしかない。
《兄さん、上です》
「――ッ」
凍華が何を言いたいのかを察した俺は、素早く凍華を背負って両脚に力を入れて跳ぶ。
そのまま、腰の寝華を天井に突き刺して身体を固定する。
「……」
何かを取り付けるために付いていた金具を持って、落ちないようにした所で扉が開き、野宮が入ってくる。
「あれ? 寝てるのか……」
野宮はベッドに近づいて、寝息を立てている佐々木を発見するとそう呟く。
ちなみに、桜花は今ではすっぽりと掛け布団に覆われているため、野宮に発見されないでいる。
「由美、起きて。そろそろ、朝食の時間だよ」
「んんぅ……」
野宮に揺らされて、佐々木が目を薄っすらと開ける。
「あれぇ……? 私、いつの間にベッドに……」
「寝ぼけてる? そろそろ朝食の時間だから、行こう?」
「え……ぁ……あれ……?」
野宮を見た後にキョロキョロと部屋を見回す佐々木。
恐らく、俺を探しているのだろう。
「ほらほら、早く準備して! 私は、部屋の前で待ってるから」
「う、うん……」
野宮が部屋から出ていくと、佐々木もベッドから立ちあがった。
「昨日のアレは夢だったのかな……」
「アレって?」
「はぅぁっ!?」
そんな事を呟いていた佐々木の背後に着地して声を掛けると、珍妙な鳴き声を上げた。
『由美? どうしたの?』
「う、ううんっ! ちょっと寝ぼけて足をぶつけちゃっただけ!」
『あはは。由美はおっちょこちょいだなぁ』
「あ、あはは……」
そんな会話をした後、佐々木は俺のほうを睨んでくる。
それに対して俺は両手を上げておく。
「どこに居たの?」
「上に」
俺が指さした方へ目を向けた佐々木は、頭を手で押さえた。
「何か穴が空いてるんだけど……」
「小さいから大丈夫だろ」
「そういう問題じゃ……」
そこまで言って、佐々木は何かを説明するのを諦めたように大きくため息を吐いた。
「それより、一ノ瀬君はこれからどうするの? 私は、仕事なんだけど……」
「そうだなぁ……」
ベッドから桜花を回収して、左腰に差しつつ今日の予定を考える。
目的の一つである佐々木に関しては、もう達成した。ならば、次は何をしようか……。
「城下町でも散策する……かな」
「城下町……」
佐々木の反応からして、召喚された奴らもそんなに城下町へと行った事はないのだろう。
まぁ、あくまで予想だけど。
「……」
「それより、準備しなくていいのか?」
何かを考え込んでいる佐々木にそう言うと、何故か枕が飛んできて俺の顔面に当たってそのままベッドへと倒れる。
何故だ……。
「着替えるからッ!」
佐々木のその言葉で、俺は身体を起こそうとするのをやめた。




