副作用
目的を達して部屋から出た裕はその体をグラリと揺らして、膝をつき、両手を廊下に付けた。
「一ノ瀬君!?」
焦った声を出しながら佐々木が近寄ってくる。
裕が黒龍の背から飛び降りて、丁度一時間が経過した時の出来事だった。
(体が怠くなるって話だったのに、コレはそんなレベルじゃないぞ……! 全身から力が抜けて、立つ事さえ出来ない……!!)
魔力補充剤の副作用は、裕の想像を軽く超える物だった。自分が装備している魔刀でさえ、重すぎて持つのを苦痛だと思う程だ。
「大丈夫? いきなり、どうしたの……?」
「ちょっと色々あってな……大丈夫だ」
肩に手を置いて顔を覗き込んでくる佐々木を押しのけて、裕は気合いで立ちあがる。
だが、立ちあがる事は出来てもそこから歩く事は出来そうになかった。
「兄さん、肩をお貸しします」
「すまない……」
凍華が人型になり、裕に肩を貸す。
「凍華ちゃんはいいんだ……」
「何か言ったか?」
「なんでもないっ! それより、本当に大丈夫なの?」
「副作用は二時間程で収まると思います」
「ふ、副作用……?」
「それは――」
「凍華っ……そんな事より、ここでいつまでもこうしてるわけには行かない。早く戻ろう」
凍華の言葉を遮った裕は、来た道へと目を向ける。
だが、徒歩数分の距離が途方もない距離に思えて奥歯をギリッと噛みしめる。
「兄さん、大丈夫です。私が支えますから……」
支えるというよりも、これはもはや「私がおぶって行きます」とほぼ同じような形で歩き出した俺と凍華に佐々木が待ったを掛けた。
「医者として、こんなのを見せられて行かせられるわけないでしょ……私の部屋、ここの二つ隣だから来て」
そう言って、引きずられるように連れていかれた部屋は、さっき見た美咲が使っていた部屋と内装はほぼ一緒だった。
ただ、色々と小物が増えたりはしている。
「何かいい匂いがするねっ」
「「……」」
桜花の無邪気な言葉で俺と佐々木は黙ってしまう。だって、仕方ないじゃないか……美咲以外に女性の部屋に入った事なんて一度もないんだから。
お互いにどことなくギクシャクしたまま、ベッドで横になるように勧められるが、それも何か悪い気がして椅子でいいと言った。
だが、佐々木の中にある“医者”がそれを許さないのか押し付けられるようにベッドに寝かせられ、俺は身体の怠さで抵抗する事も出来ずに横になる事になった。
「一ノ瀬君、タバコなんて吸う人だっけ?」
俺が横になってしばらくは無言だったが、佐々木がいきなりそんな事を言う。
「匂うか?」
「少しだけ煙の匂いがするだけだよ。でも、一ノ瀬君がそんな不良だったとは思わなかったよ。美咲ちゃん、そういうのに結構厳しかったから」
「タバコとはまた違うんだが……コレを使用した」
左腕を動かして胸ポケットから【魔力補充剤】を取り出す。
それを受け取った佐々木は首を傾げながら、観察をする。
「ソレは魔力補充剤って言って……一時的に魔力を増やす事が出来るらしい。ソレの副作用でこうなってるんだが……」
「そんな物があるの!? ソレって、かなり凄いものだよ?」
「兄さんが言っている事は事実です。ソレは魔力を一時的に補充する事が出来る物ですが、普通の人が服用した場合は副作用で死に至ります」
凍華の言葉に佐々木と俺が驚く。
佐々木はそんな俺に気づいたのか、目で「知らなかったの?」と聞いてくる。
「凍華、俺はそんな事聞いてないぞ……」
「兄さんは私達と契約している時点で既に普通の人ではないですよ? 現に、心臓を突き刺されても死ななかったじゃないですか」
「心臓を刺されたの!?」
椅子から立ちあがった佐々木が俺のほうにやってきて、上着を一気にたくし上げる。
抵抗できない事がここまで惨めだとは……。
「刺突跡がある……でも、傷は完全に塞がってるし……一ノ瀬君、コレを受けたのはいつ?」
「確か、四日前だったと思う」
「塞がるのが早すぎる……っ!」
俺もそれは思っていた。
でも、あの時は女神様に会ったからあの人が守ってくれたものだと思っていた。しかし、凍華の言い方的にどうやらそういうわけではないらしい。
「……とにかく、兄さんは普通の人よりも死ににくいので、魔力補充剤を使っても大丈夫なんです」
まるで、深く説明する事を避けるようにして話を打ち切った凍華はそっと目を伏せた。
何か、言えない理由でもあるんだろうか?
「佐々木、もういいだろ」
左腕でたくし上げられた服を戻していると、佐々木はハッ! としてその顔を赤くした。
赤くするくらいなら、最初からやらなければいいのに……医者とは難儀な物らしい。
「そ、そういえば……左腕も復活してるよね」
「ん、あぁ……生えて来た」
「生えて来た!? で、でも……何でそんなに包帯でグルグル巻きにしてるの? 包帯も何か黒いし……」
まぁ、そうなるよなぁ……。
俺だって、知り合いの腕がいきなり包帯でグルグル巻きになっていたら、中二病にでも目覚めたのかと思うくらいだし、今の俺は“痛いヤツ”に見えるだろう。
「言っておくが、中二病とかじゃないぞ……この左腕には色々と理由があるんだよ」
「……言いたく無さそうだから、深くは聞かないけどあんまり無茶しちゃダメだよ? 美咲ちゃんが悲しむから……」
「……わかってる」
美咲が悲しむ――その言葉が俺の胸に深く刺さる。
確かに、美咲が今の俺を見たら絶対に怒るし、泣くだろう。ピアスとかだって「親から貰った体に~」とか言って反対意見を持っているヤツだ。親から貰った体を武器にあげた、なんて知ったら何を言いだすかわかったものではない。
「凍華、寝華を頼む」
「はい」
右腰に付けていた寝華を外して、凍華に渡す。
そのまま、俺は二人に背を向けて目を閉じた。
「すまんが、少しだけ寝かせてくれ」
「今はそれが一番だもんね。おやすみ」
ベッドを独占してしまう事に内心で謝りながら、俺は意識を闇へと落とした。
最後に考えて居た事は――やはり、美咲の事だった。




