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近況報告

 湯気が立つ湯呑を両手に持ってシエル姫は目閉じて、裕が言った事を噛み砕いて飲み込もうとしていた。

 それほどまでに、裕が言った事は信じられない程に現実離れしていたのだ。


「つまり……ユウさんは、龍剣山に向かう途中で穴に落ちて、そこで黒龍と翠華さんと寝華さんを見つけて龍剣山に向かったと……?」

「まぁ、そうなるな」


 魔刀の自己紹介は終わっており、シエル姫もそのお陰で今ではどれが誰だかわかるようになっていた。

 そんなシエル姫に対して、裕は湯呑に入っている緑茶を啜りながら頷いた。


「まぁ……とりあえず、そこは納得しておきます」


 頭に手を当てながらシエル姫は二回頷いた。

 彼女にとっては、自分に影響がないとはいえ、とても頭が痛くなる話だったのだ。


 自分達が召喚した人間……しかも、自分が仲良くなった女の子が愛した男性が一歩間違えれば死んでしまっていたかもしれない経験をしていたという事が、シエル姫の頭に頭痛を引き起こしていたのだ。


「それで……そこからどうしたんですか?」

「龍剣山の主である龍剣って爺さんに鍛えられて、その途中で白華と会った」

「りゅ、龍剣山の主に鍛えられた……?」

「何で鍛えてくれたかは俺にもわからないけど、そのお陰で俺も強くなれた」

「そうですか……」


 更に頭が痛くなってきたシエル姫がついに項垂れてしまう。

 龍は人間と魔族に対して不干渉を長年貫いて来た種族だ。それが、一人の人間に手を貸すなど前代未聞の出来事なのだ。


「さて、ここからが本題だが……白華と出会った時に魔王の幹部と戦ったんだが、ソイツが逃げる時に近々王都を攻めるって言っててな」

「なっ……!? それは、本当ですか!?」


 ガタンッ! と椅子を倒して立ちあがったシエル姫は驚愕の表情で裕を見た。

 それに対して裕は静かに頷いた。


「ああ。どこの王都かはわからなかったから、一応様子を見にここに帰ってきたんだよ」

「そんな……なんてこと……」


 そんなシエル姫の姿を見ながら裕は帰ってきてよかったと考えていた。

 この様子では、王都に魔族が紛れ込んでいた事にも気づいていなかったに違いない。


「んで、ここに到着した時に魔族が一人紛れ込んでるのを見つけてな。それを斬ってきたから、俺は抜き身の白華を持っていたんだよ」

「そうだったのですか……ユウさんには助けられてしまいましたね」

「成り行きだから気にしなくていい」

「そうは行きませんっ! こういった事にはきちんとした褒章を出さなければ、国の威厳に――」

「俺は、この国じゃお尋ね者だぞ? シエル姫は俺に処刑台に行けとでも言いたいのか?」

「うっ……」


 キツイ言い方だと裕も思ったが、これ以外にシエル姫を止める事が出来る言葉が思いつかなかったのだ。

 それに、裕としては本当に王都に来たら偶然見つけてしまっただけなので褒章とかはいらないと考えており、ぶっちゃけ貰うだけ面倒だと思っている。


「わかりました……ところで、私はてっきりユウさんはこの国の事を嫌っていると思っていたのですが……何故、助けに来てくれたのですか?」


 シエル姫の疑問に裕は何と答えたものかと少しだけ考えて、別に本心でいいかと判断した。

 言葉が思いつかなかったともいうが。


「確かにこの国は嫌いだが、シエル姫や佐々木には世話になったしな」

「どちらかというと、私の方がお世話になってる気がしますけど……でも、今回は本当に助かりました」


 頭を下げてくるシエルに、頭を上げるように言いつつ裕はずっと気になっていた事を聞く事にした。


「頭を上げてくれ。それよりも、勇者共は……いや、召喚された奴らはどうしてるんだ? ここに入ってから全くと言っていいほどに何も感じないんだが」

「皆さんはこの時間ですと普通に寝ていると思いますよ」

「……? 寝ていると、警戒を解くのか?」

「ユウさん、冒険者のように野宿をする人達以外は寝ている時に警戒をする事はないですよ?」


 その言葉を聞いて、裕は「確かにそうだったような……」と記憶を探るように目を閉じた。

 裕が龍剣山で修行している時は、寝ている時でもたまに龍剣が剣を片手に乗り込んでくる事が多々あった。

 そのせいで“普通”という感覚を忘れていたのだ。


「強くなったのか?」


 裕の言葉は二人きりの部屋に静かに波紋を広げた。


「……強くなったとは、思います。皆さん、毎日訓練をしていますから」


 裕から目を逸らしながらそう口を開いたシエル姫を裕は見据える。

 強くなった……それは、召喚された人間のこの世界でのポテンシャルを考えれば当たり前だろう。逆に戦闘スキルを所持して、訓練を受けて強くならないという方が問題だ。

 それ故に裕が言った“強さ”とは戦闘能力だけの事を差したのではない。


「魔物との戦闘経験は?」

「まだ、ありません……」


 シエル姫の言葉に裕は静かに目を閉じた。

 この世界でのレベルは“経験”を積めれば別に魔物と戦わなくても上がって行く。だが、それはあくまでもステータス上の数値であって、目に見えない精神的な部分などまでは影響が出ないのだ。

 つまり、いくら力があっても魔物を前にして竦んだりするようならば、それは強くなったとは言えないと裕は龍剣山で学んでいた。


「戦闘経験がない……」


 龍剣山で裕は戦闘技術以外にも椿さんからこの世界の常識やら何やらを教えてもらっていた。

 そこから“どうして勇者達が実戦経験を積んでいないのか”を考え、結論を出す。


「国が……重鎮達がアイツらを失う事を恐れてるのか。魔王討伐後の戦争を見越して」

「……ッ!」


 シエル姫の反応から、裕は自分の考えが正解である事を察した。


(くだらない。魔王が倒せなければ、その戦争だって来るはずがないのに)


 実戦経験を積んでいない、レベルとステータスだけの勇者で魔王が倒せるかと聞かれれば、裕は即座に「万に一つも可能性が無い」と答えるだろう。

 それほどに、数値化されない実戦経験というのは重要なのだ。


「使い物にならなそうだな」

「龍剣山で修行をしていたユウさんからしたら、そうかもしれませんね……」


 自虐的に笑うシエル姫を見て、裕は「この人もアイツらを戦わせたくないんだろうな」と考える。シエルは自分と重鎮達が一緒の考えだと思っているが、それは似ているようで全く違う物だ。

 シエル姫は「無事に帰したいから戦ってほしくない」で、重鎮達は「後の戦争を見越して消費したくないから戦ってほしくない」のだ。


「……ところで、シエル姫はあまり寝れてないのか?」

「えっ……」

「目の下に隈が出来てるし、この書類の量を見ればわかるさ」

「お、お恥ずかしい限りです……」


 自分の見た目を思い出したシエル姫は恥ずかしそうに顔を伏せた。

 そんなシエル姫を見た裕は湯呑に残っていた緑茶を一気に飲み干して、右腰に差してある寝華を抜く。


「えっ!? ユウさん!?」

「すまんな」


 刀を抜いた音に反応して顔を上げたシエル姫に向けて、裕は寝華を振るった。

 一閃。

 寝華に首を斬られたシエル姫はそのまま糸が切れた人形のように机に突っ伏した。

 だが、死んでいるわけではなく、その肩は規則的に動いている。


《もういい~?》

「ああ、起きてもらってありがとな」

《おやすみぃ……》


 起きてもらった寝華が役目を終えて寝たのを確認した裕は、シエル姫を抱きかかえてベッドに寝かせた後、先ほどまで座って居た椅子に座り直した。

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