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侵入

 夜――世界を闇が包み、月の光だけが一部を照らす世界。

 その王都上空に俺は黒龍に乗って城を見下ろしていた。高度がかなり高いし、黒龍の色が黒で闇に溶け込んでいるために下から気づかれる事はないだろう。


「じゃあ、俺が降りたら帰るんだぞ? それと、この包みは椿さんに返しておいてくれ」


 空になった重箱を包んだ物を黒龍に咥えさせ、俺は胸ポケットから【魔力補充剤まりょくほじゅうざい】を取り出す。本当はコレを使う気はなかったのだが、到着したのが深夜という事もあり正門は閉じられていた。

 朝まで待つ事も考えたが、凍華とうかが王都の内部に魔族の反応を感じたと言ってきたのでこういう強硬手段に出る事にしたのだ。


 で、黒龍は目立つためにこうして遥か上空からパラシュート無しのダイブを敢行する事になったのだが、いくら鍛えているといっても流石に死ぬ。

 そこで使うのが、コレだ。


 ここで【魔力補充剤】を使って魔力を一時的に補充し、椿さんに教えてもらった【身体強化】の魔法を使う。

 事前に聞いていた話では、このくらいの高さから落ちても無傷で着地できるくらいには頑丈になるらしい。


「行くか」


 凍華に出してもらった紐で手持ちの魔刀をしっかりと固定した後、箱の中から【魔力補充剤】を一本取り出して口に咥える。


「初めてだから緊張するな」


 緊張しながらも凍華から受け取っていたマッチで火を付けて、その煙を吸い込んで紫煙を吐き出す。

 初めて吸ったソレは、味があるわけではなく咽る事もなかった。


「ふぅ……」


 紫煙が風に流されて後方へと流れていくのを横目に、俺は身体中にある血管の一本一本が過熱していくのを感じた。

 それと同時に今まで俺に無かった物が満たされていく感覚。


「行くか……魔力を自覚する所からだったな」


 フィルターまで吸った【魔力補充剤】を左手で握り潰し、軽く宙に放って抜刀した桜花で目に見えない程に小さく切り裂く。


 その後、椿さんが教えてくれた手順通りに魔法を発動していく。


 まず、魔力を自覚する事。

 コレは体内にある今までなかった物を意識するだけだったから、難しくなかった。


 次にそれを体全体に張り巡らせる。

 水を手で広げるようにイメージしてみると、コレも簡単に出来た。


「――発動」


 最後に呪文を唱える。

 魔力とは体内や体外に放出したりするだけでは意味がない。イメージし、呪文を唱える事で魔力に役割を定義する必要があるのだ。


 俺の体内に張り巡らせれていた魔力は、俺の言葉と共に自らがやるべき事を理解し、身体を強化していく。

 ボキボキッと骨が軋み、筋肉がドクンドクンと脈動する。

 コレは【身体強化】が正しく発動した事を術者に知らせるものだ。本当は、ただ単に身体を強化しているだけなのだが。


「行くか」

《はい(うんっ!)》


 寝華以外の返事を聞いてから、俺は黒龍の背中を一撫でして飛び降りた。

 返事が無かった寝華はどうせまた寝ているのだろう。







 夜――シエル姫は自分の部屋に設置されている机に座って、大量の書類を処理していた。

 シエル姫の前に積み上げられている書類は、全て召喚された裕のクラスメイト達に関するものであり、交渉などを続けていたシエル姫に対して国王やその重鎮達が「そんなに言うなら、お前がやってみろ」と言って押し付けて来たものだ。

 その顔には「小娘如きが……まぁ、出来なくて泣きついてくるだろう」とシエル姫をバカにするような表情が浮かんでいた事には、シエル姫自身も気づいていたし、それを見返すためにこうして深夜まで書類仕事をこなしているのだ。


「はぁ……」

「シエル姫。お茶をお入れしましょうか?」

「そうね……お願い」


 シエル姫の侍女であるメレブが恭しく礼をしてから部屋を出ていく。

 その姿を見送ったシエル姫は、一旦羽ペンを机の上に置き、背もたれに身を預けた。


 今日は少し暖かいために、部屋の窓は開いていてそこから入ってくる風が心地よかったのだが、シエル姫にむかって流れてきていた風は唐突に止まる。

 不思議そうに窓の方に顔を向けたシエル姫はそこに人間の姿を確認した。


 黒地のシャツとズボンを着て、黒いマントを羽織り、両腰と背中に刀を携えた男。

 右手には一振りの刃が銀色に輝く刀を抜き身で持っており、その刀は刃に血を少しだけ付けていた。その姿だけで目の前の男が“どこかで誰かを”斬ってきたという事をシエル姫は理解した。


「あら……」

「……」


 だが、シエル姫は悲鳴を上げなかった。

 その顔に見覚えがあったし、そもそもこの世界で刀を使えるスキルを持つ人間に一人しか心当たりがなかったのもある。


【スキル:刀剣術】とは本当に珍しいスキルであり、そう何人も居るものではない。

 それ故に、シエル姫はドアの縁にしゃがむように立っている顔見知りの男性が偽物であるという線を消した。


淑女しゅくじょの部屋に土足で入り込むのはマナー違反ですよ?」

「すまん。まさか、シエル姫の自室だとは思ってなかったんだ。適当に空いてる窓を見つけて侵入する気だったし……」

「それ、私じゃない人が居たらどうする気だったんですか……?」

「寝てもらうつもりだった」


 話しながら目の前の男――一ノいちのせ ゆうは窓から部屋の中に入ってくる。

 相変わらず、刀身は抜き身のままだ。


「……誰か、斬ってきたんですか?」


 故にシエル姫は気になってしまった。

 裕が刀を納めないのは、自分を警戒しての事だというのは理解できていたが、それよりも刀身に付着した血が気になる。

 もしも、王都の誰かを斬ってきたのなら色々と仕事が増えそうだとも思っていた。


「あぁ、コレか……コレは――」


 裕が説明しようとした所で、扉がノックされる。

 その音でシエル姫と裕の間に緊張感が生まれた。裕は横目でシエル姫の事を睨み、シエル姫はノックした人物への対応と裕への説明、どちらを先にやるかを瞬時に考えて居た。


「シエル姫。お茶をお持ちしました」

「メ、メレブ……」

「開けてもよろしいでしょうか?」

「いえ……今日はもう休むので……すいません、お茶を淹れてくれたのに……」

「いえ。シエル姫は最近まともにお休みではなかったようですので、安心しました。それでは、お邪魔にならないように私は失礼します」


 扉の前から気配が消えると、シエル姫はほっと胸を撫で下ろして未だにこちらを睨んでくる裕へと向き合った。


「ユウさんが来る前にお茶を頼んでいただけです」

「何かの隠語とかではない、と?」


 その言葉にシエル姫は内心で「いつからこんなに疑り深くなったのだろうか……」と、数か月会わなかった裕がどんな体験をしたか気になったが、とりあえずは対応だと自分に言い聞かせて頷いた。


 しばらく見つめ合っていた二人だが、裕が「ふぅ……」と息を漏らせて懐から白い布を取り出した事で緊迫した空気は霧散する。


「あっ……左腕……」


 銀色の刀身に付いていた血を白い布で拭っているのを見ていたシエル姫は、そこで裕の左腕が治っている事に気づいた。


「あぁ……まぁ、色々あって生えて来た」

「生えてくるものなんですか?」

「さぁ……? ただ、俺は生えて来た」


 あっけからんと言い放った裕は、布を懐に仕舞ってから抜き身だった刀を鞘へと納める。

 シャー……カチンという音を聞いたシエル姫は、その段階で裕が纏う空気がかなり穏やかな物になった事に気づいた。


「魔刀、増えましたね」


 シエル姫の記憶では、裕が王都を出る時に所持していた魔刀の数は二本だった。

 それが、今では両腰に二本ずつと背中に一本の合計五本となっていたのだから、驚かないわけがない。


 魔刀とはそうほいほいと見つかるものではないのだ。


「まぁ、色々あってな……」

「よかったら、何があったか教えて頂けませんか?」


 シエル姫がそう言うと、少し考えた後に裕は頷く。


「では、お茶をお入れしますね」

「貴女は……」


 裕が頷いた瞬間、いつの間にか裕の背後から白い和服を着た美しい女性が現れた。


「初めまして、凍華です」

「貴方があの……」

「とりあえず、話はお茶でも飲みながらしよう」


 恭しく礼をした凍華に何かを言おうとしたシエル姫の言葉を遮って、裕は窓際に放置されていた椅子に座った。

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