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【閑話】少し前の王都にて

 昼下がりの廊下を歩いていた佐々ささき 由美ゆみは開いていた窓から入ってきた暖かい風にその足を止めて外へと目線を向ける。

 一ノいちのせ ゆうがこの王都を出て行ってから一ヶ月が経過していた。佐々木としては、出ていくにしてもせめて一言くらい声を掛けてほしかったというのが本音だ。


 だが、一概にも裕の事を責められないのも本音だったりする。

 佐々木は知らない事だが、あの日はシエルの策略によって佐々木には一日掛かる量の仕事が割り振られており、てんやわんやと色々な所を走り回っていたため、裕とゆっくり話す機会もなかったのだ。


「ほんと……どこに行っちゃったんだろ」


 佐々木が居る場所は王城三階の廊下であり、窓からはそこそこ遠くまで見える。

 その景色を眺めながら呟くも、答えが返ってくる事はなく、佐々木は再度ため息を吐いて止めていた歩みを再開する。


 しばらく歩いていると、ふと掃除のためにドアが開かれていた部屋が目についた。

 そこは魔王軍襲撃後に裕が病室代わりに使っていた部屋だった。


「……」


 部屋の中は綺麗に片づけられており、裕が居た時の形跡なんてものは一切ない。

 それが余計に佐々木を寂しくさせた。


「私は主治医なのに……」


 佐々木が裕の事で一番心配している事は、あの時に負った傷の具合だった。

 普通に動く上では何ら支障がないレベルに回復をしていたとは言え、まだ完全に治ったわけではない傷はいつ開くかわかったものではない。

 親友が好きだった人がもしも傷が開いてそこら辺で死んでしまったらと考えると、佐々木も気が気ではないのだ。


「っと、そろそろ行かなきゃ」


 胸ポケットに入れていた支給品の懐中時計を取り出して時間を確認した佐々木は、その歩みを早めて次の患者が待つ場所へと向かいだした。




「疲れたぁ……」


 あれから10人程の患者を回った佐々木は今日のノルマを終えて中庭に設置されているベンチに座って居た。

 周りには花が植えられてはいるものの、とくに何かがあるわけではないその場所には滅多に人が来る事はなく、佐々木がリラックスしたい時によく利用していた。


「はぁ……」

「ため息ばっかり吐いてたら、幸せが逃げちゃうよ?」


 深い溜息を吐いた佐々木の背後から声が聞こえてくる。

 振り返ってみれば、そこには佐々木の親友の一人である野宮のみや 美紀みきが苦笑気味の表情を浮かべて立っていた。


「あ、美紀ちゃん」

「お疲れ。今日も忙しそうだったね?」


 そう言って佐々木の隣へと野宮は腰を下ろした。


「美紀ちゃん達に比べたら、楽なほうだとは思うけどね……毎日、厳しい訓練を受けてるんでしょ?」

「まぁ、私達はそれが仕事みたいな所があるしねぇ……それに、前みたいな事がいつ起きるかわからないでしょ? 前回は大した被害もなく、運よく相手が撤退してくれたからよかったけど、次はそうもいかないだろうしさ」


 野宮の言葉に佐々木はそっと顔を伏せた。

 あの時、戦えなくなった勇者の代わりに魔王を食い止めていた裕と、自らを差し出して撤退させた美咲みさきについては緘口令かんこうれいが敷かれ、知らない人は知らないのだ。

 知っている人もあの時の事を口にするのは嫌らしく、誰も何も言わずに月日が流れてしまっていた。


「大丈夫! 次は私も頑張るからさっ!」

「うん……」


 佐々木が顔を伏せたのを怯えているからだと思った野宮が元気に励ます言葉を口にする。

 あの時、野宮は反対側の門で戦っており、裕と美咲の事は何も知らないのだ。


「みんな、凄いよね……」


 顔を上げた佐々木はオレンジ色に染まりつつある空を眺めながら口を開く。


「誰かを守るために厳しい訓練を耐えて……その時が来れば、戦って。私は、誰かを治す事しか出来ないから本当に凄いと思うよ」


 それは、一種のコンプレックスだった。

 神が佐々木に与えた能力は全て“誰かを癒すための能力”であり“敵を倒すための能力”ではないのだ。

 それ故に戦闘の際は遥か後方に配置される事が事前に知らされている。


「……私はさ、敵を倒せるよりも誰かを癒せる方が凄いと思うよ。だって、倒せるだけじゃ何も解決しないし、倒せるだけじゃ怪我人は助けられないでしょ?」

「それはそうだけど……」

「あー……つまり、アレだよ。そうっ! 適材適所ってやつ! 戦うのは私達がやるから、由美はその分誰かを癒して?」

「うん……ありがと」

「あははっ! 別にお礼を言われるような事は言っていないよ。大丈夫、由美は私が守るからッ!」

「ふふ……それ、男の子のセリフだよ?」

「あれっ!? そうだっけ!?」


 お互いの不安を消すように、二人は「城下町にある出店のスイーツが美味しそうだ」などという他愛もない会話を笑いながらした。








「……青春ですね」


 そんな二人の姿を微笑ましく見守る姿があった。

 その正体はシエル姫であり、二階の中庭が見える窓から二人の様子を見ていたのだ。会話は聞こえないがその表情からして何を話していたかは予想する事が出来ていた。


「……私が、皆さんを守らないと」


 シエル姫は召喚してしまった手前、佐々木などといった異世界の若者を守るのは自分の国の仕事だと思っていた。

 それ故にここ最近はずっと走り回って色々な所と交渉をしたり、少しでも勇者達が有利になるように国王に頼んだりしていた。


 そのせいか目の下には薄っすらと隈のような物も出来ていた。

 髪の手入れだけは欠かさずにやっているお陰でサラサラとした綺麗な状態だが、肌などの部分はどうしても手抜きとなっており、若干の荒れが目立つようになってきていた。


 だが、それを気にしている余裕も時間もシエル姫にはなかった。

 故に彼女は次の交渉をするために廊下を歩き出す。


 彼女もまた、勇者召喚という儀式に巻き込まれた一人であった。

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