【閑話】二人だけの結婚式
リアルが忙しくて、更新までに時間が掛かってしまい申し訳ございません。
今日一日一話を目標に更新していきます。
今回は番外編となっていますが、楽しんでいただけたら幸いです。
目を覚ますと、俺が一番大切な人が目の前に座っていた。
その女性は、俺が目を覚ました事がわかると微笑みながら手をこちらに伸ばしてくる。
それに応えるために、動かない右腕ではなく未だ自分の意志で動かせる左腕を伸ばす。
「おはよ、よく眠れた?」
お互いの手が触れるのと同時に女性が口を開く。
「あぁ、たぶん。ちゃんと寝ていたか最近わからないんだ」
どうやら、俺は椅子に座ったまま寝ていたようだ。
「そっか……」
女性は悲しそうな顔をして相槌を打つ。
目の前の女性が誰なのか。俺とどういう関係なのかはわからない。それどころか、名前さえ思い出せないという現状だ。
だが、俺にとってとても大切であり、こんな顔をしてほしくないと思う。
「そんな顔、しないでくれ」
俺が口に出すと、女性は驚いた顔をした後に笑った。
「そうだね。ごめん」
「別に謝ってほしいわけじゃない」
というか、右腕が動かないのは不便だ。
それどころか、左目さえ見えないし記憶も曖昧。
動かそうとして気づいたけど、左足も動かなくなってる。
「ふぅむ……」
俺がどうしたものかと考えていると、目の前の女性は立ち上がって俺の目の前に立つ。
「これを、どうぞ」
女性はそう言って片膝をついて恭しく、一振りの刀を差しだしてくる。
「……ありがとう」
礼を言って刀を受け取ると、右腕・左目・左足に電流が走った。
『魔力回路の接続……完了。おはようございます、お兄ちゃん』
見えるようになった左目や動くようになった手足の調子を確かめながら俺は立ち上がる。
「ああ、おはよう……凍華」
返事をしながら脳内に保管してある記憶を探ってみると、どうやらそっちも少しは思い出しているみたいだ。
俺の前に立っている女性――桜の事も思い出した。
俺たちはクラスメイト全員でこの異世界に召喚され、桜が魔王に連れ去られ、俺が……どうしたんだっけ?
「まぁ、今こうして居られればいいか」
昨日はどうしたんだっけ?
なんか、大きな戦闘をした気がするんだけど、何も思い出せない。
俺の記憶が曖昧なのには、理由がある。
それは、今は亡き一振りの魔刀――鈴蘭と契約した代償だった。
一般的にはアイツとの契約で必要な代償は【記憶】と言われているが、それは違う。
本当の代償は【記憶を保持しておける上限】だ。
簡単に言えば、HDDの容量を一気に減らされるのだ。
それにより、俺は三日間の記憶しか保持できなくなった。
本来であれば、新しい記憶に古い記憶が上書きされていくはずなのだが、そこは【スキル:完全記憶】を使うことで覚えておく記憶を指定する事が出来た。
と言っても、この方法は完全ではなかった。
なんと言っても、俺個人では魔力が圧倒的に足りないのだ。
だから、凍華が今まで貯めて来た魔力も借りる事で補っている。
逆に言えば、凍華がいなければ俺は寝起きのように何も思い出せないし、代償でもっていかれた部位は機能しない。
まぁ、別にそれでもいい。
今日で全てが終わる。
人類最後の最大戦力であり、最後の勇者である――アイツを倒せば、もう俺たちを脅かす者はいなくなる。
「純? 大丈夫?」
桜が誰かの名前を呼ぶ。
真っ直ぐ俺を見ているあたり、俺の名前なんだろう。
「ああ、大丈夫だ。朝飯にしようか?」
「そう、だね……」
桜には、俺の身体については何一つ言っていなかったはずだ。
それでも、何も聞かずに居てくれるのは俺のためなのだろうか?
それとも、まだ桜自身に聞くだけの勇気がないのか……。
桜が俺の部屋を出ていくのについていき、自分も部屋を出る。
ここは、魔王城というだけあって廊下でさえ広い。
だが、この城にはもう俺と桜しか居ない。
何故なら――
「今日は私が腕によりをかけて朝ごはんを作るから!」
「ああ、楽しみにしてるよ」
――俺が全員殺したからだ。
出て来た桜特製の朝ごはんを食べ終え、今は桜と談笑をしていた。
最初は楽しそうに話していた桜だったが、話題が途切れた所で表情に暗い影を落とす。
「ねぇ、純。今日も戦いに行くんだよね?」
桜からこういう事を聞いてくるのは珍しい。
「ああ、そうだな」
「行かないで……」
「――っ!!」
桜が呟いた言葉が俺の胸に突き刺さる。
今まで、桜とこういう話をしたことはなかった。
それは、紛れもなくこの言葉を聞いてしまうのが怖かったからだ。
俺は、桜のために戦っている。
だが、この言葉を聞いてしまった時に俺はそれでも戦えるかが不安だったからだ。
「それは……」
「私のためだって、わかってるの! でも、それでも、怖いの……純が死んじゃったらって考えると怖くてたまらないの!」
桜は我慢の限界だと言わんばかりに声を張った。
その声は泣いていた。
「純が死んじゃったら、私はどうすればいいの!? この世界で、たって一人で、何を希望にして生きていけばいいの!?」
そうだ。
俺が死んでしまったら、桜はこの世界でたった一人になってしまう。
「……」
「私、怖いよ……」
桜はそう呟いて俯いてしまう。
さて、どうしたものか。
戦いに行かないという選択肢はない。
何故なら、俺はすでに引き返せないところまで来てしまったからだ。
世界を裏切り、俺や桜によくしてくれた魔王城の人たちを殺し――元クラスメイトさえも殺した。
こんなにも汚れてしまった俺を一体誰が許してくれるのか。
一体誰が、仕方がなかったと言ってくれると言うのか。
「桜……」
俺は、立ち上がって桜の前に立つ。
俺が今からしようとしている事は最低最悪の事だろう。
だが、コレしか今は手がない。
「俺は、もう後戻りできない所まで来てしまった。だから、戦いに行くことを辞めるというのは出来ない。だから、おまじないをしてもいいか?」
「おまじない?」
「ああ、前に騎士団長から聞いたんだ。この世界では戦場に赴く兵士に恋人がいた場合にのみ出来るおまじないがあるってさ……」
こんなのは、嘘だ。
実際にはそんなおまじないは存在していない。
「――結婚しよう、桜」
だから、これは俺が桜に多くの嘘をついてきた俺への罰だろう。
だが、それでも歩いていくと決めたこの道を進むために、俺はこの優しくも残酷な嘘をつこう。
ステンドグラスから淡い光が差し込み、どこか幻想的な感覚を覚えるココは魔王の座。
そこで、王座に向かい合って立っている俺と桜。
桜はこの城にあったとても美しい黒色のウエディングドレスを着ていた。
そして俺は、戦場に赴くときにいつも着ている古龍黒曜イランの皮を特殊な方法で糸に加工し、それを編んで作られた全身黒い服に黒いローブを羽織った格好だ。
勿論、腰には凍華を差している。
「ふふ、新郎がそんな恰好なんて想像してなかったよ」
薄い化粧をした桜はとても美しく笑った。
「ほっとけ。これしか正装をもってなかったんだよ」
俺が顔をそむけながら言うと、桜はまた笑った。
「それは、正装とは言わないと思うよ?」
そうなのか。
「そ、そんな事より始めようぜ」
俺は、あらかじめ用意しておいたグラスにこの城にある中で一番高いであろうワインを注いで片方を桜に手渡す。
「永遠の愛を誓うって言ってグラスを合わせて飲むだけだ」
「そっか。簡単なんだね……それじゃあ、永遠の愛を誓う」
「……永遠の愛を誓う」
グラスを合わせると、キンッといい音がする。
俺と桜は笑い合いながら、そのグラスに口をつける。
「ぁっ……」
持っていたグラスが床に落ち割れるのと同時に、桜は前に倒れるのを俺は一歩踏みだして支える。
桜は、寝息を立てて寝ていた。
決して、酒に酔って寝ているわけではない。
俺がグラスに仕込んでおいた、最古のドライアドから作った睡眠薬の効果だ。
「う……うぅ……」
受け止めた桜を抱きしめながら、俺は涙を流す。
涙なんて、枯れていたと思っていたんだけどな。
「お兄ちゃん……」
抱き合う俺たちの隣に白い和服を着た少女が立つ。
いつの間にか、人化した凍華だ。
「わかってる、俺が泣くのは許されないって事くらいは、わかってる! でも、止まらないんだよ……」
俺の言葉を聞いた凍華は俺と桜を抱きしめる。
「違います! 決して、許されない行為ではありません! 誰にも、誰でも! 泣く権利はあるんです!」
そう言って、俺たちを抱きしめる力を強める。
「なぁ……コレ以外にもっといい方法ってなかったのかなぁ……? もっと、いい方法が……」
「……コレがベストでした。少なくとも、私はそう思います」
「そうか……桜、ごめんな……ごめんな……」
俺は桜を抱きしめながら、謝り続けた。
「これは……輪廻の階段ですか?」
魔王城の地下に寝ている桜を連れて来た俺が書いている魔法陣を見て凍華が聞いてくる。
「ああ、そうだ。コレで桜は……新たな人生を始めることが出来る」
「禁呪中の禁呪ですよ!?」
「俺とお前ならできない事はない」
俺はそう言って魔法陣に最後の線を引いた。
「凍華……結婚式以外の記憶を持っていけ」
俺の言葉に凍華が息を飲む。
「いいんですか? 確かに、それでこの禁呪は発動しますけど……」
「いいんだ。やってくれ」
魔法陣の真ん中に桜を寝かせて、俺は魔法陣から出る。
両手に魔力を集中させて魔法陣に触れる。
「――発動」
バチッという音とともに俺の中から魔力が抜けていく感覚と、激しい頭痛――そして、記憶が失われていった。
視界を埋め尽くすほどの光が収まった後には、桜はいなくなっていた。
「とうとう、最愛の女性でさえこの手に掛けたんだな」
「お兄ちゃん……」
「言うな。わかってるから……さあ、最後の戦場に行こう」
俺は、魔法陣に背を向けて歩き出した。
「お供します……どこまでも」
腰に差した凍華の柄をそっと撫でて俺は――死地へと飛んだ。