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長い夜

 湯上りに日課となりつつある桜を見に行くと、不意に異様な匂いが鼻についた。

 どこかで嗅いだ事がある匂い……そうだ。コレは木材が燃える時の匂いだ。


「山火事か?」


 桜の木に登って辺りを見回してみると、山の麓辺りに薄っすらと赤い色が見えた。

 俺がマラソンで通っていないルート。あそこに何があるのか知らないし、龍剣が何も言ってこないという事は特別な物があるというわけでもないだろう。


 木から降りて、桜を見上げる。


 胸がざわつく……何故だろう。

 この山火事がとても気になる。今すぐに行かなくてはいけないという気がしてならない。


「パパ――」


 いつの間にか人の姿になっていた桜花が桜を背に俺に声を掛けてくる。

 その姿はどこか大人びていて、いつもの見た目相応な幼い空気はどこにもない。


「呼んでる」

「誰が?」


 俺の質問に桜花は燃えている麓の方に顔を向ける。

 それにならってそちらを見てみても、ここからでは何も見えないし、何も聞こえない。

 誰かが呼んでいると桜花は言った。誰かはわからない。何で俺なのかもわからない。


 でも、この胸のざわつきを解消するためにも行ってみてもいいかもしれない。


「行こう、パパ」

「ああ……行くか」


 桜花の手を握り、刀となった桜花を左腰に差して火が上がっている方へと駆けだす。


 そういえば、翠華は最近見てないから置いて来てしまった。

 お陰で片目が見えていないのだが、最近ずっとこうだったしなんだか慣れてしまったな……。






 銀髪の少女は目の前に広がる光景に恐怖した。

 ソレは突然、何の脈絡もなく通り雨のように自身に降りかかってきたのだ。


 夜も更け、二十人ほどしかいない村人は明日の農業や木こりなど自分達の仕事に備えるために寝床に入っているくらいの時間。

 銀髪の少女は睡眠という行動を取らずに居ても得に弊害がないため、その日は朝起こった彼と彼の娘との再会を思い出していた。


 彼の娘――桜花おうかと名乗った少女は、銀髪の少女にとって初めて出来た対等な友達だった。


 少女の目から見て、彼はあまり人付き合いが得意なタイプではないと判断していた。

 誰と話すにしても、彼はどこか自分から一線を引き、お互いに深く入り込めないようにしている節があるのだ。


 それに比べて、桜花はその正反対だった。

 自ら深く入り込む事を求め、自らも相手を受け入れている。


 何をどうやったら、あそこまで正反対の娘が出来るのかと少女は考えるが、恐らく母親に似たのだろうと結論付けていた。

 実際、その考えはほぼ正解と言っても過言ではないのだが……。


 そんな事を考えながら、少女は村を歩く。

 普段は村から若干距離を置いた離れに住んでいるのだが、この時間帯は滅多に人に出会わないためにこうして散歩をしていたりするのだ。


「おや……嬢ちゃん、珍しいな」

「……!!」

「おっと、そう警戒しなくていい。別に、取って食おうなんて思ってないからな!」


 村で出会った男性は酔っているのか、大笑いをしていた。

 よくよく見てみれば、少女も知っている木こりの男性だった。


「でも、こんな夜更けに一人で歩いてちゃいけないぜ? ここら辺じゃ、何があってもおかしくは――」

「……?」


 男性の言葉が不自然に途切れた事に少女は首を傾げた。

 しばらくジッと見ていると、男性は糸が切れたように前へと倒れた。


「……ッ!?」


 慌てて少女が近づくと、男性の左胸には矢が生えていた。


 まるで、少女がソレを発見したのが合図のように民家に次々と火矢が刺さり燃えていく。

 その後、村の入り口から大量のゴブリンなどの魔物が入ってきた。


「……!」


 いたるところで悲鳴が上がる。

 住人が魔物に襲われているのだろうと判断するも、少女はその場に座り込んだまま動けないで居た。


「怖い……」


 口から漏れた言葉は紛れもない本心だった。

 少女は戦闘に関連した生活をしてきたわけではない。過去に自らの不注意で指を斬りおとしてしまった事はあったが、それはあくまで不可抗力であり自分の意志でやった事ではないのだ。


 故に、こういった本格的な戦場では恐怖心しか沸かなかった。

 逃げようにも腰が抜けて動けず、助けを求めるにも周りは悲鳴を上げている非力な村人だけ。


「たす……けて……」


 声に出して助けを呼んだとしても誰も助けに来てくれないという事はわかっていた。

 それでも、声に出さずにはいられなかった。


「お願い……誰か……」


 少女の脳裏に彼の姿が思い浮かぶ。

 それは完全に無意識だったが、自分が触れても傷一つ付かない彼ならばこの状況をどうにかしてくれるのではないかという考えが深層にあったのかもしれない。


 だが、彼が少女の声が届く場所に居る保証はなく、むしろいない方が自然だった。


「お願い……!!」


 それでも、願わずにはいられない。


 そんな少女の前に巨人――オークが立ち、その手に持った棍棒を大きく振り上げた。

 少女の特性を考えれば、オークが触れるだけで勝手に自滅するだろう。

 しかし、少女の特性には大きな欠点が存在していた。


 それは“生物以外には何の意味もない”という事だった。

 つまり、オークが持っている棍棒やゴブリンが持っている剣に触れたとしても、自分が傷つくという至って普通の結果しか生まれないという事だ。


 コレが、オークの素手などだったら話は変わるが、現状はそうではない。


「私、は……」


 少女の目が棍棒を見つめる。

 その目は恐怖に彩られていた。


「まだ……死にたくない……っ!!」


 その言葉と同時に棍棒が振り下ろされる。

 思わず目をきつく閉じ、その瞬間を待つ少女だったが一向にその瞬間が訪れない事に違和感を感じて目を開けた。


「……ぁ」


 そこには、赤い軌跡を片目から走らせて刀を振り切った状態で立っている隻腕の刀剣士が居た。

 彼の前には、右腕と首を斬られてその場に立っているオークの姿。


「……」


 来ないと思っていたのに、来てくれた彼の背を少女は見つめた。

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