訓練
侍女に案内されて連れてこられたのは、宴会などで使われてそうな大きな部屋だった。
俺達が泊まっているのは、龍剣山山頂の中央に建っていた和風の別荘であり、その中にある一室がこの宴会場だった。
恐らく、何かしらのお祭りなどの打ち上げで使われたりするんだろう。
「来たか」
「待たせたか?」
「いや、良い。それより、朝食にしよう」
龍剣に薦められるままに座布団に座ると、すぐに目の前に料理が運ばれてくる。
朝食のメニューは白飯に味噌汁、漬物に焼き魚と完全な日本食だった。
「この世界にも日本食があるのか……」
もしかしたら、この世界に召喚された日本人が伝えたのかもしれない。
てか、白米とか元々存在してないはずだからきっと品種改良が出来るスキルを持った人が苦労したに違いない。
「……」
久しぶりの日本食だと言うのに、味が全然しない。
だが、食べなければ身体に異常が出るのは確実なので、俺は流し込むように口に入れた。
「さて……お主にはコレをやろう」
朝食を食べ終わり、緑茶のような何かを飲んでいると龍剣が俺に日本刀を差し出してくる。
受け取ってみてわかったのだが、コレは魔刀ではなく本当にただの日本刀のようだ。
「コレは?」
「この村に住むヤツが作った刀じゃ。魔刀のように特別な力はないが、武器としては問題ない。銘は……無刀とでもしておこうかの」
「コレで俺にどうしろと?」
「お主にはこれから訓練を受けてもらう。今のお主はとても不安定な力量じゃ。凍華を直したとしても、今のお主では振るう事さえ出来ないじゃろう」
そう言われて、俺は考え込む。
確かに、今の俺は平行世界に存在している俺の経験を間借りしてどうにか戦っている状態だ。それも、俺自身の基礎が出来ていないために本来の力の四割程度しか引き出せていないだろう。
そして、凍華が復活した時にパワーアップするというのであれば、未熟な俺がその力に振り回される事を想像するのは簡単だ。
「具体的に、どうすればいい?」
「まずは、そうじゃのぉ……コレを右腕だけで抜刀出来るようになるのじゃ」
「抜くだけならやろうとすれば出来ると思うけど……」
「馬鹿者。抜刀と言ったじゃろう。良いか? よく見ておくのじゃ」
龍剣は俺から無刀を受け取ると、ソレを左腰に差して右腕だけで抜刀した。
その動きはとても滑らかであり、抜き放たれた無刀は完全に相手を捉える軌道で抜刀されていた。
なるほど……抜くだけでは意味がないのか。
「これくらいは出来るようになってもらわねば困る」
納刀した無刀を俺に返しながら龍剣は左手で顎を擦る。
「それに加えて、毎日素振りを五百回せよ」
「ご、五百回!?」
素振りなんてした事ない上にいきなり五百回と来た。
素人がそんな事をしたら、身体を壊すんじゃないか……?
「それでも少ない方じゃ。それに……時間がないのじゃろ?」
龍剣の目が真っ直ぐ俺を貫く。
確かに、俺には時間が無い。美咲が魔刀になる前に救い出さなければならないのだ。
「……わかった」
「うむ。では、今から始めるといい」
龍剣はそう言って立ち去った。
俺は、無刀を強く握りしめた。
訓練初日は酷いものだった。
まず、刀を片腕で抜くという事が思っていたよりも難しかったのだ。日頃、桜花がどれだけ俺に気を遣ってくれているかがわかる。
次に素振りだが、次の日は筋肉痛で腕、腰、足が動かないくらいだった。
それでも休む事は許されず、俺は身体に鞭を打って素振りを続けた。
ちなみに、訓練の監督役としてどこか見覚えがある侍女がずっと俺の近くに居た。
俺の素振りがおかしくなったりすると、容赦なくその手に持った竹刀で叩いてくるものだから、油断も隙もなかった。
俺が訓練をしている間、寝華はずっと刀状態で眠っていて、桜花と翠華は近くで人化して何やら話しているようだった。
まぁ、ただ見ているだけも退屈だろうしな……。
「――っ!」
シャッという音と共に綺麗に無刀が抜刀される。
片腕で素振りをしていた成果か、右腕がやけに筋肉質になった気がする。日に日に筋肉が付いてくる腕を見るのが最近の楽しみになりつつあるくらいだ。
そして、訓練開始から早一か月。
俺はとうとう片腕で抜刀する技術を身につける事が出来た。
「お見事です」
近くに居た侍女が小さく拍手をしてくれる。
ただ、その顔はいつものように無表情だったが。
「ありがとう」
褒められて照れる気持ちを抑えながら礼を言って、そのまま日課の素振りを開始する。
最初は身体の動きを意識しなければならなかったが、最近は無意識にでも最適な動きで素振りをする事が出来ていた。
ただ、一つ疑問がある。
それは、右腕だけで素振りをしているために、左腕が仮に復活したら筋肉量に差が出来てしまうのではないかという事だ。
それによって、この訓練が無駄にならなければいいけど……。
「いてっ!?」
バシッ! と竹刀が俺の背中を強打する。
素振りを中断して振り返ると、片腕で竹刀を持った侍女が居た。
「余計な事は考えてはいけません」
「は、はい……」
侍女に見張られながら、俺は素振りを再開した。




