前世と女神
「――っ!!」
俺は左胸を押さえながら跳び起きた。
だが、どれだけ触っても左胸には傷一つなく、痛みも全くなかった。
「あぁ、傷なら治しましたよ」
声に振り替えると、黄金に輝く美しい髪を腰まで伸ばしたどこかほんわかしている女性が立っていた。
てか、俺この世界に来てからやけに倒れてないか?
「はぁ、その、ありがとうございます」
「敬語じゃなくてもいいですよ。私と貴方の仲じゃないですか」
「え? 初対面ですよね?」
俺が聞き返すと、女性は少し考えた後に両手を合わせた。
「あっ、そういえば『まだ』そうでしたね」
うっかりうっかりと言いながら、女性は笑う。
それを眺めながら周りを見渡してみると、緑に囲まれた美しい庭園だった。
「ところで、ここは? あと、貴女は?」
「ここは、天界ウェルミリア。そして、私はこの世界の女神です」
えっへんと言った感じで胸を張る女神。
ちなみに、胸はそんなにない。
「今、失礼な事を考えましたね……?」
女神がジト目で睨みつけてくるのをスルーして、俺は本題に入る事にする。
「ところで、俺は何でここに? さっき刺されて死に掛けてた……というか、死んだ気がするんだけど」
「本当は異世界から転生・転移した人は最初にここに来て私から潜在能力を引き出してもらうんですよ? それなのに、貴方はいきなりあっちに飛んで行ってしまうんですもん、困っちゃいましたよ」
やれやれと言いたげに肩を竦める女神。
てか、その言い方だと俺が自分の意志で飛んで行ったみたいに聞こえるな。
「それに関しては、無意識だと思いますけどね。おそらく、あの魔刀に引っ張られたんじゃないですか?」
凍華に引っ張られた?
凍華は俺の夢にも出てきてたし、もしかしたら何か関わり合いがあったのか?
「さて、話を戻しますけど本来であればここで貴方の潜在能力を引き出すんですけど……」
「何か、問題があるのか?」
「そうですねぇ……貴方はちょっと特殊なんですよ。潜在能力を一気に引き出してしまうと、魂がそれに耐えられなくて崩壊してしまうんです」
なんだと?
つまり、俺は実はすごい潜在能力を持っているって事か!
ちょっと、テンション上がってきた。
「それって、勇者的なアレですか?」
俺がちょっとウキウキしながら聞くと、女神は苦笑する。
「勇者とは違いますね。既に全ての勇者は召喚されていますし」
なんだ……勇者じゃないのか。
ちょっと残念だ。
「……勇者になりたかったんですか?」
「ん? まぁ……男として少し憧れるよな」
俺がそう言うと、女神は心配そうに俺をまじまじと見つめる。
そんなに見つめられると、照れるんだが……。
「あぁ、そういえば違うんでした。それで、魂が耐えられなのでどうしようかと私はずっと考えていました」
「それで、結論が出たのか?」
「はいっ! それはもう素晴らしい考えが!」
女神は満面の笑みを浮かべて両手を合わせる。
正直、可愛い。
「魂を強化してしまうことにしました!」
「はい?」
この女神はいきなり何を言ってるんだ。
魂を強化とか出来るの?
いや、女神だから出来るのか……?
「少し、痛いと思いますが……我慢してくださいね」
「え? ちょっ、まっ!!」
俺が制止するよりも早く女神の右手が俺の頭に触れる。
「――っ!!」
頭痛。
それも、頭を内側から全力で破裂させようとしているレベルの頭痛だった。
そして、脳裏に様々な景色が投影される。
――召喚された見知らぬ高校生たち。
――連れ去られる幼馴染。
――ひたすら強さを追い求めた日々。
――代償を支払った武器達。
――一人だけの戦場。
そして、その『男』が本当に守りたかった大切な人。
「はっ……はぁ……はぁ……」
全てを見終わった後、俺は息を切らせて膝をついた。
「全て、見ましたね?」
女神は静かに俺を見下ろす。
「あぁ……アレは、記憶だ。かつてのいつか、この世界に召喚されたった一人のために世界を敵に回した男の……記憶だ」
「はい。この世界での呼ばれ方は裏切者……そして――」
「――俺の前世だ」
女神は俺の言葉に頷き、庭園に乱雑に放置されている無数の本を見つめる。
その後、一冊だけ丸テーブルの上に置かれている本を手に取る。
「それは……?」
俺が聞くと、女神はその本を大事そうに抱きしめる。
「これらは全て、この世界に来た異世界人の記録です。その人がどう生きて何を成したのかが書かれています」
本一冊一冊の形はまばらであり、絵本サイズに薄い物から広辞苑レベルに分厚い物もある。
それに伴って、表紙の柄も色もバラバラだ。
「じゃあ、それは……誰の記録なんだ?」
女神が持っているのは、真っ黒なハードカバーサイズの本だ。
表紙には四本の刀が描かれている。
「これは、貴方の……いえ、貴方の前世の記録です。残念ながら見せる事は出来ませんが、私にとってとても大切な一冊ですね」
「俺がさっき見た記憶……所々、モヤが掛かっていてわからないところがあるのは?」
「それは、まだ魂のレベルが足りてないからですね。記憶に関連する経験をすれば、おのずと思い出すと思いますよ」
記憶に関する経験か……。
例えば、記憶にあった場所に行くとかだろうか?
「一応、わかりやすいようにステータスに魂Lvを追加しておきました。確認してみてください」
頷いてからステータスを開いてみる。
名前:一ノ瀬 裕
種族:人間
性別:男性
職種:学生
魂Lv:3
STR:300
DEX:200
VIT:12000
INT:180
AGI:3000
称号:異性界者、前世を思い出す者
スキル:刀剣マスター、超級鑑定眼、縮地、軽足、俊足、見切り
「ステータスが軒並みに上がってるし、なんかVITが凄いことになってるんだが……?」
俺のステータスは、最初とは比べ物にならない代物になっていた。
てか、スキルもなんか色々増えてるし。
「ステータスに関しては、前世の記憶を思い出したことで当時のステータスが少しだけ追加されたみたいですね。まぁ、まだ魂Lvが低いので本当にごくわずかですけど」
「なるほど……。でも、なんでVITだけこんなにインフレ起こしてるんだ?」
「貴方はここに来る前に何かしてませんでしたか?」
「ここに来る前……」
あっ……!
女神に言われて、左胸を刺された時にあの男性が言っていた事を思い出した。
『死に掛けたとしたら、ステータスはどのくらい上がるんだろうな?』
「答えは、こういう事かよ……」
コレを狙ってやったのかはわからないが、次会ったらアイツは絶対に殴る。
俺は心にそう決めた。