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桜の先に

 龍剣と俺の間を桜の花びらが通り過ぎていくのを見ながら、俺も聞きたい事があったのを思い出した。


「なぁ、俺からも一つ聞きたいんだが……爺さん、刀剣術スキルを持ってるのか?」


 俺の質問に振り返った龍剣は無言で右袖を捲り上げる。

 そこにあったのは、肘の部分にある接合跡だった。


「儂は刀剣術スキルを持っとらん。しかし、この腕のお陰で刀をある程度扱う事は出来るのじゃ」

「そうか……ちなみに、言いたくないなら言わなくていいんだが、その腕は?」

「……昔、儂の知り合いから譲り受けた物とだけ言っておこう」


 龍剣はそこで言葉を切った。

 俺も別にそこまで詳しく聞く気はない。誰にだって、言いたくない事の一つや二つはあるだろうしな。


「さて、腹は減ってないかの?」


 お互いの言葉が途切れた辺りで空気を変えようとしてか、どこか明るい声で龍剣は言った。

 正確な時間はわからないが、周りがまだ暗い事から未だ夜だろう。

 そもそも、龍剣の存在感のせいで全く気にしていなかったが、ここにはきちんと明かりを確保するために松明が置かれているんだな。


「まぁ、王都を出てから何も食べてないし、腹は……」


 そこで、気づいた。

 あの洞窟では確かに感じていた空腹感が今はさっぱり無くなっているのだ。


 戦いでの緊張感で無くなったという可能性もある。だが、俺自身としてはこの"空腹感の無くなり"が一時的な物ではないように思えた。


「なら、丁度いい。持ってきてくれ」


 途中で途切れた俺の言葉をどう受け取ったかわからないが、龍剣はいつの間にか近くに居た和服の侍女に食事を持って来るように言った。

 どうやら、この桜の下で食べるらしい。


「お待たせしました」


 侍女が三人、重箱と酒が入っているであろう瓢箪を持って来る。

 龍剣はニヤリと笑って、瓢箪を受け取ると口を大きく開けた。


「さぁさ! 食べようぞ!!」




 急遽宴が始まり、二時間程経った後。

 俺は一人……正確には、桜花だけを腰に差してあの桜の木の下に立っていた。


「……どうなってんだか」


 宴で出された料理は全部見たことも無い程に豪華であり、どれも美味しそうだった。

 それなのにも関わらず、俺自身は全然腹が減るという感覚も、食べたいという気持ちも沸いてこなかった。

 桜花や翠華は喜んで食べていたから、宴に参加したのは良かったとは思う。寝華は反応がなかったからきっと寝ていたんだろう。


「……」


 口に入れれば、食べる事は出来た。だから、俺の身体が食事をする事を拒否しているというわけではないみたいだ。

 ただ、口に入れたとしても味を感じる事はなかったし、満腹感や満足感を得る事も出来なかった。


「味覚を代償で持ってかれたか? いや、翠華と寝華にはきちんと対価を払ってるはずだ……なら、コレは別の所で……?」


 独り言を呟きながら考えを整理していると、左腰にあった重さが無くなった。

 横をチラリと見てみれば、桜花が人型になって立っていた。


「桜花、起きたのか? というか、俺が連れて来たから起きちゃったのか」

「ううん、ずっと起きてたよ」


 俺の最後の記憶では、宴ではしゃぎ疲れて刀モードになって寝ていたような……いや、深く突っ込むのは辞めよう。きっと、桜花なりに気を遣ってくれているんだろう。


「ねぇ、パパ……」


 桜花はそっと桜の木を見上げる。

 その横顔は、どこか美咲に似ている気がした。


「どうした?」

「ママの話、聞かせて……?」

「――ッ!」


 その言葉に心臓が止まりそうになる。

 桜花の母親……つまり、美咲の話を聞きたいと初めて言い出したのだ。


「……どうしてだ?」


 俺の記憶では、美咲と桜花は一度だけ会った事があるはずだ。

 そう、アレは魔王と戦う前……俺が病室で目覚めた時に廊下で会っている。


「さっき……初めて親子を見たの」

「……」


 さっきと言うと、俺たちが寝る家へ案内された時か。

 この龍剣山だが、意外にも集落が存在していた。まぁ、そこに住んでいるのは龍剣を含めて人では無く、人化した龍だと言うのだから驚きだ。


 少し脱線したが、確かに案内されている時に母親と子供の親子連れを見た。

 それを見てきっと桜花の中で"母親"という存在を強く意識するようになったのだろう。そして、その母親について一番よく知っている身近な人間は俺というわけだ。


「パパ……」


 まるで懇願するように見つめてくる桜花。

 

「み、美咲は……」


 心音が大きくなり、身体が震える。

 美咲について口にする事がいつの間にか怖くなっている事を自覚した。


「……美咲の話は、また、今度な……」

「……うん」


 桜花は小さく返事をして、そっと顔を伏せた。

 気まずくなった俺は、逆に桜の木を見上げた。


(美咲……桜木美咲さくらぎみさき……俺の【――】で……あれ? 誕生日はいつだっけ? どんな……顔だっけ……)


 声は覚えているのに、記憶にある美咲の顔はどこか陰が差してあってハッキリとしない。


「嘘だろ……」


 忘れてしまった。

 とても、とても大事な事なのに。決して忘れてはいけない事だったはずなのに。


「何で、涙も出ないんだよ……」


 消失感はあるのに、悲しいとかも思うのに、涙が出る事は最後までなかった。






 窓から差し込む光で目を覚ます。

 昨夜はあれからどうやって部屋まで帰ってきたのか覚えていない。だが、近くの窓に桜花が刀状態で立て掛けてある所から、恐らくは一緒に帰ってきたのだろう。


「……美咲」


 その名を口に出してみても、一定以上は思い出せない。

 そして、やっぱり涙も出ない。


「はぁ……ん?」


 ふと、視線を感じて入口の方に目を向けると、そこには昨日みた侍女が立っていた。

 居たのなら、声を掛けてほしい……。


「龍剣様がお待ちです」

「あ、あぁ。ありがとう、すぐに行くよ」


 侍女が一礼して入口から去って行くのを見送り、用意されていた着流しに袖を通す。

 しかし、あの侍女は初めて見た時から初対面って感じがしなかった。昔、どこかで会ったような……よく思い出せないけど、きっと前世で何かしらお世話になったのだろう。


「おはよう、凍華」


 翠華、寝華、桜花を両腰に差して最後に凍華を掴む。

 着流しで背中に凍華を背負うっていうのも何だか不格好な気がするな……。


「ま、普通に手で持って行けばいいか」


 右手に凍華を持って、俺は部屋を出た。

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