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桜の木

 地面に着地した黒龍を一撫でしてから、俺も地面に足を付ける。

 右手は桜花の柄から離れようとせず、まるで俺たちを待っている生物にたいして本能的に警戒しているようだった。


「……黒龍か。久しいの」


 目の前の人物――白髪を長く伸ばし、それを後ろで結んだ爺さんは無いヒゲを擦りながら黒龍を見上げた。

 一見すればただの好々爺だが、その肉体は纏っている灰色の着流しの上からでもわかるくらいに鍛え上げられており、右手には杖をついている。


「して……お主がここに用がある人間かの?」


 爺さんの青い目が俺を貫く。

 表情は柔らかく微笑んでいるのに、その中に得体の知れない威圧感がある。

 嘘を言う事は許さない……そう言っている。


「ああ……直してほしい物があって来た。ここには、直す術があると聞いてな」

「ふむ……」


 爺さんが俺の全体を舐めるように見回す。

 そして、背中に背負っている凍華に視線が止まった。  


「なるほどの……」


 爺さんは一旦目を伏せてから、両手を叩く。

 すると、瞬時に爺さんの背後に着物を着た女性が二人現れた。


「そちらのお二人に御召し物を」

「わかりました。では、こちらへ」


 女性は翠華をと刀状態の寝華をどこかに連れていこうとする。


「ご主人様マスター……」


 翠華はどこか迷うように俺を見てくる。

 恐らく、俺の右手と目が不能になるくらいに離れる事がわかったのだろう。


「……行って来い。流石に鞘無しとその見た目じゃ俺も困る」

「わかりました。くれぐれもお気を付けて」


 俺に恭しく礼をして女性と共に去って行く翠華。

 その姿が小さくなったあたりで俺の左目は光を求める事を止め、右腕は力が入らなくなりダラリと下がる。


「……」


 正直、怖かった。

 自分の身体が自分の意志で動かせなくなる――それは想像していたよりも怖かった。

 でも、どこか“慣れ”を感じている自分もいる。


「さて……では、お主はちと儂に付き合ってくれるかの?」


 どうせやる事もない俺は、爺さんに付いていく事にした。




「コレに見覚えはあるかの?」


 爺さんに案内されて来たのは、山頂の端にある小高い場所に生えた大きな桜の木だった。

 綺麗なピンク色の花を纏い、ほのかに甘い匂いを周りにおすそ分けしながら、そこに存在していた。


 もう、何年ここに生えているのだろうか? その大樹とも言える桜の木はたしかにここに居ると俺たちに主張しているようだ。


「いや……ないなっ……!?」


 見えている右目にノイズが走る。

 風景が白黒になって行き、音が聞こえなくなってくる。


『この木が大きくなるまで見守って欲しいの――』


「なん……だ……?」


 声が聞こえる。

 優しい――どこまでも優しい女性の声だ。


『本当にここでいいのか?』

『ここがいいの。きっと、この子もここが気に入ってると思うから』


 あぁ、この声は知ってる。

 ずっと、何年も聞いてきた声だ。


『儂はもちろんいいんじゃが……本当に見守るだけでいいのかの?』


 爺さんの声が聞こえる。

 その声はどこか戸惑っているような声色だった。


『うんっ、この子は一人でも大きくなれる強い子だから。でも、一人だと寂しいだろうから見守っていてあげて?』


 女性が――桜さんがどこか嬉しそうに言う。


『まぁ、桜がここでいいって言うならそれでいいけど。それじゃあ、頼めるか?』


 男性――純が爺さんに話しかける。


『わかりましたわ。この龍剣りゅうけん、しかとこの桜を見守りましょうぞ』


 爺さんの言葉でノイズは収まった。


「……ぁ」


 色と音が戻った世界で改めて桜の木を見上げる。

 

「……あぁ」


 わかった。

 この桜の木は桜さんと純がここに植えた桜の木なのだ。

 きっと、最初は小さな苗だったはずだ。それがここまで大きな木になるのに一体どれだけの時間が経ったのだろうか。


「四千年じゃ」


 爺さんの声がして、視線を下げるとそこには爺さんがこちらに背を向けて桜を見上げていた。


「アレから、四千年が経った」

「そんなにか……」


 こちらに振り返った爺さんはそっと目を伏せている。

 あの中では一体何を考えて居るのだろうか。

 何を想い、何を感じ、何に打ちひしがれているのか。


「儂は待ち続けた。“いつか絶対にこの子に会いに来る”そう言った二人を信じ、ずっと待ち続けた」


 爺さんの言葉が終るのと同時に、俺の左目と右腕はその存在意義を思い出したかのように活動を再開した。


「ご主人様マスター、只今戻りました」


 振り返った俺を出迎えたのは、緑色の着物に身を包んだ翠華とその手に持たれた鞘に入った刀だった。


「では……儂も四千年前の約束を果たすとしよう」


 爺さんが一歩踏み出す。

 その威圧感に俺は一歩引きそうになるが、翠華がそっと背中を支えてくれた。


「行きましょう、ご主人様マスター

「あぁ……」


 差し出された寝華を左腰に差し、翠華の手を握るとそこには確かに刀が出現した。


「儂は龍剣山の主、龍剣りゅうけん……いざ、尋常にっ!」

「――勝負っ!!」


 翠華を右手に俺は龍剣と対峙し、その勝負の火蓋が切って落とされた。

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