癒し
短いですが続きです。
裕が気絶してから数分後、傍らに置かれた桜花は人型となってから深く息を吐きながら立とうとしてふらつき、地面に手を付く。
「苦しい……」
魔刀はその身に貯め込んだ魔力を使って人型となる。従来であれば、先ほどの戦いをした後はゆっくりと刀状態で一定ラインまで魔力が回復するまで待つのが普通なのだが、桜花にはどうしても今動かなくてはならない理由があった。
「パパ……」
どうにか立ち上がった桜花は裕の頬にそっと触れる。
コレは決して体温を確認したり、慈愛や心配から来ている行動ではない。魔刀というのは契約者に触れる事で体調などを把握する事が出来るのだ。
「どうしよう……」
焦った声色で呟く桜花。
裕はこうしている間にも徐々に衰弱して行っており、このままでは確実に死に至るという事が生まれたばかりの桜花にも理解できたのだ。
通常、こういった状態でも回復能力を備えた魔刀でない者でも契約をしていれば生命維持くらいは出来るのだが、桜花は生まれたばかりという理由もあって貯め込んでいる魔力が少なく、人化を解いたとしても維持出来て数分といった所なのだ。
故に、桜花は別の道を模索するために周りを見回すが、そこにあるのは多くのゴブリンの死体と黒龍。それと二振りのボロボロになった刀だけだった。
「刀……?」
ふと、そこで桜花は首を傾げる。
はたして【普通の刀】がゴブリン共の放った矢を弾き返せるだけの能力を持っているだろうか、と。
実際には、この世界にはそういう特殊な力を持った武具も存在している。
だが、桜花は生まれたばかりであり、この世界や魔刀についても凍華に教えてもらっているほんの少しだけの知識でしか知らないために、もしかしたらこの刀は魔刀なんじゃないかという考えに至ったのだ。
「お願い……パパを、助けて……」
桜花は一縷の望みを掛けて、地面に刺さっている刀の柄を持つ。
すると、体内から魔力が吸い取られていく感覚と共に刺さった刀が淡い緑色の光を放ち始める。
「うぅっ……!!」
残り少ない魔力を根こそぎ奪われそうになるという感覚に恐怖を感じながらも、桜花は決して柄を離す事はない。
魔力が無くなったら、もしかしたら死んでしまうかもしれないという考えがないわけではない。だが、自分が生き残って死ぬよりも自分が死んで裕が生き残った方がいいと心の底から思っているのだ。
歪んだ愛の形とも取れるソレは傍目から見たら拒絶の反応を示される物だろう。
だが、桜花にとっては一ノ瀬 裕という存在と凍華という魔刀、それと自分の奥底で感じる【誰か】が居なければ自分が生まれる事はなかったのだ。だとすれば、自分をこの世に誕生させてくれた人間は何よりも大切なのだ。
「ぁっ……」
最後の一滴が搾り取られる感覚と共に桜花は前のめりに倒れ、地面に接する時には刀となって地面に転がった。
カランカランという音を立ててその場に転がった桜花の代わりに、地面に突き刺さった刀はその光を強め、次の瞬間には人の形となってその場に立った。
輝くようなプラチナブロンドの髪、透き通るような緑色の瞳。その存在を否応なしに感じる豊満な胸の大人の女性。
ただし、全裸だった。
魔刀にとって鞘とは帰るべき家であり、主の傍に居る事の次に安心する場所であり、纏うべき服なのだ。
つまり、鞘がないという事は服がないという事なのだ。
「……」
全裸の女性はそっと地面に転がる桜花を見つめた後に困ったように微笑んだ。
「本当は、契約者じゃない人に治療をするのも気が進まないのだけれど……この子の想いもあるし、何よりもあの人の影が見える人を放ってはおけないわよね」
女性は左手で桜花を拾い上げて裕の前へと歩いていき、空いている右手をかざす。
すると、緑色の光が木漏れ日のように裕を包み込み、優しくその傷を癒して行く。
それを確認した女性は満足そうに微笑んで、裕の腰に付いていた鞘を抜き取って桜花を納める。
「さて、頼まれていた事は終わりましたが……流石に、このままだと寒いですね」
そう言って女性は両腕をさするのだった。




