声
更新が久しぶりになってしまいました。
これからは、今まで通り定期的に更新します。
睨みつけるように見ていた通路から出て来たのは、緑色の肌をし目と腹が少し飛び出ている低身長の生き物――元の世界で様々な創作物で目にした『ゴブリン』と呼ばれていた生物にそっくりなヤツだった。
「もしかしなくてもゴブリンか? にしても、数が多いが……」
ゾロゾロと出てくるゴブリン共の手には剣や弓、棍棒などの武器が握られている。だが、いずれも手入れがされていないのかボロボロである。
そのうちの弓を持ったゴブリンが弓を引き――
「まずっ!!」
気づいた時には既に時遅く、俺へと空気を引き裂きながら矢が10本近く飛来する。
どう見ても避けられるような速度ではなく、このまま行けば間違いなく俺と黒龍を貫くだろう。いや、黒龍に関しては持ち前の鱗によって弾くかもしれないが、俺はそうは行かない。
黒龍と違って強固な鱗も無く、強力な防具を纏っているわけでもない。
「――っ!!」
貫かれる――そう思った瞬間、俺の意志とは無関係に右腕が動き出す。
桜花を抜刀し、矢が間合いに入った瞬間に桜花を振り始め矢を時には斬り捨て、時には弾きながら凌いで行く。
(なんだよ、コレ……)
次々と降り注ぐ矢を凌いでいく右腕を見ながら、俺は唖然としていた。
俺にこんな事を出来るような技術を保有しているわけでは……いや、一つだけあった。そうだ、決闘後にステータスを確認した時に見たじゃないか。
確か《一ノ瀬流剣術:閃光》――いつかのどこか、俺の知っている世界とは違う世界で異なる俺が習得した技術であり、剣術だ。
自分に向かって飛んでくる飛来物に対して特効を持つと書いてあったが、こういう形で発動するとは思っていなかった。
(俺は大丈夫だとして……黒龍の方は大丈夫なのか?)
若干余裕が出て来た所で横目に黒龍を見てみると、そこには謎のバリアに矢を弾いて貰っているのが写った。
(なんだ……? 地面に刺さってる刀の場所で弾いているみたいだが、あの刀の効果か……?)
そこまで考えた所で、右腕は桜花を振り下ろした形で止まる。
周りには俺と謎のバリアによって防がれた矢が散乱している。ゴブリン共の方を見てみると、矢をきらせたのかギャアギャアと叫びながら悔しそうに地団駄を踏んでいた。
《パパっ!!》
「ああ、いくぞ!」
大きく一歩踏み出してゴブリンの元へと躍り出る。
初めての魔物戦に恐怖心よりも高揚感が勝り、心臓がうるさい程に鼓動して耳の奥をドクンドクンと騒がしく叩く。
(不思議な気持ちだ)
これはゲームなどではない。
一回のミスで命を落とす確率だって決して低くはないはずだ。
それなのに、俺はこれからの殺し合いに心を躍らせて逃げるどころか自ら前へと進み出ている。踏みしめる硬い地面も、右手に握った桜花の感触もどこか遠くに感じてくる程だ。
一歩、また一歩と進む。
さっきまではすぐに間合いに入れられるはずの距離だったのにも関わらず、一歩一歩が何故か遠い。
『パパ』
桜花の静かな……それこそ、そこに何の感情もないような声が聞こえる。普段だったら何事かと思うその声でさえ、今の俺には安心する音色に聞こえる。
それに……ほら、もう先頭にいる一匹が間合いだ。
「ふっ――!」
息を短く吐きながらすれ違いざまに桜花を一閃。
右手に手ごたえを残しながら結果を確認せずに次の獲物に向かって桜花を振るう。
「ギャギャッ!!」
「ギャゥギャゥ!!」
ゴブリン共が喉を振るわせて何かを叫ぶ。
あぁ……お前等の声は――
「不協和音だ」
一体、また一体とゴブリンを斬り捨てていく。
もう既に身体の感覚も、音も、空気の感触も、握っている桜花の重ささえも全てが無くなっていた。
だが、それでいいと思える。今はただ目の前に居る獲物を一匹でも多く、一匹でも早く殺したいと本心から思えるからだ。
そのためには身体の感覚など、音など、空気の感触など、得物の重さなど……全てが邪魔なだけだ。
「次は……」
体が流れるように動く。
思考するよりも速く、次の獲物を斬るために動く。
瞬間、強烈な殺意を感じた。
この夢のような時間を終わらせるベルのような殺意の塊が俺へと向かって叩きつけられたのだ。
『パパっ!』
「――っ!!」
焦ったような桜花の声と同時に身体を一歩引くが、それと同時に右手の人差し指に鋭い痛みが走る。
確認している時間はない。今はただ、目の前から迫ってくる殺意から逃げるのが先決だ。
「ぅっ!?」
あぁ、ミスったんだ。
そう、理解した。
下がっている時に何かに押されるような感覚と同時に身体の中に異物が入り込んだような感覚。
ゆっくりと顔だけ背後に向けてみれば、右肩から切り裂かれたゴブリンが左手にもった短剣を俺の脇腹へとマント越しに突き刺している姿が見えた。
顔を上げたソイツの顔はニッタリと笑っており、俺と目が合うと左手を捻って俺の内臓を的確に破壊しようとしてくる。
痛みはなかった。ただ、冷たい何かが身体の中に入ってくるような感触があるだけだ。
だが、嘔吐する時のような胃から何かが競りあがってくる感覚はあり、俺は口から血を吐いた。
『パパっ!』
「クソガァッ!!」
桜花を逆手に握って、背後のゴブリンを脳天から串刺しにしようとするが桜花は安定せずにゴブリンの左半身を貫くに留まった。
それでも致命傷だったらしいゴブリンから力が抜けるのと同時に身体を捻って手から短剣を離させ、そのまま大きくバックステップ。
「ゲホッ……」
咳をするのと同時に血が口から溢れ、茶色の地面に大きくシミを作る。
短剣は抜きたいが今はやめておいた方がいいと俺の本能が警告する。確かに、どこかで抜くと逆に出血が酷くなると聞いた事がある。
短剣を放置し、右手を確認すると人差し指が第二関節から先をゴッソリと斬りおとされていた。
(このせいで桜花を上手く握れてなかったのか……!)
認識するのと同時に走る鋭い痛み。
本当なら今すぐ地面をのたうち回りたいくらいだが、それを許さない相手が目の前からゆっくりと歩いてきている。
「……何だこいつ」
『大きいね……』
眼前に立ちはだかるのは、身長2m程はある大きなゴブリンだった。
右手には血が付着した巨大な鉈を保持しており、口元は三日月のように吊り上がっていた。
「クソっ……」
先ほどとは打って変わって状況は最悪。
右手の人差し指と脇腹からの出血が特に酷く、目の前が若干霞んでくる程だ。
そこでふと、決闘の事を思い出した。
あの時、俺は安田の腕を斬りおとした後でも出血
「そうだ……確か、アイツはこんな感じで……」
一旦桜花を地面に突き刺し、無くなった人差し指をその刃で斬る。
「ぐっ……! と、閉じろ!」
痛みに耐えながら言ってみると、傷口は血を流す事を辞めた。
それを確認してから、脇腹に刺さった短剣を一気に引き抜いて素早く桜花で切り裂き、止血する。
「ぐっ、はぁ……」
止血する時間を相手が待っててくれたのが幸運だった。
だが、血が止まりいくらか楽になったとは言え、事態が最悪な事には変わりない。
ズシンズシンと足音と立ててヤツはもうそこまで来ているのだから。
「やるしかないよな……」
逃げ出すという選択肢は元から存在していない。何故だかわからないけど、この黒龍は意地でも守らないといけないと思うからだ。
故に、桜花を構える。
人差し指がない事で安定しないが、振るうくらいならば出来るだろう。
『パパ、大丈夫? 痛くない?』
「大丈夫だ」
勿論、やせ我慢だ。
本当は痛くて、泣きたくて仕方がない。少しでも気を抜けばその場で発狂しそうだ。
(それでも、死ぬよりはマシだ……)
どれだけの致命傷を負おうが、それで死ななければ美咲を助けに行く事が出来る。俺がこの世界で唯一成したい事があるとすれば、美咲の救出なのだからそれでいい。
「はぁ……」
こちらが一歩踏み出すと、相手も待っていたかのように一歩踏み込んでくる。
俺の間合いへはあと一歩足りないが、相手の得物は桜花よりも長いために既に間合いだろう。
「なら、前だっ!!」
引く事は出来ない。
ならば、相手が鉈を振るうよりも先にこちらも間合いに入って振るうしかない。
姿勢を低くして踏み込むのと同時に頭の上を何かが通ったように髪を揺らした。どうやら、相手は鉈を横なぎに振るったらしい。
ならば、鉈を次に振るうまでには時間があるはずだ。
その間に、俺は桜花を叩きこむ事が出来る――そう、思っていた。
「なっ!?」
桜花を振るおうとした瞬間、相手の身体全体がブレた。
背中に走る衝撃と激痛、脇腹から漏れ出す血液で俺は斬られてそのまま壁に叩きつけられた事を理解した。
ヤツはもう俺に興味ないのか、そのままゆっくりとした足取りで黒龍に向かって歩き出す。それに対してどうしようもない焦燥感に襲われながら手を伸ばすが届くはずもない。
それどころか、俺の視界はどんどん黒く塗りつぶされていくだけだ。
(あぁ……畜生、俺はまだ桜を助けてもいないのに、こんな所で……)
意識が落ちる瞬間、声が聞こえた。
よく聞き取れなかった声は徐々にハッキリとしていき――
≪――生きて!》
――確かに、そう言った。
 




