暗闇の先で
土煙にせき込みながら痛む身体を起こす。全身を何か硬い物で叩かれたかのような痛みに顔を顰めつつ、周りを見渡すと左右に道が見えた。
上を見上げると、薄っすらと光が見えそこから落ちて来たという現実を実感するのと同時によじ登って脱出するのは不可能だという事を理解する。
「一本道の途中に落ちて来たのか」
《パパ、身体頑丈だね》
「コレもステータスのお陰なのかもな……桜花の方は大丈夫か?」
《私の方は大丈夫だよ》
桜花と話しながら身体を動かして異常がないかを確認し、どこにも異常がない事に胸を撫で下ろす。
それにしても、ステータスのお陰でどうにかなったとは言えよく考えるとおかしい物だ。ステータス上でどれだけ成長したとしても、それによって身体が筋肉質になったりなどの外見的な変化はない。それなのにも関わらず、見た目以上に頑丈になったりするのだ。
「ま、考えても仕方ないか。それにしても、これからどっちに進んだものか……」
今立っている場所は真上からの微かな光によって数歩先までは視認する事が出来るが、そこから先は光源がないために暗闇と化している。
この通路が一本道だった場合は道を間違えてもここに戻ってくればいい話なのだが、仮にどこかで分岐点などがあった時はそれさえも困難になってしまうだろう。なにせ、暗闇の中で真っ直ぐ歩く事など出来るはずがないのだから。
《パパ、あっちに行こう?》
俺が考えて居ると、桜花の剣先がカタカタと震えて俺から見て右側の通路を指し示す。
「何があるかわかるのか?」
《んー……感じるの》
「感じる?」
《上手く言えないけど、行かなきゃいけない気がする》
魔刀にしかわからない感覚だろうか?
まぁ、どっちにしろどちらかには進まないといけない。ならば、ここは自分の娘を信じてみてもいいかもしれない。
「なら、そっちに行ってみよう」
今一度身体を動かしてから、俺は桜花が指し示した方へと歩き出した。
歩き出してから結構な時間が経過して、自分がどれほど歩いたのかさえわからない。
そんな暗闇の中をゆっくりと音に注意しながら歩く。
視界が閉ざされている状況で敵の接近を教えてくれるのは音だという事を歩き出してからの時間で嫌という程に理解した。
やはりというか、何と言うか……この通路には魔物が居た。それらの見た目はよくわからないがおそらく人型であり、動くとカタカタと音がする事からきっとスケルトン系の魔物だろう。
最初に襲われた時は焦ったが、もう何度目かもわからないくらい襲われると流石に慣れてしまっている。
《パパ、そろそろだよ》
「ん……」
桜花の言葉に目の前をよく見てみれば、小さく光が見えた。
もしかしたら、出口かもしれない。
「走って行きたいのは山々だが……」
もしかしたら、脇道などがあってそこを強襲されるかもしれない。
元の世界でやっていたアクションゲームではよく使われていた手法であり、結構それで初見殺しを食らう事があるため、俺は警戒心を維持したまま歩みを進めた。
俺が警戒していたような初見殺しは無く、明かりがある場所に辿り着いた俺は目の前に広がる光景に唖然としてしまう。
「なんだよ、コレ……」
《……》
真上には大きな穴が空いており、そこから差し込む太陽光で照らされた場所。
その光に照らされるようにソレはそこに存在していた。
真っ黒な鱗は日の光を吸収するかのように存在感を醸し出し、その巨体も相まってそこに確かに存在するという実感を持たせている。
「ドラゴン……」
目の前に居るのは真っ黒な鱗を持つドラゴン。
その存在だけでも俺にとっては異常だが、それ以上にドラゴンの背中に突き刺さる一振りの刀とドラゴンの鼻先に突き立てられた刀がより一層、俺を驚かせた。
「何で……こんな……」
一歩一歩、ゆっくりとドラゴンに近づく。
それと同時にザザッと脳内に砂嵐が走り始める。
「くっ……!」
《パパ……?》
思わず両目を右手で覆うのと同じくして瞼の裏に粗い砂嵐が走った映像が映る。
ドラゴンと戦う俺に似た誰か。ドラゴンに刀を突きたてる誰か。この場所にドラゴンを落とした誰か……。
この【誰か】が前世の俺――純である事は何となくわかる。
そして、目の前のドラゴンがシエル姫が言っていた過去に討伐したと言われている黒龍であるという事も本能的に理解した。
「死んでるのか……? それにしては、腐ってもいないし綺麗に見えるけど……」
砂嵐が収まるのと同時にドラゴンに近づき、そっと鱗に触れてみるとひんやりとした感触が伝わってくる。それと同時に確かな鼓動を感じてビックリして一歩引いてしまう。
「コイツ、生きてるのか……」
《パパ、パパ》
「どうした?」
「呼んでる」
人型になった桜花が鼻先の地面に突き立ててある日本刀を指さす。
近づいてよく見てみると、刀身はボロボロで刃こぼれしており所々錆びついている。柄の部分も使い込まれた証のように擦り減っていた。
そして、凍華と同じように柄の先端についた錆びついた鈴。
「……」
そっと鈴を揺らしてみるが音は出ない。その事を何故か残念に思いながら視線をずらしてドラゴンの背中に刺さった日本刀を見つめる。
そっちの日本刀も地面に突き刺さった物よりもさらにボロボロであり、むしろよく折れずにああして突き刺さっているという事に疑問を抱くレベルだ。
「呼んでるって桜花は言うけど……どうすればいいんだ?」
「んー……」
桜花も呼ばれている事はわかるが、そこからどうすればいいのかはわからないらしく、首を傾げている。
とりあえず、試しに抜いてみるか……。
「折れないよな……?」
そっと右手を伸ばして、地面に突き刺さった刀の柄を握る――のと同時に複数の足音が聞こえて来た。
足音がした方に視線を向ける。そこは俺たちが進んできた方とは逆側にある道から聞こえてきており、その音から尋常じゃない数だという事がわかった。
「……桜花」
「んっ」
桜花の手を握り、日本刀になってもらい正眼に構える。
敵の数は不明、敵の種類も不明、武装も不明――わからない事だらけの戦いが始まろうとしていた。




