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手から零れ落ちなかった物

 朝、城下町を薄い霧が包む早い時間を俺は刀状態の桜花を左腰に差し一人で歩いていた。

 この時間では、どの店も戸を閉じており民家の母親などはそろそろ起き出すかと思い始める頃合いだろう。


「さむ……」

《パパ、大丈夫?》

「まぁ、なんとかな。シエルがくれたこのマントが無かったら、出歩こうなんて気にはならなかったとは思うけど……」

《お姫様には、感謝しないとね》

「そうだな……約束通り、色々と協力してもらっちゃったしなぁ。国王とかクラスメイトに対しては別に何の感情も持ってないけど、シエルが困っていたら助けてあげたいな」

《ササキは?》


 桜花の言葉で、俺は足を止める。

 佐々木とは、結局一度も会う事はなく結果的に何も言わずに出てきてしまった事になる。探そうとしても、何も意識してなくてもすれ違わない辺り向こうに避けられていると考えるのが普通だろう。現に、元クラスメイト達はあの決闘以降、俺とあからさまに距離を置いている。


《パパ?》

「あぁ……何でもない。佐々木は……まぁ、困っていたら助けるよ」

《うんっ!》


 歩みを再開しながら、桜花に返事をする。

 桜花にとっても、佐々木は俺が寝ている間は面倒を見てくれたとかそういう理由で気に入っているのだろう。


 佐々木と元クラスメイトが違うと考えていたわけではない。ただ、少しだけ……ほんの少しだけショックを受けただけだ。

 頭ではわかっているのだ。誰だって、見知らぬ土地で同郷の人間を何の躊躇もなく半殺しにするようなヤツに近づきたいとは思わない。俺だって、もしも逆の立場だったら積極的に関わりたいとは思わない。


(いや、コレは言い訳だな……)


 きっと、俺はどこかで佐々木に期待していたのだ。

 佐々木ならば、何があってもわかってくれる。何やかんやあっても周りと同じ反応をする事はなく、俺が目覚めた時と同じように分け隔てなく接してくれると。

 だから、コレは俺が勝手に期待して、勝手に落ち込んでいるだけだ。


《ササキはママの友達なんだよね?》

「ああ。いつも一緒に笑っていたよ。とても、仲が良いとは思う」

《そっかぁ……それじゃあ、ササキに何かあったらママは凄く悲しむね。わたしも……多分、悲しいと思う》

「なら、ちゃんと駆けつけて助けてあげないとな」


 あの中庭での素振り以降、桜花は前に比べてよく喋るようになった。

 いつぞや考えた通り、俺が成長すると桜花も成長するみたいで、今回は前みたいに目に見える成長ではなく中身が成長したようだ。

 拙い言葉遣いから、キチンと喋れるようになって他人の心情を汲む事が出来るようになった桜花を見て『コレが娘の成長を喜ぶ父親の気持ちか……』と内心で涙したのは記憶に新しい。


「っと、そろそろ出口だが……本当に誰一人来なかったな」

《そうだね。約束はちゃんと守ってくれるみたい》


 見えて来た門を見据えながら言うと、桜花がそう返してくる。

 あの決闘の勝利者として俺が求めた物は『旅に出る許可と、それまで誰にも邪魔されない事』だった。

 コレだと、二つだから難しいかと思ったが物じゃなかったという点とシエル姫が裏で頑張ってくれたお陰で要求を通す事が出来た。

 まぁ、その後に『コレは私個人からの賞品です』とシエル姫に言われてマントと決して少なくはない金や旅に必要な物を渡されたりしたのだが、そこは割愛する。

 で、いざ準備を終えて朝早く城を出たはいいが俺も桜花も国が約束を守るとは最初から考えておらず、こうしてここまで歩いてくる間もずっと警戒していたのだ。前を紐で閉じたマントの下では、右手をずっと桜花の柄に添えていつでも迎え撃てるようにし、桜花には周りの気配を探ってもらっていた。


「まぁ、油断大敵だな」

《最後まで、ちゃんと警戒しないとね》


 決して焦らず、ゆっくりと歩を進める。

 ここで焦って走りだしたりしてそこを襲撃されでもしたら、咄嗟に反撃できずに攻撃を受ける事になるし、その一撃で毒でも盛られたりしたら最悪だ。

 安全をきちんと確保するまでは、神経を張り続けなければ……


《パパ、お国を出入りする時のお金はいくらか覚えてる?》

「一人につき銀貨一枚だろ? 流石に、あれだけシエルに念押しされたら嫌でも覚えてるよ」


 シエルから受け取った金は銀貨十枚を除いて、全てあの凍華のアイテムボックスに収納してある。

 一般的な学生だった俺からしたら、あんな大金を普通に持っているなんて怖くて出来なく、必要最低限の金以外は全て奪われる事のない方法で保管する事にしたのだ。

 ちなみに、桜花が刀状態なのは【いつ襲われても大丈夫なように】以外に【国を出入りする時に金が掛かる】という点も関係している。大金を貰ったからと言って、いつどこでそれが入用になるかわからない以上、無駄遣いをする事は出来ないため節約のために桜花には刀状態で居てもらっている。


「窮屈な思いをさせて、ごめんな」

《ん~? どういう事?》


 俺の言葉に桜花は本気でわからないと言ったように首を傾げているのが目に見えるようだった。

 そうだ、時々忘れる事があるが、左腰に差した桜花も背中に斜め掛けに背負っている破損した凍華も刀状態が本来の姿であり、人間状態はあくまでも仮の姿なのだ。


「いや、何でもない」

《パパ、変なの~》


 そう【桜花と凍華はあくまでも武器である】という事をきっちりと理解して割り切っておかなければならない。もしも、それが出来ていなければいざという時に美咲を救い出す事など出来るはずがない。

 人間と同じように言葉を発しようが、人間と同じように感情があろうが、人間と同じように喜怒哀楽があろうが……この二人は武器だ。敵を斬り殺すための道具だ。

 そして、俺はそんな二人の使い手だ。俺が躊躇すれば切れ味は鈍り、敵を斬り殺す事は出来なくなってしまう。それは、結果的には桜花や凍華を危険に晒す事になる。


(割り切ろう……じゃないと、この先は進めない)


 俺は、一人そっと心に鍵を掛ける。

 戦う時、それ以外の時も【二人は武器である】という事を意識できるように。

 二人も、ソレを望んでいるのだから。


《パパ、そろそろだよ》


 一人、決意を固めていると桜花の声が聞こえてくる。

 その言葉に意識を戻すと、門はもう目と鼻の先であり設置された詰所からはランプの光が薄っすらと漏れ出していた。

 それを視界に入れつつ、詰所に近寄ると中から一人の鎧を着こんだ男性が出てくる。兜の前は開けられており、そこから見える顔はとても眠そうだ。年齢は恐らくだが二十代後半というところだろうか?


「国から出るのか? 連れはいないのか。一人か?」

「ああ、一人で国から出るつもりだ」

「そうか。一応、検査をしなくちゃいけないんだが……この輪に両手を通してくれないか?」


 そう言って衛兵が手に持っていたのは、手錠のように輪っかが二つ並んで鎖で付けられた物だった。

 コレはシエル姫から事前に聞いていなかったら『ここで俺を捕まえる気か?』と警戒する所だった。

 この衛兵が持っている物は一種の防犯器具らしい。原理は聞いたが魔法がどうのこうのでよくわからなかったが、指名手配や犯罪に手を染めた人間がこの輪っかに両手を通すと手錠のように両手を拘束されるらしい。


「どうした? ……何か、通せない理由があるのか?」

「あぁ、いや……そういうわけではないんだが」


 中々通そうとしない俺に衛兵が警戒したのがわかる。

 俺としても、すぐにでも通して国を出たいのだがそう出来ない理由があるのだ。


「なら、どうした?」

「……見てもらった方が早いか」


 マントの下から右腕と左腕を出す。

 目の前の衛兵がソレを見て息を飲む音が静かなこの場所ではやけに大きく聞こえた。

 それに対して俺は苦笑するしかない。


「ご覧の通り、左腕が無くてさ……この場合、どうしたらいい?」

「そうだったのか……いや、悪い事をした。まさか左腕が無いとは思わなかったんだ。こういう時は右腕だけでいいから通してもらえるか?」

「ああ、わかった」


 衛兵が持っている輪っかに右腕だけ入れる。

 もちろん、犯罪などに手を染めた記憶はないために輪っかは閉まらずに入れる前と同じように手首を動かす余裕がある。


「よし、問題ないな。もう出していいぞ」


 衛兵の言葉を待ってから、右腕を輪っかから引き抜いてマントの下に隠す。

 あとは、銀貨一枚を払って国を出るだけなのだが……


「……一つだけ、聞きたい事があるんだ」


 衛兵は俺をジッと見たまま、そう口にした。

 その目の色は恨みや怒りではなく、尊敬と畏怖に染まっていた。


「なんだ?」

「アンタ、前の魔王襲撃の時に……その、魔王に斬りかかっていたか……?」

「……」


 この衛兵もあの戦場に居たのか。

 だが、斬りかかっていたとなると俺ではなく柏木の可能性もあるから一概には衛兵になんと答えればいいのか……


「いや、変な事を聞いたな。生き残ることに必死であの時誰だったかよく見えなかったんだが、丁度お前みたいな背格好だったから、ついな」

「気にしないでくれ」

「……ついでにだが少しだけ、俺の話を聞いて貰ってもいいか?」


 先は急いでいるが、そこまででもない。

 別にここで衛兵の話を聞くくらいなら何の支障もないだろう。それに、左腰に差した桜花が衛兵の話に興味を持っているのが伝わってくるしな。


「ああ、聞くよ」

「ありがとう。実は、あの戦場で俺たちは魔王の近くで戦っていたんだ。最初は劣勢だったんだが、剣の勇者が来てくれてどうにか持ち直していたんだ」

「そうなのか」

「ああ。だが、そんな状況はずっと続くわけはなかった。相手は無尽蔵とも言える程に魔物を呼び出してくるしな。そして……剣の勇者が魔王に負けそうになった時、俺の親友が大怪我を負ったんだ」


 人類の希望である勇者が魔王に負けそうになった時に、タイミング悪く親友が瀕死とは中々に運がない。

 魔王が勇者を倒した瞬間に魔物が勢い付くのは目に見えているから、きっと目の前の男もその親友とやらも死を覚悟した事だろう。


「そんな時さ、どこからかともなくお前の背格好に似た男が勇者を蹴り飛ばして、魔王に斬りかかったんだ。使っている武器が剣みたいだったから勇者ではないと思うんだが……とにかく、その斬りかかった一瞬だけ魔王軍の動きが止まったんだ。その間に味方がカバーしてくれて、俺は親友を連れて後方に下がる事が出来た」

「……その親友は?」

「治療が間に合ってな。今は治癒院の病室で寝たきりだが回復してるよ。本人は元気そうだが、医者が言うにはまだ入院が必要らしい」

「そうか。よかったじゃないか」

「ああ。戦いが終わった後に聞いたんだが、ソイツは得物と左腕を失ったらしいんだ」


 衛兵の言葉にそっと目を閉じる。

 あの時――美咲が魔刀にさせられ、魔王に奪われた時は土煙やら何やらで戦場に居た人間には見えていなかったのだろう。

 それを理解するのと同時に、あの時失った物の大きさに心臓のあたりがキュッと痛くなる。

 結局、俺はあの戦場で守るどころか失ってばかりだったのだ。


《パパ……》


 桜花が心配そうな声を上げる。

 それに対して、大丈夫だという念を込めて右手で柄を撫でた。

 確かに、俺はあの戦場で失ってばかりだったのかもしれないが、それを取り戻すために俺はこうして旅に出るのだ。ここで、折れるわけにはいかない。


(コレも言い訳なんだろうな)


 結局の所、俺は何一つ割り切れても飲み込めてもいないのだ。

 自分に言い訳を重ねて、逃げているだけ。

 美咲や凍華、左腕と右目を失うというあの日から何一つ進めていない。


「だから……もしも、あの時に乱入してきたヤツに会ったら、伝えたい事があるんだ」


 先ほどとは打って変わって、どこか曇った衛兵の声に目を開ける。


「――ッ!」


 視界に入った衛兵は、その顔をグチャグチャにし目や鼻から流れる物を無視し、その目でしっかりと俺を見据えていた。

 その顔に、俺は驚きを隠せなかった。

 強固な鎧に身を包み、俺よりも年上で背も高い男性が俺みたいな小僧相手に子供のように……いや、それ以上の泣き顔を晒しているのだ。


「ありがとう……お前のお陰で、俺と俺の親友……それ以外の大勢が救われた。きっと、アイツは色々な物を無くしてしまったのかもしれない……でも、でも……! アイツのお陰で俺達はこうしてここに立っている……立てて、妻や子供や同僚や上司や色々な人と触れ合う事が出来ているんだ……だから、ありがとう……」

「……」


 掠れ声で、涙や鼻水を流しながら頭を下げる衛兵に言葉を失ってしまう。それと同時に先ほどとはちがった痛みが胸を駆け巡る。


「「「「ありがとうございました!!」」」」


 四人の重なった言葉に驚いて振り返ると、いつの間に詰所から出て来たのか同じ鎧に身を包んだ衛兵四人が頭を下げていた。


《パパ……》

「おう、か……」

《パパの大事な物は無くなっちゃったかもしれないけど……こうして、守った物もあるんだね……》

「ああ……」


 きっと、この人たちも失ってしまった物はあるのだろう。

 それでも尚、こうして生き残った事や守れた物に感謝をしている。

 全てを失ってしまっていたとそう思っていた。何も守れなかったと、何も成し遂げられなかったと……でも、知らずのうちに守っていた物が、確かに俺の目の前にあった。

 関わりがあったわけでもない。意識したわけでもない。それでも、俺の手の中から零れ落ちてしまった物が無駄ではなかったと、そう思える物が確かにそこにあったのだ。


「……もしも、俺がソイツに会う事があったら、伝えておくよ」


 辛うじて、それだけ言葉を絞り出して目の前の衛兵に銀貨を一枚手渡す。

 衛兵はその銀貨を大事そうに両手で包み、涙でグチャグチャな顔で笑って「お願いします」と俺に言った。

 それに頷きながら歩き出した俺に衛兵は待ったを掛ける。


「あの……良い旅を」

「……あぁ、ありがとう」


 門から出て、歩き出す。


《パパ》

「何でだろうな……視界が霞むんだ。ケガがまだ……ダメだったのかな」

《そうだね……大丈夫、良くなるまで私がちゃんと目の代わりになるから》

「ああ……頼む……」


 しばらく歩いた後、振り返ってみてると……霞んだ視界にはまだ俺に向かって頭を下げている衛兵たちの姿がキッチリと映った。

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