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現実逃避

 鼻腔をくすぐる甘い花の匂いに俺は目を覚ます。

 身体を起こし、辺りを見回すともはや見慣れたと言っても過言ではない病室。そして、窓際に座って外を見ている桜花。

 俺が起きた事にいち早く気づいた桜花はこちらに顔を向けて静かに微笑む。いつもなら飛びついて来る桜花がそうしない事に違和感を感じて、そちらに目を凝らすと窓枠に小さな小鳥が三羽止まっているのが見えた。

(なるほど……小鳥を驚かせないために飛びついてこないのか)

 動物のために自制する桜花に対して、どこか暖かい気持ちになりながら部屋をもう一度見回すが今回は佐々木の姿はどこにも見えない。

(まぁ、佐々木もあの戦いを見ていたはずだし、当然の反応だよな)

 佐々木が居ない事に何も思わないというわけではない。少しだけ、ほんの少しだけ寂しいという気持ちがあるだけだ。

 ベッドから立ちあがり、軽く身体を動かす。

(所々痛む場所はあるけど、特に問題はなし……撃ち抜かれた場所も治療した後がある。コレは佐々木がやってくれたのか……? いや、それは今はいいか。それよりも、俺が意識を失ってからどれくらいの時間が経ったんだ?)

 この世界にはカレンダーなどという便利な物は当然ない……いや、コレも固定概念かもしれないな。少なくともこの部屋には存在していないから、正式な日付がわからない。

(まぁ、途中で誰かに会うだろ……)

 前回、佐々木が座って居た所に置いてあった黒地のYシャツとズボン。コレも俺が意識を失うまで着ていた物と考えて間違いないだろう。現にYシャツには撃たれて穴が空いていた場所に補修された跡があるし。

「洗濯もされてるみたいだし、コレでいいか」

 チラリと桜花の方を見て、こちらを見て居ない事を確認してから手早く着替える。

 早着替えは、前の世界で美咲が突然部屋に入ってきた時にでも騒ぎを起こさせないために習得した技だ。

 着替え終え、何となく桜花が居る場所より少しだけ離れた窓辺へと近づくと眼下に中庭と思わしき場所が見えた。

(太陽の位置的に恐らく昼……)

 部屋に籠って考え事をするよりも、外で考え事をした方が気分的にいくらか楽かと思い立ち中庭に出る事を脳内で決定。

「桜花、ちょっと中庭に行くけど……どうする?」

「んっ、行く! 鳥さん、またね」

 ご丁寧に小鳥にお別れを告げてこちらに走り寄ってくる桜花はそのまま俺の腰に抱き付く。

「パパ、お身体大丈夫?」

 上目遣いで言われたその言葉に思わず微笑んでしまう。

 凍華を失い、美咲を失い、佐々木も居なくなり……この世界には既に親しいと言えるだけの人間は俺には居なく、俺がどうなったとしても心配してくれるような人は居ないんじゃないかとさえ思っていた。

 だが、それは俺がネガティブになっていただけで、本当はこうして桜花が心配してくれていた。

 そのことがとてつもなく嬉しくて、俺は桜花の頭を優しく撫でる。

「大丈夫だ。心配してくれて……ありがとう」

 誰かに素直にお礼を言うのがちょっとだけ恥ずかしくて、後半は小声になってしまったが桜花にはきちんと聞こえたらしく、満面の笑みを浮かべてくれた。



 桜花にお礼を言った後、部屋を出て中庭まで来てみたのだがそれまでに誰とも話す事はなかった。

 いやまぁ、人に会わなかったとかではないのだがすれ違う使用人と思わしき人達は全員、俺の姿を見た瞬間にそそくさとどこかに行ってしまうのだ。

 運よく捕まえる事が出来ても、声を掛けた瞬間に適当な理由を付けられて逃げられてしまう。

 ずっとそんな感じだったので、俺は誰ともまともに会話をする事が出来ずに中庭に到着してしまったのだ。

「はぁ……」

 まぁ、この展開が別に予想外とかじゃない。もしかしたら、あり得るかもなぁくらいでは考えてはいたのだが、こうも露骨に人に避けられると流石に傷つくわけで……。

「おうか~……」

 このモヤモヤした気持ちをどうにかしようと、目の前で蝶みたいな昆虫を追いかけている桜花を情けない声で呼ぶ。

「どうしたの?」

 呼ばれた桜花は蝶モドキを追うのをやめて俺の元に走り寄ってくる。

「少し、付き合ってくれないか」

 右手を桜花に差し出しながらそう言うと、桜花は俺が何を言いたいのかわかったようにその手を握り返してくれる。

 瞬間――俺の右手には鞘に納められた打ち刀が握られていた。

「日本刀ってのは、恐らく左手がないと抜刀しづらい物なんだろうな……」

 桜花を左腰に差しながら、ふとそう思う。

 時代劇とかでは左手を鞘に添えて、親指で少しだけ抜いていた気がするし……。

「あれ? でも、そうなると……俺は今までどうやって抜いていたんだ?」

 ふとした疑問。

 俺は左腕を無くしてから数回、桜花を使っている。

 その際、右腕のみで抜いているはずだがそこに違和感ややりづらさと言った物を感じたことはない。

「ふむ……」

 左腰に差した桜花を直視しながら右手を柄に伸ばすと、桜花はゆっくりと静かに少しだけ鞘から出てくるのが見えた。

(なるほど……桜花自身が自分から鯉口を切ってくれていたのか)

 桜花のちょっとした心遣いを嬉しく想いながら抜刀し、正眼に構えて眼を閉じる。

 中庭を囲うように植えられている名前も知らない花の匂い、どこからか聞こえてくる鳥の声……それらを徐々に意識の外へと出しながら、集中力を高めて行く。

 前に会った前世の俺は言った。

『刀剣術とはエクストラスキルであり、固有能力によって歴代所持者の経験が自動的に自分に付与される』

『スキルを使えるのと扱えるのは違う』

(スキルを扱えるようになるにはどうすればいいのか……その答えは教えてくれなかった。だから、俺は自分が直感的に考えたコレをやってみるしかない)

 脳内で知りたい刀の振り方を考えながら、一気に目を開ける。

 それと同時に俺の右腕は動き出し、自分があまりの速さにビビってしまう程の速さで桜花を振り上げる。

「――っ!」

 振り上げられた腕が真っ直ぐになった所で自分の意志で止め、そこで一旦動きも止める。

(自分の意志で急制動を掛けたせいか……? 反動がすごくて体が持っていかれそうだった……!)

 耳障りな程に音を鳴らす胸を落ちつけながら、眼前を見据え、短く息を吐くのと同時に振り下ろす。

 振り下ろす動作に反応したのか、またもやかなりの速度で振り下ろされた桜花を地面スレスレで自分の意志で止める。

 桜花を振り下ろした速度で生まれた風が俺の顔を撫で、髪が少しだけ揺れる。

 また一呼吸置いてから、今度は左足で踏み込みながら身体を回転させて桜花を振りぬきながら自分のタイミングで動きを止める。

 そうやって俺は次々と桜花を振り、それに反応して動き出す身体の動きを覚えながらも自分の意志で動きを止めるという事をしていく。

 単純な考え方だが、こうする事でスキルに振り回される事を無くしていこうと考えたのだ。

 

 俺がスキルに振り回されるのは、日本刀を振るうことに慣れていない事の他に動きを全く知らないという事が原因なのではないかと思ったからだ。

 それに、桜花を振るっている時は気分が少しだけ晴れやかな物になった。

 故に、考えなければならない事から逃げるように、俺は桜花を振り続けた。

 いつの間にか、中庭に一人増えている事にさえ気づかずに。

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