【閑話】彼の生きた道
自分の人生に意味なんてあったのだろうか。
全身がバラバラになりそうなくらい痛む中で、瓦礫にもたれ掛りながら俺はふとそう思った。
「美咲……」
隣で薄汚れた毛布に包まって寝息を立てている同い年の少女を見つめる。
俺とこの少女――美咲はもうかれこれ4年前から一緒に【全て】から逃げている。
そう――【全て】から――
今から13年前、人類は地球の地下から現れた化け物と出会った。
連合での正式名称はUnidentified organisms hostile to humanity《人類に敵対的な未確認生物》、頭文字を取ってUOHだ。
UOHはまさに化け物と呼ぶのに相応しい見た目をしていて、全体の見た目はそれぞれ違っている。
触手を持つ者、六足歩行する者、腕が巨大な刃物になっている者――それぞれが気持ち悪く、生理的嫌悪感を抱くような見た目だ。
大きさも大体2m~6mと個体差がある。
奴らは言葉を話す事はなく、意思疎通は不可能というのが人類共通の認識であり、過去にUOHと意思疎通を図ろうとした各国の研究者や頭のネジが吹っ飛んでいる連中は悉くその命を散らしたと歴史にも記録されている。
UOHはどこから来たのか?
誰が作ったのか?
そもそも、目的は一体何なのか?
この三つの疑問は様々な意見があるが、研究の結果と一般的な意見として語られている物がちゃんとある。
1.地中から各地に出現した事からUOHは人類が実際に見て観測する事ができない程深い地中から来た。
2.約6550万年前に地球に衝突した小惑星の破片から採取されていた微生物とUOHの死体から採取した細胞に同一点がいくつか見つかった事から、奴らは小惑星に付着していた微生物が成長・進化した結果。
3.人類を無差別に殺している事から、奴らは人類種を根絶やしにするのが目的。
まぁ、簡単に言えば彼らは人類に換わる新たな地球の支配者だという事だ。
UOHとの戦争が始まって最初のウチは現存していた兵器で対処が可能だった事から人類はすぐに慢心した。
だが、その慢心は開戦から2年ですぐに絶望へと変わった。
UOHに兵器が何一つ通じなくなったのだ。
撃たれてもすぐに再生する者、そもそも銃弾などを弾く者、動きが素早すぎて当たらない者……奴らはそうやって進化して、現代兵器に対応した。
それから人類は敗戦を繰り返し、ユーラシア・アフリカ・ジーランティア・南アメリカ大陸の一部をUOHに占領される結末となった。
最初は援護など不要と慢心していた先進国もこの事態に慌て、急いで連合軍を設立し自体の解決に臨んだ。
敗戦続きから5年、人類は希望とも言える大発見をした。
それは、稀に一定の女性がUOHに対する抗体とも言える細胞を所持しており、それを銃弾に仕込む事でUHOの強固な装甲を貫通して有効打を与えられるという事だ。
コレが発見されて以降に生まれた女性は全員検査を受ける事が義務付けられており、抗体を所持している女性は18歳を迎えた時点で組織に送られる。
「送られた女性たちは帰ってくることはない……」
彼女たちは一体どうなったのか?
その真実を知る者は少ないが、俺は連合軍兵士を尋問した時にその口から聞いた事がある。
曰く、その血肉は骨に至るまで全て『UOHに対抗するための武器になる』
非人道的であり、とても同じ人間がやるような事でもないが、今の人類はそこまで考えたり気にしたりする余裕はどこにもない。その全てが許されるような世界なのだ。
「狂っている……どこまでも、狂ってる」
桜木 美咲、俺の昔からの幼馴染も歴代最高と言われるレベルの数値を叩き出す抗体を持っていた。
それ故に、美咲の人生は生まれた時から決まっていた。彼女は18歳を迎えた時点で連合に引き渡され、その身を人類の為に使うと言う事が。
人類からしたら、それは正しい事で……何も間違っていなく、当たり前の事だ。
だが、俺はそれが許容出来なかった。
あの日、あの夕暮れで、泣きながら笑った美咲の顔を見た時から。
何も知らず、何も気づかず、何も……何も、何も、何もっ!!
あの瞬間まで、美咲が抱える全てに気づかなかった俺という存在も、美咲を殺そうとする連合も、そういう現状を許容する世界を作ったUOHも、全て……許せない。
『私は、あんたを息子だと思ってるのと同じくらい美咲ちゃんを娘だと思ってるわ』
『でも、美咲ちゃんは私の娘じゃないから守ってあげられない。だから、あんたが本当に美咲ちゃんを大切な人だと思っているのならあんたが守りなさい。他の優男とかそういうのじゃなくて、ほかでもないあんたが』
家を出る時に、お袋に言われた言葉が脳内で再生される。
「わかってるよ……」
傍に立てかけてあった日本刀を掴んで立ちあがる。
コレも家を出る時に、お袋がどこからか持ってきて俺に渡してきた物だ。
普通の鉄で出来てるはずなのにも関わらず、コイツはUOHを斬り殺す事が出来る。
「まぁ、何だっていいさ……」
左腰に日本刀を差し、寝ている美咲の傍にしゃがみこんでその頬を撫でる。
「ちょっくら、行って来るわ」
近くにUOHが居る事を日本刀が教えてくれる。
言葉にしにくいが、何だか心がざわつくのだ。殺すべき敵が近くに居ると、憎むべき敵が近くに居ると。
近くと言っても、すぐこちらに来るレベルではないだろうし、もしかしたら俺たちに害を成さないかもしれない。
だが、不確定要素を残しておくわけには行かない。
全ては美咲のために――。
日本刀を振って付着したUOHの体液を落としてから鞘に納める。
想定していたよりも時間が掛かってしまい、既に日が傾きつつある事に焦りを覚える。
「急いで帰らないと……美咲が心配だ」
早足に帰路を歩き、美咲が居る廃墟へと近づくとそこで異変を感じる。
入口に連合の車が止まっている。
「嗅ぎつけられたか……!」
鞘と柄に手を掛け、身体を隠しながら連合の車に近づくとそこには見張りが一人だけ立っていた。
(連合は二人一組で動くのが基本のはずだが……いや、今は細かい事はいい。美咲が心配だ)
音が立たないようにゆっくりと日本刀を抜き、見張りの背後に忍び寄ってから左手で口を防ぎながら心臓を一気に一突きする。
「恨んでくれて構わない……俺もお前等を恨んでいるからな……!!」
刀を抉るように捻ると、見張りは一瞬だけ身体を大きく痙攣させてから力が抜けてその場にゆっくりと倒れるのに合わせて日本刀を引き抜き、付着した血を払う。
「……」
足音を立てないように、されど急いで美咲が居る部屋へと向かう。
「隊長、コイツ抵抗しないですね」
「何か、ここまで来ると気味悪いっていうか……」
「……いいから行くぞ。生きたまま捕獲しろと上から言われてるんだ。抵抗しないならばこちらとしても都合がいい」
「それもそうっすね……」
五人――それが部屋の中に居た連合軍の数だ。
日本刀を強く握り一気に部屋へと入る。
「なっ!? だ、だれっ――!」
最後まで言わせずに手前に居た男の首を飛ばす。
「金田あああああああ!!」
「くそっ! 敵だ!」
「撃て! 撃てえええええ!」
軍というだけあって敵の反応は早い。即座に銃口をこちらに向けて引き金を引いてくる。
飛んでくる銃弾を転がるように避けながら、一人ずつ斬り殺していく。
「当たらねぇ!!」
「その手を離せ!!」
美咲の右腕を掴んでいた男の左腕を斬り飛ばし、美咲を解放する。
「美咲、大丈夫か?」
「裕……君?」
薄っすらと目を開けた美咲が俺の瞳をのぞき込んでくる。
その目からは何も感じない。もう、一年も前から美咲は笑うことも泣くことも怒ることもなくなった。最初のうちは俺もその事に胸を痛めたが、もう慣れてしまった。
「その子を離したまえ」
声がした方に目を向けると、そこには連合軍の中でも威厳を感じさせる顔をした男が立っていた。隣には残った隊員が一人だけこちらに銃口を向けて立っている。
彼の顔からは、戦友を殺された恨みからか俺に引き金を引きたくて仕方がないという感情が読み取れるがそれは隊長が止めているようだ。
「断る」
「その子が……人類にとってどういう人間かわかっているのか?」
「俺には関係ないな」
美咲を左手で抱きながら、右手に持った日本刀を連合軍に向ける。
「美咲、ちょっと待っててくれ」
美咲をその場に残し、前へと踏み出す。眼前には殺さなければいけない相手。
何故か動かない男に内心で首を傾げながらも、右腕を振り上げ――
「隊長ぉ!!」
「――っ! だめぇっ!!」
――パンッ!
男と美咲と一つの銃声。
それらが発せられるのはほぼ同時だった。
「……ぇ?」
世界はゆっくりと流れだす。
(あぁ……)
目の前には、いつの間に移動したのか美咲がゆっくりと倒れる姿。
(あぁ……あぁ……)
こちらに背を向けていた美咲の顔がこちらを向いて――。
(あぁ……あぁ……!!)
微笑みながら、口が動いた。
よ、か、っ、た。
「アアアアァァァアァァアァァァアァ!!」
日本刀をその場に落とし、一歩踏み出し、倒れる美咲を抱きとめる。
「美咲……美咲っ!」
背中に回した右手が温かな何かで濡れていく。
「なぁ……嘘だろ……? こんなのって……なぁ……!」
いくら呼んでも、美咲は目を開いてくれない。
こんな終わり方かよ……俺たちの、俺と美咲の数年間はこんな呆気なく……!!
「生かして捕まえろと言われてるはずだ!」
「し、しかし……!!」
「クソッ! まぁ……死んでても使い道はあるか」
(なんでこんな……)
「おい、小僧そこをどけ」
(どうして、美咲は死んで……)
「おい、聞いてるのか!」
(どうして、お前たちは生きているんだ……!!)
床に転がっていた日本刀を右手に持つ。
《ねぇ、このまま戦っても死んじゃうよ?》
誰だ。
《ひっどぉい、いつも一緒に居たのに》
記憶にないな……俺には、美咲しかない。
《ん~、君はいつもその子しか見てなかったもんねぇ》
わかったなら、黙っていろ。
《そうはいかないよ。このままじゃ、君は死んじゃうし》
そんな事はどうでもいい。コイツらを殺せるならば俺はここで死んでもいい。
大体、お前はさっきから幼い声でキャーキャーとうるせぇんだよ。
《ひっどぉい……でも、君はアイツらを殺せないよ。この距離じゃ相手が引き金を引く方が早いもん》
……。
《そこで! 現状を打開する案があるんだよねぇ》
……なんだ?
《私と契約してよ。私は君に力をあげる。その代わりに君は死後、その時が来るまで星空で瞬く星になってもうらよ》
それでもいい。
《……契約成立》
「まぁ、いい。お前もすぐに嬢ちゃんと一緒の所に送ってやる」
「……死ね」
銃声。
金属音。
「なっ……?」
「死んでくれ」
日本刀を振るい、目の前に居た男の首を飛ばす。
「ば、化け物!!」
入口から来た一人と元から居た一人が引き金を引く。
連続した銃声が轟くが、俺は左右に素早く移動しながら入口に向かって走り出し、躱しきれない銃弾を日本刀で切り捨てて行く。
「来るな……来るなぁぁぁぁ!!」
「――っ!」
入口に立っていた男の首を飛ばし、そのまま体を反転させて残った男に向かって駆け出して心臓を一突きにする。
「ぉ……お前は……も……終わり……だ……」
「……援軍か」
「へ……」
日本刀を捻り、男にトドメを差す。
「……美咲」
納刀し、美咲を抱きかかえる。
「あぁ……行こう」
そのまま、俺は美咲を抱きかかえて部屋を出た。
 




