星空の下で
「ここは……?」
目を開けると、一面星空の空間に立っていた。
星々は俺を照らすように輝き、その存在をしっかりと証明している。
「俺は……結局、安田に撃たれて死んだのか? となると、ここは天国とか?」
死んだという事にイマイチ実感が沸かずに適当な事を口にしながら星々を見上げていると、目を凝らさなければ見えない程の細い糸が垂れている事に気づく。
(しかもコレ、一本とかそういうレベルじゃないな……)
小雨の降ってくる雨粒を見た時のように、一度見えてしまったソレは俺の視界に一気に広がって行く。
糸が垂れ下がっている元の部分を見ようと視界を上げていくと、そこには最初と変わらずに輝いている星の姿。
(恐らくだけど、コレはあの星に繋がってるのか……と言っても、それが何を意味するのかわからないけどな)
そもそも、この空間自体に何かしらの意味があるのかさえわからない。
そう思いながらも目の前に垂れ下がっている糸をおもむろに掴んでみようとした所で、その腕を誰かの手に捕まれる。
「……あんたは……」
俺の腕を掴んだ細く、白く、華奢な手の持ち主に視線を向けるとそこには俺も会ったことがある人物が立っていた。
「こんにちわ、ユウさん」
俺の目をしっかりと見つめて微笑む女神。
彼女がここに居るという事は、本当に俺は死んでしまったのかもしれない。
「女神がここに居るって事は、俺はもしかして死んだのか?」
「いえ、ユウさんはまだ死んではいないですよ」
いつの間にか、俺の呼び方が名前になっているが今はそんな事を気にしている暇はない。
死んでいないという事は、どうして俺はこんな空間に居るんだ?
「それじゃあ、ここはどこなんだ?」
そう聞いてみると、女神はそっとその視線を上へと向ける。
それに釣られて、俺も星空を見上げる。
「ユウさん、人間の人生にはいくつも道があるって知っていますか?」
「……どういう事だ?」
「人間の人生というのは、いくつもの選択肢で出来ています」
星空から女神へと視線を移すと、女神もこちらを見ており目が合う。
思わず目を逸らしたくなったが、女神の目がそれを許さず、結果として俺と女神は見つめ合う形になった。
「例えば、ユウさんの目の前に銅貨が落ちていたとします。それを拾ったユウさんと拾わなかったユウさん、それぞれはそこから枝分かれした人生へと派生していくんです」
そうやって、些細な事から大きな事までの選択肢を選んで人の人生というのは決まり、その選択肢一つ一つが道となると女神は微笑む。
「……宗教みたいな考え方だな」
俺の感想に、女神は一瞬だけ驚いた感じだったがすぐに微笑む。
「確かにそうかもしれませんね。人は私達と違って後戻りをする事は出来ませんし、自分が選ばなかった道の先を見ることは出来ません」
故に人間の人生というのは美しいと女神は笑う。
俺たちには理解できないだけで、女神には女神の苦悩があるのだろう。
「さて、ここはどこかとユウさんは聞いていましたね」
「ああ、ここは……この星空は一体なんなんだ?」
女神は少しだけ歩いて、俺との距離を離す。
そして、こちらに振り向いて微笑んだ。
「ここは、全世界の過去と未来の狭間……そして、この星々は一ノ瀬 裕さん。貴方が選ばなかった選択肢の全てです」
「俺が選ばなかった……全て?」
「はい。この星々は色々な世界で生き抜いたユウさんの人生全てです」
つまり、この星は色んな世界線での俺そのものか。
女神はさっき過去と未来の狭間と言ったことから、ここに輝く星々は全て人生を完結させているのだろう。
「じゃあ、この糸はなんだ?」
先ほど掴もうとして女神に止められた糸を指さすと、女神はそっと目を伏せる。
「その糸をユウさん以外が認識する事は出来ません」
「そうか……となると、女神にもわからない糸か」
俺が呟くと、女神は微妙な顔をする。
その顔には、認識する事は出来ないがソレが何なのか知っていると物語っていた。
「知っているなら、教えてほしい……コレは俺の勘だけど、とても重要な事だと思うんだ」
「……わかりました。その糸はユウさんと糸の先にあるユウさんを繋ぐ事が出来る物です」
「繋ぐと、どうなるんだ?」
「それは、わかりません……試した事がないので」
なるほど……。
「ただ……もしかしたら、ユウさんの現状を打開する術があるかもしれません」
俺の現状……安田に殺されかけているという認識でいいのか?
だとすると【誰かに殺されかけた所から生還した俺】をこの無数の星から探すのか。骨が折れそうだな……。
「ん……?」
俺が何の情報が欲しいかを考えて居ると、先ほどまで無数にあった糸はその姿を消して赤に染色された糸だけが残る。
まぁ、それでも多いのだが。
(もしかしたら、俺が求める人生を自動的に検索してくれるのかもしれないな……となると、銃を持った相手に近接武器だけで挑んだ人生とかはどうだ?)
そう考えるのと同時に無数にあった赤い糸は減り、目の前に強く赤い光を放つ糸が一本だけ残る。
「そうか……コレが求めている俺の経験か」
糸に手を伸ばして、そこで一旦止まる。
そうだ。色々教えてもらったし、女神にもお礼を言っておかないとな。
「ありがとう、お陰でどうにかなるかもしれない」
「いえ……ご武運を」
女神の言葉に頷きながら、俺は赤い糸を握った。




