勝利の手段
エーヌ姫に着いていって辿り着いたのは、円形に作られた闘技場だった。周りに客席が大量にあるところから見て、この世界にも闘牛などの文化があるのかもしれない。
「さて、では……ルールをお伝えしますわ。メリア」
エーヌ姫に呼ばれたメイドは、頷いてから一歩前に歩み出して俺と安田を真っ直ぐに見つめる。一瞬だけ、俺を同情するような目で見た気がするがルールに何かあるのだろうか。
「ルールは簡単です。まず、得物はお二人が普段使っている物をお使いください。スキル等も全て使っていただいて問題ありません。どちらかが戦闘不能になった時点で試合終了とさせていただきます」
「それ、一歩間違えたら絶対に死ぬよな?」
流石に、殺し合いを推奨するようなルールに対して俺は疑問を口にする。もしかしたら、一定ダメージ異常を無効化してくれるとか、そういうシステムがこの闘技場に組み込まれている事を祈ってだ。
「あら? 従来、決闘とはどちらが死ぬものですわ。従って、何もおかしい所はなくてよ?」
エーヌ姫が俺をバカにしたような顔でそう言って来る。
安田はいいのかと思って見てみると、その顔は明らかに自分が負ける事など考えていないかのように自信と余裕で飾られていた。
「では、控室でご準備ください」
話は終わりだと言わんばかりに俺と安田は控室に続く道を教えられる。
コイツら……!
「おい……!!」
俺が観客席に行こうとするエーヌ姫に言い寄ろうとした所で、背後から右腕を掴まれる。振り返ると、そこには息を切らせたシエル姫が俺の右腕を掴んで立っていた。
「ユウさん、落ち着いてください……!」
「コレが落ち着いていられるか! アイツは……俺たちに殺し合いをしろと言っているんだぞ!?」
「ユウさんの世界ではどうかは知りませんが……この世界では、決闘とはそういう意味なんです。そして、お姉様がその決闘を認めたという事は、王族公認の決闘となってしまったという事です。即ち、ここでユウさんが何を言ったとしてもこの決定は覆りません……!」
なんだよそれ……じゃあ、俺は諦めて安田を殺さないといけないのか?
「……とりあえず、控室に行きましょう」
シエル姫に手を引かれるまま、俺は控室へと歩き出した。
控室は長方形のテーブルと椅子だけが無造作に置かれた小部屋だった。
現在、俺とシエル姫は向かい合うように椅子に座り俺の膝の上に桜花が座って居た。
「ユウさんは……殺したくないんですよね?」
「……当たり前だ」
まだ、俺に人を殺す覚悟なんてものはない。出来れば一生したくはないが、美咲を助ける上でいつかは殺さなければならない時が来るだろう。
だが、それは少なくとも今じゃないはずだ。
「なら……勝ってください」
「だから、俺は……!」
「決闘はどちらかが戦闘不能になった場合に終了します! ユウさんが相手を殺さずに無力化すれば、そこで決闘は終わるんです!!」
「――っ!!」
そうか……ルールに気を取られて忘れていたが、何も相手を殺さなければいけないなんて言われていない。無力化すればいいだけの話なんだ。
だが、相手は俺を殺す事に躊躇などしないだろう。そんな殺す気で向かって来る相手をレベルもステータスもない俺が殺さずに無力化する事なんて出来るんだろうか?
「いや……やるしかないよな」
手持ちの武器はソードブレイカーと桜花だけだが、やるだけやってみよう。最悪、死にそうになったら全力で逃げればいい。
扉から出て、戦う舞台へと向かって歩き出す。
シエル姫は、俺と一緒に扉から出た後はその場で頭を深く下げていた。
「パパ」
「ああ、行こう」
歩きながら、桜花と手を繋ぐと一瞬だけ光が視界を埋め尽くし晴れた時には俺の右手に刀になった桜花が握られていた。
「あれ? 桜花、大きくなったんじゃないか?」
手に持った桜花をしげしげと見つめながら、桜花に問いかける。
前に桜花を使った時は脇差サイズだったのに、今は打刀サイズはある。これも俺と契約した事で成長したのだろうか?
《ん~、わかんない》
本人もわからない事を考えても仕方ないかと苦笑しつつ、俺は道を歩く。
桜花は左腰に差しておく。
「一ノ瀬君……」
「佐々木か。こんな所でどうした?」
暗い廊下を歩いていくと、闘技場入り口の一歩手前で佐々木を発見する。
「その……あの……」
佐々木は不安気な顔で俺をチラチラと見ては何かを言おうとして言葉を切ってしまう。
きっと、俺を心配してくれてるんだろう。違ったら恥ずかしいから、俺からは言わないけど。
「……気を付けてね」
「ああ」
辛うじて出したであろうその言葉を受け取って、俺は闘技場へと入場した。




