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買い物ってなに?

 片目で世界を見つめていた時間はたったの数時間だったにも関わらず、こうやって両目で見るのが凄く久しぶりな気がする。

「パパ、どう?」

「良く見えるよ。もしかしたら、今までの目よりも見やすいかもしれないな」

 笑って冗談を言うと、桜花も微笑む。

 実際、右目には何の違和感も感じなく本当に視力が若干上がった気もしている。

「ん~……」

 桜花は俺に抱き付いたまま、うとりうとりと舟を漕ぎ始める。

 どうやら、契約というのは俺が想像しているよりも体力を使うことなのかもしれない。いや、だが……考えてみたら桜花はいつでも寝ている気がする。

 まぁ、何はともあれ桜花は今は眠いんだろう。

「ありがとな……休んでいいぞ」

「ん……」

 頭を撫でながら言うと、桜花は俺にもたれ掛るようにして体から力を抜いていく。

「ちょ……」

 まさか、そのままの態勢で寝ようとするとは思っていなくて動き出すのが遅れたが、どうにか桜花が倒れる前にその体を抱きかかえる事に成功し、安堵のため息を吐く。

「やっぱ、大きくなってるよな」

 体全体を駆使して抱きあげた桜花を見て、俺は先ほど思った事を口にする。

 まぁ、今深く考えても答えは出ないし、何よりも俺の腕がもたないからそそくさと病室に置いてあるベッドに桜花を寝かせて、俺は近くに置いてあった木で出来た椅子に座る。

「なんだか、疲れたな……」

 時間的にはまだ昼間だし、大して体力を使ったわけでもないがケガを負ったまま動いた事が原因なのか異常なまでの眠気と疲労に襲われ、俺は椅子に座ったまま目を閉じた。




 心地よい風が頬を撫でる。匂いからして、今は朝方なのだろう。

 もう少し、あと少しだけこのまま寝ていたら、きっと美咲が少しだけ怒りながら俺の部屋に入ってきて俺を起こして――

「……っ」

 目を開ける。

 バカバカしい妄想を即座に思考から切り捨て、意識を覚醒させる。

「朝、か……」

 窓から見える外は俺が寝た時よりも前に遡っている所からして、夜を一回挟んでいるのだろう。

「美咲が起こしに来てくれる、か。我ながら何をバカな妄想をしていたんだ……」

 美咲は起こしに来てはくれない。

 何故なら、美咲は魔王に連れ去られてしまって俺の傍には居ないからだ。

 俺は、あの時守れなかったんだ。

「はぁ……」

 強く握った手を開きながら、溜息を一つ。

 その後、桜花が寝ているはずのベッドに視線を落とすがそこには桜花の姿は無い。

 どこへ行ったんだろうかと部屋中を見回してみると、窓際に置かれた椅子に座り凍華の鞘をどこから持ってきたのかわからない布で拭いている姿を発見した。

「桜花……何をやってるんだ?」

「あ、おはよう、パパ。あのね、凍華おねえちゃんも綺麗にしてもらったほうが嬉しいかなって思って……だめだった?」

 不安そうな目をして聞いてくる桜花に、俺は少しだけ微笑む。

 別に、それくらいで怒る理由はない。

「いいや、別に何も悪くないよ。むしろ、俺がやらなくちゃいけなかったのに代わりにやってくれてありがとな」

「んっ!」

 ニッコリと満面の笑みを浮かべた桜花は、再度凍華を磨いていく。

 そんな桜花を眺めながら、俺は今日の予定を脳内で組み立てる。

 傷はまだ完全には癒えていないが、動く分には恐らく大丈夫だろう。むしろ、傷が完全に癒えるのを待っていたら、美咲の方が手遅れになる可能性さえある。

 戦力に関しては、桜花と契約した事によっていくらかはマシになったと思う。桜花が脇差だった事からリーチはさしてないが、それでもまともな武器が手元にあるというのは安心できる。

 で、龍剣山に行くために色々と道具を準備する必要もあるだろう。

 そこら辺を考えると、今日を道具の準備するために使うとして明日か明後日にここを経つのが一番いいだろう。

「よし。桜花、買い物に行かないか?」

 プランを組み立て終えて桜花にそう言うと、丁度凍華を拭き終わったらしい桜花はこちらを見てからコテンと可愛く首を傾げた。

「お買い物……?」

「そう、買い物」

「それって、なに?」

 その言葉で俺は一瞬だけフリーズしてしまう。

 今まで普通に会話をしていた事で忘れていたが、桜花はまだこの世に生を受けてから一日経ったくらいでしかなく、そんなに知識を持っているわけではないのだ。

 となると、父親という立ち位置に居る俺は桜花にそういう知識を与える義務がある。

 そう考えて、俺はどう【買い物】という行為を説明するかを考えながら口を開く。

「えーっと……買い物っていうのは、食べ物とか道具とかをお金を使って交換するだよ」

「お金って?」

「国かどっかが定めた……そう、こういうのだな」

 部屋の壁にハンガーに掛けて置いてあったボロボロの制服から、100円玉を取り出して桜花に見せる。

 この国の金は見たこと無いが、多分こんな感じで合っているだろう。

「ふーん……コレがお金なの?」

「まぁ、この国の……というか、この世界の金ではないけど金である事には間違いないな」

「この国のじゃなくても、交換できるの?」

 その言葉に俺は思わず唸ってしまう。

 子供がする純粋な疑問なんだろうが、俺の心を抉るには間違いないのだ。

「いや……それは、多分無理だな」

「えー! それじゃあ、お買い物出来ないよ!」

 はい、ごもっともです。

 しまったなぁ……買い物をするには金が必要っていうのは誰もが一番最初に思いつく事だろうに、何故俺はこの世界の金を持っていないという事を完全に忘れていた。

 シエル姫に言えば、少しくらいは貰える気がするが……それだと、ヒモみたいな感じで何か嫌だし。

 さて、どうするかと考えていると病室のドアが控えめにノックされる。

「起きていますか?」

 噂をすればなんとやら……この部屋に来たのは、シエル姫だった。

「あ、はい」

 突然の来訪に俺はとても間抜けな返事をしたと言った後に後悔したが時既に遅く、シエル姫はドアを開けて中に入ってくる。

「おはようございます。よく眠れましたか?」

「まぁ、ぼちぼち……そんな事より、俺に何か用か?」

「あ、はい。コレをユウさんにお渡しするのを忘れていましたので」

 そう言って差し出されるのは少し膨らんだ小さめの袋。

「コレは?」

「魔王撃退に対する報奨金ですね。ユウさんはお断りするかもしれませんが、一応お渡ししておこうかと……」

 なんてこった。

 神が味方したかなんだかわからないが、俺はこの世界の金を手にする事が出来た。

「いや、まぁ、貰っておくよ」

 ここで素直に喜んで貰うのもどうかと思った俺は、何とも言えない感じでその袋を受け取る。

 実際、内心はテンション上がりまくりだ。

「受け取っていただけて何よりです。では、私はこれで」

 シエル姫は本当にそれだけが用だったようで、部屋から出ていく。

 それを見送った俺は、金が手に入った事を喜びつつ改めて発覚した問題に直面していた。

 そう……

「やべ、買い物に着ていく服がない」

 俺は、昨日からずっと病人服のままでありこんな服装で買い物に行ったら間違いなく捕まるか何かされるだろう。

「はぁ……」

 とりあえず、どうするか考えるために俺は再度頭を抱えるのだった。

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