目覚め
目を開けると、少女の顔が目の前にあった。
「おはようござます。全部、思い出しましたか?」
少女の顔が近い事にビックリしつつ、自分の態勢を把握する。
どうやら、俺は今この少女に膝枕されているらしい。
「ああ、全部思い出した……けど、なんで俺は膝枕されてるんだ?」
「あの後、兄さんが意識を失って倒れてしまったので、失礼かとも思いましたがこうして楽な態勢にしておりました」
なるほど。
確かに、座っている状態からいきなり意識を失ったんだからそのまま倒れるのも納得だ。
「あの、嫌でしたらやめますか?」
「いいや、もう少しこのままで頼む。まだ頭が痛むんだ」
そう言いながら、俺は先ほど思い出した記憶について考える。
俺たちは確かに異世界に召喚された。
それは、あの教室での光と現状を考えれば間違っていないだろう。
「……なんで、俺だけ別の場所に……?」
そう、異世界に召喚されたという事実はとりあえずはいいとして、どうして俺だけ別の場所に召喚されてしまったんだ?
「そもそも、ここってどこなんだ?」
そんな俺の疑問に答えたのは、少女だった。
「ここは、悪夢の森にある封印塔ですよ」
「悪夢の森……? 封印塔?」
少女の声に目を開き、顔を見ながら言われた地名を復唱する。
「はい。と言っても、兄さんには馴染みがない土地ですよね……えっと、説明してもよろしいですか?」
「ぜひ頼む」
「頼まれました。えっと、まず悪夢の森という場所についてですが、元は何の変哲もないただの草原だったんです。
「そうなのか……人の手でも入らなくなったのか?」
俺の言葉に少女は頷く。
「昔々……もう、何百年も前の事です。この悪夢の森がまだ平原だった頃にここで勇者と裏切者が何万もの兵に見守られて戦いました」
「裏切者……?」
不思議だ。
なぜか、少女が発した『裏切者』という言葉を聞いたときに心がざわついた。
「はい。その時の魔王――六十代目魔王はとても残酷な魔王でした。そのせいで人間たちはとても苦しい生活を送っていました。その状態を打破……簡単に言えば魔王を討伐する事ですね。それをしようと兄さん達のように異世界から勇者を召喚する儀式を当時の大国であるグリスティア王国が行ったんです」
「そのときは何人召喚されたんだ?」
「42人だったと言われていますね」
俺たちのクラスは全部で41人。
昔は一人だけ多かったのか。
「それで、裏切者の話に戻りますけど……召喚された者の中に『魔王の妻』の称号を持つ人がいたんです」
「なんだって……?」
「魔王の妻が魔王の手に渡った場合、ただでさえ強力な魔王が更に強くなってしまう事が神託によって判明しました。人間たちは魔王の手に渡る前にその人――女性だったんですけど、その人を殺してしまおうとしたんです」
「そ、それで……その女性は殺されたのか?」
俺の疑問に少女は顔を横に振るう。
「いいえ。処刑結構日にグリスティア王国は魔王軍の襲撃に合いました。その結果、その女性は魔王に拉致され、グリスティア王国は多大な被害を被りました」
なんてこった。
それじゃあ、当時の魔王は更にパワーアップしてしまったのか。
「そして、復興中に召喚された一人の男性が国を抜け出しました。その人は最後の最後まで処刑に反対していた……簡単に言ってしまえば、処刑される女性の幼馴染だったんです」
その言葉に再度、俺の心がざわつく。
処刑される女性、幼馴染。
違うとわかっていても、それは過去の事例だとわかっていても美咲とその女性が重なってしまう。
「それで……その男性と女性はどうなったんだ?」
「男性は強くなり、魔王軍の幹部となり女性の傍に付き添いました。女性も男性をとても信用していましたが、当時の魔王はそれが気に入らなかったのでしょうね。男性は事あるごとに前線に送り出されました」
それじゃあ、男性はすぐに死んでしまうんじゃないか?
俺の疑問を読み取ったのか、少女は少し微笑む。
「男性は、四振りの魔刀を使い前線を走り抜けました。そして五体満足で魔王城に帰ってきましたよ」
「そうなのか……」
「はい。前線を走り回った結果、元同郷の人とも戦うことがあり、その時に裏切者と呼ばれていたために伝承には『裏切者』の名前で書かれていますね」
まぁ、確かに魔王と戦うために召喚されたはずなのに、魔王の元について戦っていたら裏切者と呼ばれてしまうだろうな。
「ちなみに、魔刀ってなんだ?」
「この世界には、魔剣や魔槍といったように強大な力を宿した武器が存在します。それの刀バージョンですね。ちなみに、そういった武具は魔武具と総称されます」
「なるほど……でも、俺の世界の創作物に出てくるそういう武器って何かしらの代償があるんだけど、この世界ではそんなことはないのか?」
そう、ゲームやライトノベルに出てくるそういう武器や鎧は何かしらのデメリットが必ずある。
鎧だったら、脱げなくなるとか理性を失うとか。
剣だったら魔力が常時吸われるとか。
「低位の魔武具でしたら、デメリットはありません。ただ、高位の魔武具となりますと大きなデメリットはありますね」
「そうなのか……」
だとしたら、その男性が持っていた魔刀は低位の物だったのかもしれない。
いや、一振りくらいは高位かもしれないが。
「ちなみに、その男性が所持していた魔刀は全てが最高位の物でしたね」
「まじかよ……そいつ、本当に人間か?」
「人間でしたよ。最高位の魔武具になると、魔武具自体が意識を持ち契約をする事で所持・使用する事が出来るようになるんですけど、契約の際にデメリットも決められるんです。勿論、魔武具のほうが納得いくデメリットになりますけど」
「へぇ~……ちなみに、その男性は何をデメリットにしていたんだ?」
「左腕、右目、味覚、記憶でしたね」
「左腕とかはわかるが、記憶……?」
それって、契約した段階で記憶を無くすとかなのか?
「記憶を代償にして契約した魔刀はそれはもう強力なものでした。ちなみに、その魔刀は一戦闘毎に記憶をランダムに貰うというものでしたよ」
記憶をランダムに、か。
それは結構辛いんじゃないか?
「なるほどなぁ……てか、今更だけど何でいかにも見てきたって感じで説明してるんだ?」
「見てきましたから」
「え……? 冗談だろ?」
少女の見た目はどっからどう見ても13歳とかそこらへんだ。
もしかして、からかわれてるのか?
「兄さん、私はそもそも人間じゃないですよ?」
「いや、どこからどう見ても人間だろ。それとも、種族が違うのか?」
「見てもらったほうが早いですね。ちょっと失礼します」
少女がそう言うのと同時に、頭の下にあった柔らかい感触が消失する。
「ってぇ!!」
そのまま、俺の後頭部は石造りの床に勢いよく激突した。
あまりの痛さに悶え、痛みが引いてきたあたりで周りを見渡すと俺の傍に先ほどまではなかった一振りの刀が床に刺さっていた。
刀身の長さは昔親父の知り合いに見せてもらった模擬刀と同じ長さ――確か一般的な日本刀の長さだとあの人は言っていたから、この刀も一般的な長さなのだろう――で、柄の先に鈴が二つ付いていた。
『兄さん、大丈夫ですか』
不意に脳内に少女の声が聞こえてくる。
「……もしかして、この日本刀が?」
『はい。自己紹介をさせて頂きますね。最高位魔刀が一振り『真打 凍華』と申します。以後、お見知りおきを』
「ま、まじかよ……」
驚く俺の脳内に、悪戯に成功した子供のような少女――凍華の笑い声が響いた。