選択
シエル姫の口から発せられた真実に対して、俺は何も言えない。
正直、そんな噂を流した相手に怒りは覚えるのだが……だから、何がしたいというわけでもないのだ。
いや……違うな。
どうにか、美咲の汚名を晴らしてやりたいが、大勢の人に認識されてしまった事をひっくり返すのは、簡単にどうにか出来る問題ではない。それに、王族が口にした事をそうそう簡単に撤回するはずもない。
「……」
「……」
故に、何も言えずにお互い無言の時間だけが過ぎていく。
佐々木は俺とシエル姫の顔を交互に見ながらオロオロしているし、桜花は俺の膝上に移動してきており、ちょこんと座ってクッキーらしきお菓子を美味しそうに食べている。
「……私を、殺したいですか?」
そこで、無言に耐えられなくなったのかシエル姫が口を開く。
さて、ここで何でシエル姫を殺す事になるんだ?
「一応、この噂を流したのは私の姉です……貴方が我が一族を皆殺しにしたいと思うのであれば、私はこの首を差し出しましょう」
「……王族が簡単にそんな事を言っていいのか?」
「王族といえど、人間です。罪も無い人を陥れ、その上でのうのうと笑っている姉も父上もおかしいんですよ……まだ、苦悩の末に導き出した嘘なら釈明の余地はありました。ですが、今回はそうではないのです。『召喚した勇者が敗北した』という事実を隠すためだけの隠れ蓑に使われたんです」
シエル姫の言葉で、そういえば柏木が魔王に敗北していた事を思い出した。
確かに、世界を救うために召喚したはずの勇者があっさりと敗北したと知られれば、周辺諸国やらなんやらに疑念を抱かせる事になるだろう。
「そんな事のために、このような行為は許されてはいけません。ですから……貴方には、復讐を成す権利があるんです」
シエル姫はそう言ってドレスの首元をよく見えるように開き、目を閉じ顔を上げる。
「どうぞ……右手一本で折れた刀であったとしても、私の首を刎ねる事が出来るはずです」
「……」
覚悟を感じた。
シエル姫は、本気でここで俺に殺されてもいいと思っている。
「パパ……?」
クッキーモドキを食べていた桜花が俺を見上げてくる。
その目は止めるとかではなく『殺るなら、使ってほしい』と語っていた。
故に――
「あんたを殺す気はない。第一、復讐する気もない……やろうとしても、右手一本と折れた刀じゃ兵士を相手にして、王族を全員殺す事なんて現実的じゃないしな。でも、俺は、もうこの国を守る事はない」
桜花をこんな事に使っていいはずがない。
俺と美咲の子を、こんな汚い事に……使っていいはずがない。
「だが、少しだけ協力してくれないか? 俺は、この世界について何も知らないんだ」
それをシエル姫の贖罪とすると、言外に伝えながら言うとシエル姫はこちらに視線を戻し、襟元を正す。
「わかりました……貴方が、そう言うのでしたら……」
未だにどこか納得出来ていないような態度だが、恐らくシエル姫は真っ直ぐな人間なのだろう。
曲がった事が許せず、例え間違いを犯したのが身内であろうと自分も罪を償おうとする姿勢。
だが、それだけではないと感じる部分もあった。
「……シエル姫は、美咲とはどういう関係だったんだ?」
「私とミサキは友達だったんです。ミサキだけでなく、ユミとミキとも……」
「そうだったのか」
友達。
確かに、友達の悪評が流されたとあっては、どうにかしたいと思うのも無理はないだろう。
それが、仮に罪滅ぼしだったとしても。
「魔王の嫁について、教えてくれないか?」
「貴方――ユウさんとお呼びしても?」
「ああ、いいけど」
「では、ユウさんがどこまで知っているのか分からないので最初から説明しますと、魔王の嫁という称号を持つ女性はその魂を武器に変えて、魔王専用の武器となると言われていますし、事実そうなりました。それは、過去を振り返ってみても当てはまる事で、誰一人としてその運命から逃れた者はいません」
魔王専用の武器。
その言葉に俺の中にある何かが反応した気がした。
「そして、魔王専用の武器となった女性が人間に戻る事はありません……正確には【人間】という種族に戻る事はない、ですが」
「どういう意味だ?」
「魔刀と同じですよ。武器でありながら、人という形を取る事も出来る。そういう種族になるんです」
と、なると……。
美咲の現状は凍華や桜花と同じになったという事か。
「直近ですと……数千年前にユウさん達と同じように召喚された人達の中に、魔王の嫁を持つ女性が居ました。名前は――」
「桜……」
シエル姫がその名前を言うよりも先に、俺の口は無意識にその名前を紡いだ。
俺の前世である男性が愛した、世界でたった一人の女性。
「知っていたんですね……そうです。サクラさんという人が、魔王専用の武器になったと記録が残っています」
シエル姫の言葉を聞いて、ジジッと俺の脳内に何かが写る。
「くっ……!!」
まるで、古いテレビを見ているかのような……砂嵐だらけの映像が激痛を伴って写し出され続ける。
女性――美咲と同じくらいの女性が、俺の目の前に立って……こちらに、手を……!!
「――っ!!!」
そこまで見て、俺は――
「パパっ!!」
「っ!」
桜花の声で我に返った。
周りを見てみると、佐々木とシエル姫が肩で息をしている俺を心配そうに見ている。
だが、そんな事よりも……今見たあの映像は、俺の前世なのだろうか?
「大丈夫ですか……? お具合が悪いようでしたら、まだお休みになっていた方が……」
心配するシエル姫に問題ないと右手で答える。
頭痛はもうしなく、あの映像ももう見えない。
「そうですか……とりえず、魔王の嫁についてはこのくらいですが、他に何かありますか?」
「……数千年前に何が起こったのか、教えてくれ」
今、俺に必要なのは美咲を助け出すために必要な情報だ。
だとすれば、俺が前世で行ってきた事が何かしらの形で役に立つはずだし、それを知る事が何よりも重要だと判断した。
「それは、得意分野なので任せてください!」
シエル姫は、先ほどまでの雰囲気とは一変して、急にテンションが上がった。
現に、身体を前のめりにして顔がキラキラと輝いている。
「お、おう……そんなに詳しいのか……」
「あっ……すいません。実は、私は数千年前についてのお話が小さい頃から大好きなんです……」
恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、椅子に座り直すシエル姫。
それにしても、数千年前の物語が好きとは、どういう事だろうか?
「だって……素敵じゃないですか。たった一人の女性のために世界を敵に回して戦いぬくなんて」
……言われてみれば、確かにそんな事が出来るのは物語だけの事だろう。
てか、コレ、直接的には俺の事ではないとわかっていても、どことなく恥ずかしいな。
「さて……では、どこから話しましょうか」
「……最初からで頼む」
俺は、前世の自分が一体何をどうやって来たのかを知るために、黒歴史ともいえる話を最初から聞くことにした。
これが、後に俺の精神に大ダメージを与えるとも知らずに。
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