大切な記憶
ネット回線の引き直しなどで投稿が遅れてしまい申し訳ございません。
今回も楽しんでいただければ、幸いです!
ひとしきり泣き叫んだ俺は、どうにか正気を取り戻していた。
「パパ……」
不安そうに俺を見上げてくる桜花の頭を撫でて、現状の把握から始める事にする。
まずは、現在の俺の身体についてだ。
「佐々木、俺の身体はどうなってる?」
椅子に座ってこちらをずっと見ていた佐々木に視線を向けて聞いてみる。
恐らく、俺の身体について一番詳しいのは佐々木だろうと踏んだからだ。
「……左腕は肘から先が欠損。内臓にも傷がいくつもあって、激しい運動とかをしたら傷口が開く可能性があるかな……あとは、色々な所も縫ってるから……言ってしまえば、今の一ノ瀬君はつぎはぎだらけなの。それでも、こうやって普通に生きているのは『奇跡的』にどれもが致命傷にならないギリギリの負傷だからなんだよ?」
「そうか……」
奇跡的――その言葉がかなり引っかかった。
俺の最後の記憶は、魔王が振るった漆黒の刀《美咲》によって、左半身を肩から心臓まで切り裂かれたはずだ。
それは、紛れもなく致命傷であり、即死してもおかしくない負傷だったはず。
それなのにも関わらず、俺はこうして生きているし左胸に手を当てれば心臓の脈を確かに感じる事が出来ている。
「……契約か」
意識を失い、この世界からも消える直前で聞こえたあの声。
あの声が俺の夢や妄想ではなかったとしたら……俺の現状にも説明がつく。
「……ステータス、オープン」
小声でそっと呟くと、目の前に半透明な板が出現する。
名前:一ノ瀬 祐
種族:人間
性別:男性
職種:刀剣士Lv.1
魂Lv:80
MP残量:0/45000
STR:100
DEX:100
VIT:100
INT:90
AGI:140
称号:異世界者、前世を思い出す者、魔刀の父
スキル:王女の加護、運命女神の加護、刀剣マスター
EXスキル:刀剣術
契約:凍華
「……」
大幅な弱体化。
俺のステータスは、その言葉が似合うくらいに弱体化していた。
LV、ステータスは大幅に下がり、スキルもかなりの数が無くなっている。
「あぁ……」
だが、そのステータスを見ても絶望感はどこにもなかった。むしろ、あの時俺が聞いた言葉は妄想でも何でもなく、真実だとわかって安心しているくらいだ。
何しろ『契約:凍華』とある。
俺の予想が正しければ、凍華はまだ、死んでない。
「佐々木、少し外を歩きたいんだが……」
「えっ……あっ……その……」
俺の言葉に佐々木は悩み始める。
それもそうだろう。俺の身体はボロボロを通り越して既に死ぬ一歩手前くらいまで来ているのだ。
そんな人間が外を歩くなど、自殺行為にも等しい。
だが、俺はどうしても外に出なくてはいけない。何しろ、この部屋の中だけでは情報が圧倒的に足りないのだ。
「頼む……」
「……わかった。でも、私も一緒に行くからね?」
頭を下げると、佐々木は観念したように頷いて条件を出して来た。
それに頷いて立ちあがろうとすると、フラリと体が傾き、倒れる前に佐々木に支えられる。
「いきなり立とうとしちゃダメだよ……!」
「わ、悪い……」
注意してくる佐々木に謝りながら、周りを見渡して何か杖になる物を探すと、視界の端に凍華が目に入った。
「桜花……凍華を取ってくれないか?」
俺の言葉に一瞬首を傾げた桜花だったが、すぐに凍華を手に取り持ってきてくれる。
それを受け取った俺は、内心で凍華に謝りながらソレを杖代わりにして立つ。
「よし……行こう」
右に桜花、左に佐々木を伴って、俺は部屋から出た。
歩くたびにチリンチリンと鳴る凍華の柄に付いた鈴の音を楽しみながら、誰も居ない廊下を歩く。
「……誰も居ないんだな」
「あっ、うん。ここは、王城の中でも人気が一番ない場所だからね」
え、そうだったのか。
てか、何で俺はそんな所に収容されてたんだ?
「一ノ瀬君は……その、ちょっと特殊すぎたから」
「特殊……」
佐々木の言葉に歩きながら、考え始めすぐにわかる。
そう言えば、刀を使える人は前世の俺がやらかしてるから、忌み嫌われてるんだっけか。
しかも、得物は前世の俺が使って封印されていた凍華だ。そりゃ、警戒されて人気が無い場所に隔離されていてもおかしくはない。
「でも、そうなると……何で、警備の一人も居なかったんだ?」
「それは、単純に人手が足りないって理由と、そんな体じゃ何も出来ないって判断されたからだと思うよ。後は、凍華さんが折れちゃってたから……」
なるほど。現在の俺は完全に無力だと判断したのか。
凍花が居なくても、桜花さえ居ればどうにか戦えるっていうのは言わないでおこう。
「そういや、忘れてたんだが……柏木はどうなった? アイツもかなりの重症だっただろう」
魔王に左手を潰され、俺が蹴り飛ばした事で骨と内臓がいくらかダメになってるかもしれない柏木の事を佐々木に聞くと、佐々木はその顔に影を落とした。
「まさか……」
死んだのか? と続けようとした所で、佐々木は口を開いた。
「柏木君は、『協会』のシスターが一瞬で回復魔法を使って治してくれたから、身体に異常はないよ」
佐々木が口にした『協会』という言葉に、俺の中にある何かが反応した。
もしかしたら、前世でも『協会』と何かあったのかもしれない。
「そうか……」
「でも、そのシスターは柏木君だけを治して、すぐに出ていっちゃったの……柏木君よりも重症の人だって、居たのに『勇者だけを癒すのが仕事だから』って……!!」
佐々木の言葉で、何故先ほど顔に影を落としたのかを理解した。
俺は、別に『助けられる人は全て助けるべきだ!』とか甘い事を考えて居るわけではないから、そのシスターの行動には納得できる。だが、佐々木は違うのだろう。なまじ『薬剤師』という人を助ける役割を職業に持っている事から、『助ける事が出来る力』を持っているのに『助けない』という行動が許せないのだ。
甘い。この世界では、それでは命取りになってしまうくらいに甘い考えだ。だが、それ以上に――
「佐々木は……優しいんだな」
「えっ……? 優し、い……?」
「ああ……。だって、誰かの命をそこまで大切にして、そのために怒る。それって表面上では出来ても、本心から出来るヤツって少ないと思う。それを佐々木は本心から言ってるだろ? だから、優しいんだよ」
「……」
黙り込んでしまった佐々木を伴って、更に廊下を歩いていく。
もう、結構な距離を歩いた気がするが未だに誰ともすれ違ったりしないというのは、どういう事だろうか?
「なぁ、ささ――っ!!」
隣を歩いているはずの佐々木に声を掛けようとした所で、そこに佐々木が居ない事に気づく。
いや、それどころかいつの間にか俺が居る世界は白黒になっていた。
「……」
杖代わりにしている凍華を握る右手に力が入る。
コレは、誰かの襲撃なのは間違いない。そして、その狙いは間違いなく俺だろう。
今の俺は満身創痍も裸足で逃げ出すレベルにボロボロであり、簡単に殺す事が出来るだろう。
「はぁ……」
短く息を吐いたのと同時に、背後からコツンッと小さく足音がした。
「――っ!!」
身体を捻り、背後を振り向くのと同時に凍華を振るう。
予め若干抜いてあった凍華は、遠心力でその鞘から抜けて俺の背後に立っているであろう襲撃者へとその刃を向ける。
チリンッという鈴の音と共に、凍華の半分しかない刀身はいとも簡単に襲撃者の右手の人差し指と親指に挟まれて止められてしまう。
止めたのは、ゴスロリを来た幼女――。
「やぁ、こんにちは」
「その声……追跡者……!!」
前に俺に幻覚を見せ、追跡者と名乗った幼女は、指で挟んでいる折れた凍華を見て、そっとその目を細めた。
「凍華ちゃん、折れちゃったんだ……」
「……凍華を知ってるのか?」
追跡者が呟いた言葉に思わず反応してしまう。
もしかしたら、コイツは凍華を直す方法を知っているのかもしれないという淡い期待があったからだ。
「んー、まぁ、古い知り合いみたいな感じかなー」
「直す方法とか、知ってるのか……?」
俺が聞くと、追跡者はそっとその目を細くして口元を歪ませ、俺を見つめる。
その目は獲物を前にした肉食獣のようで、俺は背中に冷たい汗が流れるのを自覚しながらも、真正面から視線を受けいれた。
「……君、魔刀はその出自が特殊な事から『原則的に』直す事は出来ないんだよ。ただ、方法がないわけではない」
「その、方法は……?」
俺が聞くと、追跡者はそっと凍華から指を離し、その指を自身の唇に当てる。
見た目が完全に幼女だと言うのに、その行動はとても色っぽくて、思わず見惚れてしまう程だった。
「君がそれを知るには……対価が足りないよ」
「なん……」
トンッと、いつの間にか接近していた追跡者が俺の胸に人差し指の指先を当てる。
「君の記憶」
「――!!」
「君のとっても、とってーも大事な記憶をくれるなら、教えてもいいよ?」
追跡者は笑う。お前にそれを差し出すだけの勇気があるのかと。
俺にとっての、大切な記憶とは何だろうか。
そもそも、凍華をそこまでして直す必要があるのだろうか。
「……」
黙り込む俺に対して、追跡者はニヤニヤと笑う。
それに対して内心で舌打ちをしながら、思考を続けた。
まず、凍華だが……コレは確実に必要だ。
前世で俺の相棒をしていたと言っていたし、その記憶も俺にはある。つまり、俺の癖やら何やらを一番理解していると言っても過言ではない。
それに、この世界に来てからまだ主観で一日だが、その間に多くの事で助けて貰った義理もある。
最後に、魔王を倒すのであれば俺の力が十全に使える得物が必要だ。桜花はまだ若過ぎる。
ならば、直す方法として俺が差し出すであろう記憶とはなんだ?
……もしかして。
「俺が直す方法を教えてもらって、その記憶を対価に取られるとかはないのか?」
希望を与えられた瞬間に取られる。
その行為は、きっと俺に精神的大ダメージを与えてくるだろう。
「それはないから安心していーよ? 言ったでしょ? 君の一番大事な記憶を貰うって」
追跡者の言葉を聞いて安心した俺は、覚悟を決める。
「いいだろう……俺の記憶と引き換えに情報を貰う」
「そうこなくっちゃね! あ~、でも、全部貰うとオーバーになっちゃうからぁ……一部だけ貰うね!」
そう言って追跡者が指を鳴らすと、俺の中にあった何かが砕け散る音がした。
パリンッと、まるでガラスが割れたかのような音だ。
そして、それと同時に俺を襲って来るどうしようもない消失感を感じる。
「くっ……!」
何か大事な物を失った。何か胸の中でポッカリと穴が空いてしまった。
それなのに、何も思い出せない。何を失ったのかさえわからない。
「さてさて、それじゃあ対価も貰ったし……凍華ちゃんを直したいなら、龍剣山の頂に行くといいよ。場所は、他の人に聞いてね!」
「まっ――!」
言葉を最後まで発する前に追跡者が指を鳴らすと、俺は闇に飲まれた。
「パパ……?」
「一ノ瀬君、大丈夫?」
ハッと意識を取り戻した時、俺は廊下に突っ立っていた。
急に動かなくなっていたであろう俺の事を、二人が心配そうに見ている。
「あ、あぁ……」
二人に返事をしながらも胸の中に空いた穴が気になってしまう。
俺の大事な記憶――それは、きっと美咲の事だろう。
桜木 美咲、女性、俺と同い年、俺のクラスメイト、魔王に連れ去られてしまった。
そして、大事な――
「あれ……?」
美咲は、俺の大事な……【なんだっけ?】
いくら考えようとも、思い出せない。とても大切な関係だったはずなのはわかるのに、それがどういった関係だったかが思い出せない。
そもそも、俺と美咲は一体……【いつ、出会ったんだ?】
「パパ……泣いてるの?」
「ぇ……?」
桜花の声で俺は凍華を握ったままの右手で自分の頬を触る。
頬に触れた指は、涙で濡れた。
「あれ……? なんで……」
「まさか、傷が開きましたか!?」
佐々木が懐からオレンジ色の液体が入った小瓶を取り出す。
「いや、そうじゃない……ただ、わからないんだ」
わからない。何を失ってしまったのか。
そして、それでどうして俺が泣いてしまうのか。
「俺は……一体、何を失ってしまったんだ……?」
小さく呟いたその言葉は、虚空へと消えた。




