代償
カーテンが開けられた窓から朝日が差し込む一室。
部屋の大きさはそれほど大きくもないが、狭くもない。
室内に唯一ある家具は一つのベッドだけであり、そのベッドで目を閉じている男性――一ノ瀬 祐は未だに目覚める気配がないで居た。
ベッドの横に無造作に置かれた椅子には、佐々木 由美が座っており反対側で椅子に座って祐が寝ているベッドに上半身をうつ伏せにして寝ている桜花を見つめていた。
「こうして見ると……本当に親子って感じがするなぁ……」
由美はそう呟いて、ふぅ……と息を漏らす。
美咲が居なくなって……正確には、魔王が王都を襲撃してから今日で五日目。
王都の復興もようやく始まり、城下町では今頃住人達がせっせと働いている時間だろう事を想像するのは難しいことではない。
死者40名、負傷者50名。
それが今回の襲撃で人間側が受けた損害だった。
由美も回復役としてあちこちを走り回り、戦場の悲惨さをその目に焼き付けて来たばかりだ。
「……目、覚めないなぁ」
祐の寝顔は『本当は死んでるんじゃ?』と思える程に人間性を感じない。
だが、確かに脈はあるし、何よりも桜花自身が生きていると言ったのだからそうなのだろう。
「……」
季節の変わり目なのか、いい感じに暖かい風が窓から入ってくるのを感じながら由美はあの激戦の日に祐を見つけた時の事を思い出していた。
野外に設置された大きなテント。
その中には、負傷者が所狭しと敷き詰められており、色々な所からうめき声や鳴き声が上がっていた。
そして、そこを薬剤師や医者が走り回っており、そこには由美の姿もあった。
その声が聞こえて来たのは、丁度由美が一人の患者に手当をし終わった時だった。
「お、おい! そいつは本当に生きてるのか!?」
「そんなこといいから、早く開けて!!」
テントの入り口から聞こえて来た声は、由美がよく知る人の声であり、その声の焦り様から勇者の誰かしらが重症を負ったのではないかと心配になった由美は、近くにいた薬剤師に少し席を外す事を伝え、テントの入り口へと早足で向かう。
「美紀ちゃん! みんな!」
テントの入り口を開けると、そこに居たのは所々に擦り傷を負った野宮 美紀とボロボロだがしっかりと二本足で立っている馬込 健一が立っていた。
「由美……!」
「みんな無事でよかった……! それで、一体何が……って、柏木君!?」
まず、由美の目に入ったのは左手を潰され、腹部の一部が変に膨らんだりへこんだりしている柏木 春斗だった。
故に由美は、先ほどの兵士の言葉は柏木に向けられた物だと判断して、美紀に急いで柏木を運ぶように言う。
それに対して、美紀は焦ったように口を開いた。
「違うのっ! 柏木君もヤバいけど、それ以上に!!」
「おい! コイツ、どんどん脈が弱くなってきてるぞ!」
美紀と馬込の声が重なり、由美は馬込の方に視線を向ける。
「……っ!?」
驚愕。
馬込の背でよくは見えないが、少なくとも口からは何回も血を吐いた後が見え、馬込の肩を通して正面に来ている腕は、左腕の肘から先が無くなっている。
「い、一ノ瀬……君……?」
「……!! コレは酷い! おい、君はその左手が潰れてる子をそこに寝かせて! 左腕がない君はコッチだ!! ササキさん! 君は左手が潰れてる子を!!」
ベテランの医者が駆け寄ってきて、手早く指示を出す。
その声に由美は正気を取り戻して、寝かせられた柏木へと走り出した。
「左手は完全に潰れちゃってるし……内臓もいくつかダメになってる……?」
柏木へと張り付いた由美は処置を行う前に状態を確認していた。
「おい! 血が止まらねぇぞ!!」
「君はコッチを抑えてくれ!!」
「先生! コイツ、助かるんだよな!?」
由美の背後では、祐が寝かせられており、そこで医者・馬込・美紀が処置を行っている。
そして、その声はハッキリと祐の状態がよろしくないと言う事を由美に伝えていた。
「集中……集中しなくちゃ……!」
その声に意識を引っ張られないように、自らに言い聞かせて集中しようとする由美。
そんな時、テントの入り口が開き、一人のシスターが入ってきた。
ざわつく周りを無視してシスターは真っ直ぐと由美の元へと来ると、柏木を見つめながら口を開く。
「この人が、勇者様で間違いありませんか?」
「は、はい。そうです」
「わかりました……【癒しの母よ・彼の者に安らぎと・心穏やかな休息を】」
シスターが詠唱を始めると、柏木を中心に魔法陣が展開され緑色に光り輝き、詠唱が終るとその光は一瞬だけ大きく光ってすぐに消えた。
「……!!」
だが、由美は光が収まった後の柏木を見て、その目を大きく開いた。
なんと、柏木は左手・腹部・その他の傷も含めた全てが完璧に元通りになっていたのだ。
「そ、そんな……」
「では、私はこれで……」
やるべきことはやったと言わんばかりに立ち去ろうとするシスターに向かって、由美は座ったままで声を張り上げた。
「待ってください!」
「……何ですか?」
「ほ、他にも重症の人が居るんです! お願いします、助けてください!」
現状、テントに運び込まれている人で一番の重症を負っているのは一ノ瀬 祐であり、ソレに比べたら周りの人々など軽傷と言っても過言ではなかった。
故に、医者や薬剤師では対処し切れない祐の回復を由美はシスターに願ったのだ。
「……」
シスターは、その場で祐が寝ている方に視線を向け――
「ふっ……」
――鼻で笑った。
「……ぇ?」
一瞬、由美にはシスターが何をしたのかわからなかった。
普通、重症の人を目の前にして鼻で笑う人が居るだろうか?
「すみませんが、私たちの回復魔法はそのような『雑兵』に使うことはできません。何故なら、この力は神や女神様が勇者様を癒すために授けてくださったからです」
「そ、そんな……」
「おいっ! コイツは、俺たち勇者と一緒に召喚されたんだぞ!?」
シスターの声が聞こえていた馬込が傷口を必死に抑えながらも、声を荒げる。
「貴方は……盾の勇者様ですね? いくら、勇者様とご同郷の人とは言え……勇者様方に比べれば雑兵に過ぎません。なので、回復魔法を使うことはできません……では、失礼します」
シスターは去り際に祐を再度一瞥し、嘲笑を薄っすらと浮かべながら歩き去ってしまう。
「ひ、酷い……こんなのって……」
「クソッ! アイツ、最後に嘲笑って行きやがった!!」
美紀と馬込が声を上げる中、由美はただただ呆然としていた。
救える力があるのに、それをやらないという事を目撃してこの国の協会という組織に対して疑心感を抱いたのだ。
「お前らっ! 勇者だか何だか知らないが、キチンと傷口を押さえろ! 協会の奴らがああなのは、今に始まった事じゃねぇんだ……!! アイツ等は、救える命を簡単に見捨てやがる!! だから、俺たちがやるしかねぇんだよ……!!」
傷口を手当てしていたベテランの医者が声を上げ、その声で由美は正気に戻って這いずるようにして祐に張り付く。
「ここは私が
針と糸を持って由美が言うと、ベテランの医者は頷く。
「絶対に助ける……! 私は、私は……!!」
その目に涙を溜め、両手を血で真っ赤にしながらも由美は祐の治療を続けた。
「はぁ……」
どうにか手当を終え、今はベッドで寝ている祐を一瞥して由美はそっとため息を吐いた。
「美咲は魔王と一緒に行っちゃったって言うし、一ノ瀬君は目が覚めないし……コレからどうなっちゃうんだろう」
由美は椅子を軋ませながら、染み一つ無い天上を見上げた。
「ぅ……」
そんな時、ベッドの方から小さな声が聞こえる。
天井に向けていた視線を一気に戻し、ベッドの方を見るとそこには薄っすらと目を開けた祐が居た。
「一ノ瀬君!?」
「ここ……は……? 俺は一体……?」
寝ぼけているのか、由美の声が聞こえていない一ノ瀬はしばらくボウっとしていたが次の瞬間、目をハッと開けて上半身を勢いよく起こす。
それによって、寝ていた桜花も起きた。
「そうだ……! 美咲っ!!」
「一ノ瀬君! 動いちゃダメだよ!! 傷が開いちゃう!」
今にも飛び出しそうな祐を必死に止める由美。
だが、祐はそれで止まりそうになかった。
「離せっ! 俺は、行かなくちゃいけないんだ!!」
「そんな体で行ってもダメだよ!」
「黙れっ!!」
怒りに染まった目で由美を睨みつける祐。
このままでは止められない。どうすれば……と考える由美。
そんな二人の耳に鈴の音が聞こえた。
「「……」」
音がした方に二人が目を向けると、窓際に立った桜花が悲しそうな顔で凍華を持って立っていた。
「パパ……」
「おう……か……」
その目に見つめられた祐は、呆然と返事をする。
桜花は、それに答えずに凍華の柄を右手で握り左手で鞘を握る。
そのまま凍華を地面と平行にするように横に持ちあげ、祐が見つめる中、ゆっくりと凍華を抜いていく。
「……!!」
刃が抜かれていく中、祐はその目を大きく開いた。
「パパ……折れちゃったんだよ……?」
祐と由美の目には、ハッキリと半ばから折れた凍華が映っていた。
「だから……もう、戦えないんだよ……?」
「う……ぁ……」
折れた凍華を見つめながら、祐は肩を震わせ――
「うああああああああああああっ!!!」
右手で顔を隠し、大声で泣いた。
桜花はその場に凍華を落として駆け寄り祐を抱きしめ、その光景を見た由美はそっと目を伏せるのだった。




