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失った物と者

 歪む視界の中、砂埃を吹き飛ばした魔王がこちらへと歩いてくるのが目に入った。

 回避しようにも身体は動かず、先ほどまで俺を苦しめていた全身を走り回る激痛さえもいつの間にかなくなっている。

「……まだ、息があるのか」

 俺を曲剣の間合いに入ったであろう魔王が口を開く。その目は信じられないものを見たかのように驚愕に染まっていた。

 その顔を嘲笑ってやりたかったが、もう俺にそんな力はないようでひゅぅっと口から空気が薄っすらと漏れ出すだけだった。

「だが、既に死に体だな……。ならば、今度こそトドメをさしてやろう」

「……」

 魔王が曲剣を振り上げるのをぼんやりと眺めながら、俺はここまでかと諦め目を閉じた。

 仮に、俺が死んだら……美咲は泣いてくれるだろうか?

 多分、泣くだろうな。それどころか、自分が頼んだせいで俺が死んだと思って自分を責めて倍は泣くだろう。

(それを慰めてやれないのが悔いだな……)

 まぁ、俺は十分頑張っただろう。

 時間も稼いだし、あとは他のヤツが――

「待って!」

「……っ!!」

 そんな事を考えて居ると、一つの声が耳に入ってくる。

 俺でも、魔王でも、凍華でも、桜花でも、勇者達でもない――。

「な……んで……」

 伏せていた目を開き、俺に背中を向けて両手を左右に大きく伸ばして魔王相手にとうせんぼをしている小柄な背中に向かって、俺は精一杯の声を出す。

「……裕くん、ごめんね。私があんな事を頼んじゃったから……私が、戦場に行くように言っちゃったから……そんなにボロボロになっちゃって……ひ、左腕も……な、無くなっちゃっ……た……」

 涙でぐしゃぐしゃになった顔をこちらに向けて――美咲はそう謝ってくる。

「ち……が……っ!」

 違う、そんな事はどうでもいい。それより、なんでお前がここに来た?

 そう口にしようとしても、上手く言葉を発することが出来ない。

「安心して……裕くんは、私が守るから」

 美咲は、そう言ってにっこりと笑う。

 それが、別れの言葉に聞こえて、俺は必死に身体を動かそうとするもビクリともしない。

「……貴方の狙いは、私なの?」

「……ほぉ、お前が……そうだな。我の目的はお前だ」

 魔王と美咲のやり取りに思考がフリーズする。

 魔王の狙いは美咲って、どういう事だ?

「そう……なら、私は貴方と行く。だから、ここに居る人たちは見逃して」

「ふ……ふははっ! 自らと引き換えにこの場の者たちを守るというのか!? 面白い。そいつらが抵抗しないのであれば、見逃してやろう」

 魔王との交渉が上手く行った美咲は、その両腕を下ろして俺の方に振り返る。

「裕くん、そういう事だから抵抗しないでね? 私は、大丈夫だから……」

「……!!」

「口に出てなくても、言いたい事はわかるよ。怒ってるんだよね? 私がこんな事をしたのを……でもね、こうしないとみんな死んじゃうから……だから、裕くんは気にしないで」

 気にしないなんて、出来るはずがない。

 きっと、他の奴等もそうだ。

「それじゃあ……さよなら。裕くん……ずっと、ずっと大好きだったよ」

「――っ!!」

 美咲はそれだけ言うと、ゆっくりと魔王の元へと歩き出す。

 そして、魔王の目の前に辿り着いた美咲は魔王の手を取る。

《ぅっ……! 兄さん、すいません。気を失っていました》

 凍華、美咲が……!

《美咲さんが……? んっ!? この魔力反応は!》

 何か知っているのか?

《兄さん! 魔王の嫁です! 美咲さんは魔王の嫁だったんです!》

 凍華の言葉に俺は一瞬フリーズしつつも、凍華が言ったワードを必死に思い出していた。

 魔王の嫁。その称号を持つ者は……

「魔王の、武器に……」

 瞬間、視界一杯に光が充満する。

「くっ……!」

 真っ白に染まった視界が元に戻った時、魔王の右手には曲剣ではなく真っ黒な日本刀が握られていた。

 そして、美咲の姿はどこにもない。

「あ……」

《……これじゃあ、桜さんの時と一緒です……》

 だが、わかってしまった。

 魔王が握るその漆黒の日本刀こそが美咲であると。

「せめてもの抵抗か……? それとも、愛する者が使う武器になりたかった? まぁ、いずれも無意味だ。魔王は全ての武器を使う事ができるのだからなっ!」

 魔王がそう言って漆黒の日本刀を地面に突き刺す。

「今ここに! 我らの目的は達成された! もうここに用はない。戻ろう」

 その言葉と共に周りの魔物達が動きを止める。

 人間たちはそれを警戒し、様子を見ている。

「人間共! 死にたくなければ抵抗するな!」

 魔王の威圧を浴びた兵士・勇者たちは一斉にその場から動けなくなる。

 よく見れば、顔いっぱいに汗を流している者もいるほどだ。

 それらを見回して満足そうに頷いた魔王は、俺を見据えた。

「本当は、貴様はここで始末しておきたかったが……致し方ない。コレが手に入っただけでも十分としよう」

「……」

 その言葉で、俺の中の何かが切れた。

 美咲を物扱いした事に、俺はどうしようもない怒りを抱いたのだ。

「……ぇ……せ……」

「なに?」

「美咲を! 返せええええええええええ!!」

 咆哮と共に俺はその場から飛び出し、凍華を振るう。

 ギャンッと凍華と美咲が切り結び、俺は魔王の目を真っ直ぐと睨みつける。

「ほぉ……まだ動けるのか」

「ぐ……ぎぎ……!!」

 歯を食いしばって全身に力を入れる。

 正直、バラバラになりそうだ。何で今動けているのかもわからないが、そんなことはどうでもいいと言わんばかりの激痛と怒りが俺を支配していく。

「返せ……!!」

「ふんっ」

 魔王が美咲を軽く振るい、凍華を弾き距離を取る。

「抵抗したという事は……ここで死んでもいいという事だな?」

「うるせえええええええええええ! 返せって言ってんだよ、この野郎!!」

 再度地面を蹴り上げて、凍華を振るう。

 避けられては振るい、切り返されれば受ける。

「ふんっ!!」

「……!!」

 突きが放たれたのだと理解したのは、俺の右目に激痛が走った後だった。

 反射的に一歩下がると、刃先に血が付いた美咲を左目に捉える。

 そして、真っ暗になって見えない右目。

「貴様の右目は潰させてもらった。これで、死期が更に近くなったな」

「ぐあああああああっ!!」

 痛みによる絶叫と怒りによる絶叫を上げながら、俺は再度突っ込む。

 右頬には、何か生ぬるい液体が滴る感覚がした。

「……」

 魔王は俺が振るった凍華を再度弾き、切り返してくる。

 それを避けようとするも、右目が見えない事で距離感を見間違えて軽く切られてしまう。

 だが、戦闘続行に支障はないと判断して、再度凍華を構えるが……

「存外に耐える。だが、時間切れのようだな?」

「何を……っ!?」

 魔王の言葉と共に、俺は両脚から力が抜けるのを感じた後にその場に跪いてしまう。

 何だ? 何が起こった?

《……兄さん、魔力切れです。今の兄さんは魔力で無理矢理に身体を動かしていました。ですが、その魔力も……》

 凍華の言葉で俺は急いでステータスを開く。

 すると、そこにはきっちりと【MP:0】と書かれていた。

「こんな幕引きでとは思うが……これも運命だ」

 魔王が俺の目の前まで歩いてきて、美咲を振り上げる。

 終わる……結局、頼まれた事も遂行できず、挙句の果てに大切な人を奪われて終わってしまう。

 こんな事が許されるのか? こんな幕引きでいいのか? 俺は、なんのために……。

「死ね」

 振り下ろされる美咲に対して、俺は反射的に凍華を掲げてしまう。

 それは、悪手だった。

 パキンッという音と共に凍華は半ばから断ち切られ、俺もそのまま左半身を斬られてしまう。

 美咲は俺の左肩から侵入し、心臓を切り裂いて止まる。

「ぁ……」

 視界が反転し、俺は空を眺めていた。

「ふん……」

 そんな俺を興味がなくなったように一瞥してから、魔王は背を向ける。

 どんどん暗くなっていく視界の中、歩き去る音だけが耳に残った。




《にい……さ……ん……契約を……命だけは、それで……》

【魔刀凍華から契約を申し込まれました。承諾しますか?】

 このままじゃ終われない……契約する。

【魔刀凍華との契約中……成功しました。対価として、左腕を失いますが存在しないためLv・ステータス・スキルを使います……】

【魔刀凍華との契約により、治癒を開始……傷が深すぎ魔力が足りないため、一命を取り留めるレベルで実行しました】

 そう、俺は……このままじゃ終われない。

 なぁ、そうだろう……?

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