VS魔王
魔王と思われる褐色の大男に対して、刀を振るうがやはりそれも簡単に避けられてしまう。
それに対して内心で舌打ちをしつつも背後を確認するが、未だに柏木はその場で左手を抱きかかえ蹲っていた。
《いい加減、邪魔ですね》
凍華の言葉には全体的に同意だが、それを口に出すのは些か辛辣すぎる気もした。
そもそも、柏木がその場に居続けるという事の何が邪魔かと言うと、俺がここから動けなくなるのだ。
俺が到着する前の状況的に、目の前でこちらを面白そうに口元を歪めて眺めている魔王は勇者である柏木を殺そうとしていた。
それの証拠に、隙さえあればちょくちょく柏木に向かって曲剣を振るっている。
おまけに、周りにいる魔物も柏木を狙って近寄って来たりするのだから、やり辛いってレベルじゃない。
《コレを守る必要ってあるんですか?》
もう何度目になるかもわからない斬り合いをした後に、凍華が言葉を漏らす。
俺が知る限り、凍華と柏木は直接話した事がなかったはずだったが何でそこまで毛嫌いしているんだろうか?
《こんな弱い勇者なんて、今のうちに死んでおいた方が後々のためになるんじゃないですか? 他の勇者達がその死を乗り越えて更に強くなるとか……》
「……凍華、柏木と何かあったのか?」
《……いえ。ただ、何となく気に入らないんです》
返答に若干の間があった事が非常に気になるが……。
そもそも、俺には柏木を守る義理も何もないんだが、美咲に『みんなを頼む』と言われているし、それを引き受けて飛び出してきた手前、ここで見捨てる事は出来ない。
さて、どうするかと考えて居ると魔王が俺に急接近し、その手に持った曲剣で俺の首を確実に切り裂こうとしてくる。
それを凍華で受け止め、ギリギリとお互いの得物が力を込められて微かに震えるのを見ながらも魔王を睨みつける。
「ふっ……いい加減、ソレを守るのは辞めたらどうだ?」
魔王の視線が柏木に向いた事で、何を言っているのか理解できた。
「生憎……っ! これを捨てると、怒るヤツがいるんでねっ!!」
「フム……だが、ソレを守りながらでは我を倒す事は出来ないぞ?」
「んなこと……わかってるよっ」
ありったけの力を込めて魔王を押し出し、凍華を水平に振るう。
それを何かを考える顔をしながらも避ける魔王。
その態度に舌打ちをしたくなるのをグッと我慢する。俺と魔王には、余裕を持つことができる程の戦力差があるという事で、それを認めてしまうという事は敗北に繋がる大きな隙を生みだす事に直結するからだ。
「ならば……」
魔王が口を開くのと同時に、その姿が視界から消える。
「しまっ……!!」
即座に振り返ると、そこには柏木の背後で曲剣を振りかぶった魔王が居た。
「これなら、どうだ?」
振り下ろされる曲剣。
その光景は、罪人を断罪するかのようだ。
「くそっ……がぁっ!!」
間に凍華を差し込む事はもう間に合わないと即座に判断し、左手を潰されても気を失っていない柏木の上部さを信じて、蹲る柏木の腹を思いっきり右足で蹴り飛ばす。
ゴキュッという音と俺の足に何かが折れる感覚が伝わるのと同時に、曲剣がその首を落とすよりも早く柏木は城壁へと向かって飛んで行く。
「……っ!!」
足を変に止めずに振り切る事で曲剣に斬られるのを回避し、その勢いを利用して右足を大きく振り上げて、曲剣に向かって踵を振り下ろす。
ゴンッ! という音と共に地面にめり込む曲剣に右足を接地させ、そこを支点に身体を前へ。
「オラァッ!!」
そのまま、凍華を振るう。
武器に執着するヤツや反応が普通くらいのヤツだったら、コレで首を取る事が出来ただろう。
だが、魔王はそのどちらでも無く素早く曲剣を手放すと大きく後ろへと跳ぶ。
それにより、凍華は魔王の胸を軽く斬るだけに留まった。
「チッ!」
コレには、流石に舌打ちが出た。
実際、俺の渾身の一撃だったし、コレを回避された後のプランを考えて居なかったのだ。
「ほぉ……」
咄嗟に曲剣を足場に大きく魔王に向かって飛んだ俺は上空で凍華を振りかぶる。
「中々やるが……戦場で地面から足を離すのは愚策だな」
「なに……っ!?」
魔王は上段から振り下ろされた凍華を左手の親指と人差し指で掴んで止めると、余っている右手で俺の右手首を掴み、力任せに地面へと叩きつけた。
「がはっ!!」
右手に引っ張られるように地面に叩きつけられた俺の肺に入っていた空気が全て吐き出され、一瞬だけ窒息状態に陥る。
だが、そこで悶えている時間をくれるような相手ではなかった。
魔王は叩きつけるのと同時に俺の右手首から右手を離しており、その手を固めて大きく振りかぶっていたのだ。
狙いは……俺の顔面かっ!!
「――っ!!」
無様に地面を転がるのと同時に、地面が爆ぜる音。
「ゲホゲホッ! オエッ……!!」
咽ながら、身体を起こして魔王のほうに視線を向けるとそこには肘まで地面に陥没させた姿。
コイツは、本当に化け物だと俺の本能が全力で警告を慣らす。
ソレと同時に俺の中にあった生存本能が機能し始め、身体をガタガタと震わせ、それに合わせるように視界がぶれ始めた。
「お前は、やはり危険だな……ここで、殺す事にしよう」
右腕を引き抜き、曲剣を回収した魔王が真っ直ぐに俺を見つめる。
それによって、俺の身体の震えは更に大きくなる。
「くそっ! くそっ!! 止まれっ!!」
左腕で右腕を抱くようにするが、震えが止まる気配は一切ない。
「……」
視界から再度、魔王が消え……次に捉えた時は俺は完全に懐に入られていた。
「うわああああああああああっ!!」
死ぬ――
そうハッキリと感じた俺は反射的に左腕を伸ばしてしまう。
「ぁっ……」
《兄さんっ!!》
ザシュッという音と共に俺の視界に自身の左肘から先が飛んで行くのが映る。
「ぁ……ぁぁぁあああぁぁぁあっ!!」
瞬間、肘から先を失った左腕からは噴水のように血が噴き出し、俺自身にはとてつもない激痛が襲って来る。
「ぐぞがあああああ!!」
涙で歪んだ視界一杯に魔王を捉えながら、俺は地面を蹴って魔王へと飛び出し残っている右腕で凍華を振りかぶる。
がむしゃらだった。
必死だった。
左肘から先が無くなるという経験した事がない事態を受け、完全にパニックだったのだろう。
激痛で判断能力が鈍っていたというのもあるだろう。
それ以外に、この時に俺が動けた理由がわからない。
「ふんっ……」
パニックに陥って振るった凍華が魔王に当たるなんて事無く、一歩下がる事で簡単に避けられた。
空ぶった凍華を呆然と見ていた俺は、魔王が持つ曲剣に右斜め上から斬りつけられ――
「がっ……!!」
腹を思いっきり蹴られて、奇しくも先ほど蹴った柏木と同じように城壁へと向かって飛んで行くのだった。
 




