二人の物語は始まる
外に出ると、強い日差しが俺を照らす。
まだ、5月だというのに今日は暑くなりそうだ。
「あ、裕くん。お話は終わったの?」
玄関を出てすぐに美咲は立っていた。
「ああ。お待たせ」
「ううん、それじゃ行こう!」
美咲は行こうとは言うが、俺が歩き出すまで自分も歩き出さない。
昔から、そうなのだ。
俺の少し右後ろを付いてくるように歩く。
「今日の一時限目なんだっけ?」
「えーっと、確か数学だったはずだよ」
「うげぇ、数学は嫌いなんだよなぁ……」
「裕くんの数学嫌いは昔からだよね~。いや、高校に入ってから悪化したかな?」
いつもと変わらない他愛ない会話をしながら通学路を歩く。
いつもと変わらない日常。
いつもと変わらない美咲が傍にいるという光景。
それが、当たり前だと俺は思っていたしいつまでも続くものだと思っていた。
角を曲がれば同じ高校の生徒が見えるというところで俺たちは一旦止まる。
「美咲、ここからは別々だ」
「えぇ~! もういいじゃん!」
俺と美咲は同じ高校で同じクラスだが、学校で会話をすることはない。
理由は多々あるが、大きなところだと二つ。
まず、俺と美咲が幼馴染だということを隠していること。
そして、もうひとつは高校生特有のカーストというくだらない物だ。
美咲は幼馴染という俺の贔屓目を無しにしても美少女だ。
運動はあまり出来ないが、頭は凄くよくクラスメイトや先生からの信頼も厚い。
その点、俺はどうだろうか。
顔は平均だと自分では思っている。
勉強・運動も平均。
クラスメイトや先生からの信頼も平均。
まぁ、言ってしまえば平々凡々なモブキャラなのだ。
そのため、カーストも下から数えたほうが早い。
俺と一緒にいると、美咲のカーストにも影響が出てまだあと一年もある高校生活に支障が出てしまうかもしれない。
だから、ここからは赤の他人を装うのだ。
「私、別に気にしないもん……」
美咲は、いまだに納得できていないのかふてくされている。
「私、カースト? とかどうでもいいし……裕くんと居られるならそれで……」
どこか懇願するような顔で俺を見つめてくる美咲に対して、俺は罪悪感を感じる。
違うんだ、と。
本当の理由はそうじゃないんだ、と。
俺が美咲と一緒に居たがらない本当の理由は実はそこではない。
もちろん、美咲に言った部分もあるがそれは主な理由ではない。
自分が、哀れに思えてくるのだ。
やろうと思えば何でもできる美咲と平凡な自分。
もしかしたら、誰も比べないかもしれない。
でも、俺が……自分自身が比べてしまうのだ。
俺は、『自分を守るため』に突き放している。
「……とにかく、頼むよ」
「……わかった。でも、先に行ってね?」
「わかってる」
美咲に頼んで、納得してもらう。
俺が先に行く理由は聞いても教えてくれないが、それはいつものことだからこの際どうでもいい。
歩き出して少し距離ができたところで美咲も歩き始める。
角を曲がると、誰も俺を気にしないが美咲には誰もが挨拶をする。
先輩や後輩で美咲を知らない人でも、ついつい横目で見てしまう。
わかっている。
こうなっているのは、俺が『何もしてこなかった』で見た目とかそういうのは全然関係ない。
だから、美咲じゃなくて俺が悪い。
でも……そう理解はしていても、俺は何も出来ずに居た。
そんな自分が嫌で、後ろから感じる美咲の視線から逃げるように早足で学校へと続く道を歩いた。
「……」
教室のドアを開けると、先に来ていたクラスメートがこちらを見てくるが、俺だということがわかるとすぐに自分たちがしていた談笑に戻っていった。
俺の席は、窓際の後ろから二番目だ。
くじ引きだったとは言え、いい席をゲットできたと自負している。
ちなみに、俺の後ろは美咲だ。
誰かが話していたのを聞いただけだが、最初のくじで美咲は別の席だったらしい。
それを、誰かと交換して俺の後ろを確保した……らしい。
自分の席に座るのと同時に教室の扉が勢いよく開かれる。
「おっはよー!」
それと同時に元気な声で挨拶。
その声に答えるようにクラスメイト達が挨拶を返していく。
美咲はその声を聞きながら、あるいは返しながらこちらに歩いてくる。
横目で観察すると、どうやら走ってきたらしく少し肩で息をしていた。
目が合う。
『どうして、先に行っちゃったの』
という目をしていたが、無視。
態度にムッとした感じの美咲が自分の席に座りながら俺に文句を言おうとした瞬間――。
「おはよう、桜木さん」
俺と美咲の間に一人の男性が割り込んできた。
細身だが筋肉はついており、身長が高くイケメン。
このクラスの女子に一番人気がある男子生徒だ。
名前は……えーっと……。
「おはよう、柏木くん」
あぁ、そうだ。
柏木 春斗だ。
「今日は、少し疲れてるみたいだけどなにかあったのかい?」
「あはは~、ちょっと走って登校したからね」
「走って……? まだまだ時間があるのに?」
「まぁ、ちょっと色々あってね」
チラリと美咲が俺のほうを一瞬だけ見た。
それに目ざとく気づいた柏木 春斗君。
柏木は俺にカラダを向けると、上から睨みつけてきた。
「また君か。いい加減、桜木さんに付きまとうのをやめたらどうだい?」
「はい? どうしてそうなった」
はい、始まりました。
この柏木 春斗だが、無駄に正義感が強い。
そして、人を疑うということを知らない。
「前にも言ったと思うけど、君が桜木さんに付きまとっているという話はクラスの人から聞いているんだ」
あ~、前にも言ってましたね。
「それ、勘違いだって前に言わなかったっけ?」
「大方、今朝桜木さんをストーカーしたんだろ。言っておくが、それは犯罪だからな?」
はい、俺の話を聞いてないですね。
「あ、あの~、柏木君?原因は一ノ瀬君じゃ……」
「桜木さんは脅されているんだね……彼を擁護するように」
「え、えぇ……」
美咲がなんとかしようと口を開くが、柏木はそれを遮る。
てか、お前の頭の中どうなってんだよ。
「今日という今日は許さないぞ! 一ノ瀬 裕、お前の罪をここで――!」
柏木が何かを言おうとした瞬間にスパーン! といい音がした。
そして、頭を押さえてしゃがみ込む柏木。
「あ、美紀ちゃんに由美ちゃん」
美咲の言葉を聞いて視線を横にずらすと、そこには丸めたノートを持ったショートカットの女の子――野宮 美紀と黒髪ロングのストレートの低身長の女の子――佐々木 由美が立っていた。
「美咲に一ノ瀬君。このバカが迷惑かけたわね」
野宮がため息を吐きながら謝罪してくる。
「ううん、大丈夫だよ」
たはは~と笑いながら、美咲が返事をする。
俺もうなづいておく。
「美紀! 痛いじゃないか!!」
ダメージから復帰した柏木が野宮に文句を言う。
「うっさい! 幼馴染のあんたがそんなだから、私たちは苦労するんだからね!」
ちなみに、柏木・野宮・佐々木は幼馴染らしい。
「そんなってなんだよ?」
「はぁ~、もういいわ……」
あ、野宮が投げた。
柏木と野宮のやりとりを眺めていると、いつの間にか美咲と佐々木が話していた。
佐々木は野宮と違って静かな子だ。
「美咲、ごめんね……」
「いやいや、ほんと大丈夫だって!」
「一ノ瀬くんもごめんね」
「あ~、気にしなくていいよ」
俺と美咲がそう返すと、佐々木はほっとしたように微笑んだ。
その笑顔はマジで天使。
「桜木さんはともかく、なんで一ノ瀬にまで謝るんだ」
どこかムスッとした感じで柏木が言う。
それに対して野宮がため息を吐きながら説明しようとした所で――
「な、なんだ!?」
「床が光ってる!!」
――教室の床がいきなり光りだした。
なんかやばい。
そう思った俺は咄嗟に美咲に腕を伸ばす。
「美咲っ!!」
「裕くんっ!」
お互いが腕を伸ばし、その指先が触れるかどうかという時に視界が真っ白に染まった。
こうして、俺――いや、俺たちは異世界に飛ばされてしまったのだ。
 




