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恐怖心

本日は、夜にもう一話更新する予定です。

よかったら、そちらも読んでいただければとても嬉しいです。

 柏木かしわぎ 春斗はるとは焦っていた。

 王都付近に出現した魔物の大軍を相手にジリジリと後退しつつもその数を確実に減らしていき、あと少しで殲滅できると思われたのが、つい一時間前。

 だが、城門前へと前線が後退した瞬間に突如として、何もない空間から最初に相手をしていた魔物よりも多くの魔物が出現したのだ。

 その中でも異質の威圧感を放っている褐色の男――後に自分で『魔王』と名乗った男の強さが尋常ではなく共に戦っていた兵士はやられて行き、ついには杖の勇者である佐藤さとう 麻耶まやさえも殴り飛ばされて王城の方へと飛んで行ってしまったのだ。

(つ、強さのレベルが違い過ぎる……!!)

 勇者と呼ばれ、順調にレベルを上げ、訓練も多くこなしてきた事で慢心していた部分もあっただろう。

 だが、まさか杖の勇者という遠距離専門の勇者でさえたった一人の男に歯が立たなく、あっさりとやられてしまった事に驚きを隠せなかった。

(俺は……俺たちは……魔王という存在を軽視していたのか……?)

 この時、柏木を含めた前線に出ている元クラスメイト達は自分たちがこの世界を心のどこかで『ゲーム感覚』で認識していた事を自覚した。

 そして、戦場においてその『自覚した』というのは大きな隙を生み出してしまう。

「う、うわああああ!!」

「いやあああああ!!!」

「来ないで……来ないでえええええええ!!」

 恐怖心。

 今まではゲーム感覚で苦戦する相手もいなかった事から心に余裕を持っていたクラスメイト達だったが、ここに来て『これが現実である』という事を自覚してしまったがために恐怖心が一気に押し寄せて来たのだ。

 それにより、武器をがむしゃらに振り回す者、泣き叫ぶ者、その場に座り込んでしまう者などを多く生み出してしまった。

「……っ! みんな! 落ち着くんだ!!」

 柏木はこのままではいけないと判断して、全員に冷静になるように呼び掛けるが、恐怖心に支配されてしまったクラスメイト達にその声が届く事はない。

「くそっ……!」

 他の勇者たちに目を向けるが、彼ら彼女らは恐怖心にどうにか抗っているが目の前の敵を捌く事で手一杯のようだ。

「ぼ、僕がどうにかしなくちゃ……」

 柏木は震える手で聖剣を握り直し、眼前でこちらを眺めている魔王を見据える。

「ん……?」

 柏木の視線に気づいた魔王は首を傾げる。

「お前、まだやる気なのか?」

「ぼ、僕は……勇者だ!!」

 自分に言い聞かせるように叫ぶ。

 それを聞いた魔王は口を歪め、この世で一番面白い事を聞いたと言わんばかりに笑いだす。

「ふ……ふはははっ! 貴様が勇者? 貴様が俺の宿敵? 笑わせるなっ!! 貴様のように……貴様らのように弱い者が俺の宿敵なわけがないだろう!!」

「なにを……っ!?」

 魔王が消えた。

 柏木の目は確かに先ほどまで大笑いをする魔王を捉えていたが、いきなりその姿は居なくなっていた。

「どこを見ている?」

「――っ!!」

 背後から声を掛けられた柏木は、反射的に聖剣をそちらに振るう。

 だが、それは魔王の右手に受け止められた。

「この剣……確かに聖剣だが、まだまだ幼いな。アレか? 勇者がこんな様だから碌に成長できていないのか?」

 聖剣を受け止めたまま思った事を口にする魔王。

 その言葉は柏木の心を壊すには十分すぎた。

「き、貴様ああああああ!!」

 訓練に耐えて来た。レベルアップをしてきた。成長していると思っていた。

 それらの自信を打ち砕くには十分すぎた言葉を聞いた柏木は、聖剣の柄から左手を離し、そのまま魔王に殴りかかる。

「ぬるい」

 柏木にとって、渾身の左ストレートだった。

 だが、それは魔王の左手によっていとも簡単に受け止められ、そのまま左握りこぶしを掴まれてしまう。

「まぁ、勇者なら倒しておいて損はない」

 ギリリ……と魔王が左手に力を籠め始めた事に気づいた柏木は急いで左腕を引こうとするが、その腕はビクリとも動かなかった。

「そんな……!!」

 勇者になってから、柏木の力は異常とも言えるほどに強くなっていた。

 壁を軽く殴れば、石であろうとなんであろうと簡単に吹き飛ばせた。

 軽く走れば、オリンピック選手よりも速く走る事ができた。

 なのに、魔王に握られただけで動けなくなった事に驚愕する。


「とりあえず、左手だな」


 魔王の呟きと共に、左手が嫌な音を立てて握り潰される。

「ぐ……ぐぎゃあああああああ!!」

 今まで上げたことがないような悲鳴を上げ、柏木は聖剣を手放してその場に蹲る。

 震える身体を動かして、自分の左手を見る。

「ひっ……!」

 左手は握りつぶされ、指の骨は砕け散り皮膚を突き破ってあちこちから飛び出していた。

 原型をとどめている部分は無く、辛うじて手のひらだった部分がわかるくらいだ。

「ぼ、僕のひっ……ひ、左手が……」

 気絶出来たら、どれだけよかったのか。

 柏木は気絶する事は許されていない。

 剣の勇者という称号には、最後まで戦い抜けるようにどれだけの精神的ダメージや肉体的ダメージを負っても気絶する事を阻止する効果が入っているのだ。

 今までそんな激戦をした事がない柏木は知らない事だが。

「む、無理だ……勝てない……」

 故に、柏木は痛みで震える身体を丸めて諦める事しかできない。

「……」

 ガタガタと震える柏木を見下ろす魔王の目はとても冷たかった。

 まるで、道端で嫌いな虫の死骸を見た時のような目だ。

「死にたくない……死にたくない……」

 柏木の心は完全に壊れていた。

 死にたくないと連呼しながら身体を震わせるその姿は、とても勇者とは言えない有様だ。

「もういい……死ね」

 魔王は腰に差していた曲剣を引き抜き、大きく振りかぶる。

 他の勇者達や戦える者は、柏木の悲鳴が聞こえた段階で助けようとしていたが、魔物に行く手を塞がれ中々走り寄れない現状。

 仮に今から走り寄る事が出来たとしても、魔王が振り下ろす曲剣を止める事は出来ないだろう。

「――っ」

 魔王が曲剣を振り下ろし、柏木の首が落ちるのを幻視した勇者達。

 だが、そうはならなかった。

「……何者だ?」

 突如として、柏木と魔王の間に誰かが入り込み、振り下ろされた曲剣をその手にもった《刀》で弾いたのだ。

「……っ!」

 そこからは、一瞬だった。

 乱入してきた男は無言で一歩踏み込み、刀を振るう。

 それを一歩下がって避けた魔王を追撃するように男も一歩踏み込んで再度刀を振るう。

 魔王はそれを受け止め、一瞬驚いた後にニヤリと笑った。

「……見てくれは違うが……貴様かっ!!」

 刀を押し出すようにして弾き、曲剣を振るう。

 男はそれをひらりとバク転して避け、柏木の目の前に着地し刀を構え直した。

「……お前が魔王か。ウチのクラスメイトを手ひどくやってくれたみたいだな」

 目線を魔王から外さずに低い声で発する男。

 それに対して、魔王は面白い物を見るように笑う。

「お前が勇者共の心配をするのか……? ふはははっ! 貴様っ! どういう風の吹き回しだ!」

 魔王の言葉に対して、ピクリと眉毛を動かした男は先ほどまでの真剣な顔とは打って変わって呆れたような顔をしてため息を吐く。

「こいつらに何かあるとさ……」

 男は姿勢を低くする。

 それに対して、魔王は何か来ると判断して腰を少し落とし曲剣を前へと出す。

 その姿は、男が何をしようと絶対に受け止めるという確かなる意志が表れていた。

「美咲にどやされるかもしれないんだよっ!!」

 男――一ノ瀬 裕はそれを感じながらも叫びながら踏み込み、一気に刀を振るった。

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