エピローグ:物語の始まり
12月31日午前8:20。
沙織は年末のその日に荷物を持って家を出た。家族には事前に了承を得ており、その足取りは何の後ろめたさもないように軽い。年末という事もあっていつもの倍は人が多い街並みを見ながら、人込みの中を進む。
人の流れとは逆にとある住宅街に踏み込み、しばらく歩いた後に辿り着いたのは大きな背の高い塀に囲まれたここら辺では見ない日本屋敷だった。
住宅街の中にあるソレは普通ならば嫌でも目に付くはずだが、周りを歩いている幾ばかの人は誰もそちらに目を向けたりはしない。
ユウ曰く「人の認識を多少薄くする魔法がかけられている」との事だが、沙織としては多少薄くなった程度でここまで認識されないものだろうか? と疑問を持っている。
「凍華ちゃん!」
「サオリさん。おはようございます」
塀を回って入口の方に向かえば、そこにはいつもの白い生地に青色で雪の結晶が散りばめられた着物を着た白髪の少女が箒を持って立っていた。
季節はすっかり真冬であり、その恰好を見て寒くないのだろうか? と思って前に聞いた事があるが、彼女たちは「魔刀ですので」と笑うだけで沙織も今ではそういうものと考えるようになっていた。
「サオリさんがいらっしゃったという事は……そうですか、もう今年も終わるんですね。いけませんね……こうも平和だと時間感覚が鈍ってしまいます」
「そうなの?」
「ええ。外敵を警戒しなくてもいいというのは気が緩む物ですから、そこから段々と様々な事に対して緩んでいくんです。あ、兄さんなら庭に居ると思いますよ?」
凍華が案内します、と言って歩き出し、それに続いて門を潜り左側に曲がってしばらく歩くとそこには目的の男が立っていた。
再会した時に来ていたコートは着ていないが、それでも黒いズボンとシャツ姿のユウは右手に持った刀状態の白華を真っ直ぐに立てて目を閉じている。
庭に面した場所にある縁側では翠華が寝華を膝にのせてその姿を見ている。
「―――」
どこか幻想的な光景の中で、ユウは目を開きゆっくりと動き出す。
腕がブレた、と沙織が認識した時には無数の銀閃が宙を舞う。いつかのどこかで沙織が見た剣舞よりも何段階も早く綺麗だった。
「勘は落ちてないな」
『そんな簡単に落ちたら困るよ~』
毎朝、こうやって魔刀を振るうのがユウにとって日課だと沙織は聞いていた。
戦いがない平和な世界に来たのだから、別に必要がないのではないかと聞いた事もあったが「いざという時に動けないと困る。それに……こうしている時は桜花と繋がってる気がするんだ」と返されてそれ以降は何も言えない。
ユウの子供である桜花は世界が巻き戻った後から会えていない。だが、魔刀を振るっている時には繋がっていると感じるらしいからどこかに居るとユウは言う。
沙織としても会った事は一瞬しかないが、そうだといいなと思っていた。
「ん……沙織、もう来てたのか」
「もうって……約束の時間だよ?」
「ユウは時間間隔が無いからね~」
「白華には言われたくないな……」
人型になった白華にからかわれてユウが嫌そうな表情を浮かべた。
「そんなことよりお家に入りませんか? いつまでもサオリさんを外に、というわけにもいかないでしょう」
「む……そうだな」
凍華の言葉に従って歩き出したユウに付いて家に入り、居間に通されると白華は我先にと置いてある炬燵に入り、それに苦笑しながら凍華と翠華はお茶を淹れるためにキッチンに行き、ユウも寝華と一緒に炬燵に入った。
「そうか……沙織が来たという事は今日で今年も終わるのか」
凍華が淹れたお茶を飲みながら不意にユウがそう言った。
「ふふ……」
「なんだよ?」
「ううん。さっき凍華ちゃんも同じ事を言ったから。兄妹なんだなぁって思っただけ」
「む……」
どこか照れくさそうにしながらユウは再度お茶を啜る。
「今の私たちは半分くらい兄さんによって構成されてますからね。実質、本当の兄妹と言っても過言ではないでしょう」
「そうなの?」
「ええ。私たちは元々一人の女性が持つ感情から生まれました。世界がやり直される際に消えるはずだったのですが……」
「もう個別の人格を構成しちゃってたからね~」
「白華の言う通りです。既に個として確立してしまっていました。なので、再構成されるのですが元々あった女性のリソースは使えません。なので、持ち主であった兄さんの情報を代用しているんです。人間風に言えば女性の遺伝子を使っていた部分を兄さんの遺伝子に置き換えたという事ですね」
「それじゃあ、本当に兄妹だね」
「ええ」
嬉しそうに笑う凍華を見て、沙織の心も温かくなる。
あの戦いしかなかった世界ではこんな笑顔を見る事も出来なかっただろうと思うからだ。
「あ、サオリさんが泊まる予定のお部屋にはあとでご案内しますね」
「う、うん……」
そう、沙織は今日から数日間この家に泊まる。
自分が忘れていた時期――正確には、世界がやり直された際にユウが何をしていたのかを聞くためだ。
知りたいからと自分から言い出した事だったが、想い人の家に泊まるというのは彼女にとって中々に緊張する事だった。まぁ、あの世界でもっと狭い家で一緒に過ごした時期があるじゃないかと言われたら何も言い返せないのだが……。
「それよりも、先に少しだけ話しておいた方がいいだろう」
沙織のそんな気持ちを知ってか知らずかユウがそう口にする。
「全部話したら相当な時間になるだろうしな」
「事前に聞いてたけど、そんなに長いの?」
「まぁ……」
ユウが大きな窓へと目を向ける。
そこには雪がわずかに振りだしていた。
「どこから話したもんかな……」
「どこからでもいいよ。ユウが話したい所からで」
「そうだなぁ……それじゃあ、世界が再構成された後、俺はとある森で目を覚ましたんだが―――」
ユウは語り始める。あの世界が始まったあの日から。
世界はこうして巡り始める。
男の口から語られるのはたった一人の女性のために繰り返された世界の物語。
だが、この瞬間から始まるのはユウと沙織の二人の物語。
黒く美しい長い髪を持つ少女は遥か遠くの空からそんな彼らを見守った。
いつかまた出会える日を夢見て。
これにて『君のために繰り返す~前世から続く物語を終わらせます~』本編完結となります。
色々な事があって完結まで遅くなってしまいましたが、126件のブックマークをしてくださった読者の皆様と感想を書いてくださった読者の皆様。そして、ここまで読んでくださった皆様のお陰でここまで来る事が出来ました。
色々と完結した感想などありますが、そこら辺は長くなりそうなので活動報告に書きたいと思います。
これからはオマケとしてユウがやり直された世界で何をやっていたかなどをたまに更新しようかな、と考えておりますので、完結済みにはせずに置いておこうと思います。
よければ、読んでいただけると嬉しいです。
小ネタではありますが、第一章のサブタイトルと最終章のサブタイトルを見比べてみると実は……。
ではでは、ここまでお付き合い頂きありがとうございました! 感謝感激です!
新作である『推しのために二度人生を賭けるのは間違っているだろうか』も投稿しているので、そちらもよければよろしくお願いします!
皆様とまた物語を通して会える日を心待ちにしております!!




