表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
258/259

あなたのいない日常④

「酷い人ね。あら? 貴方を人と呼ぶのはおかしいかしら?」


 自らの記憶を思い出すという旅に出た沙織をユウが眺めていると、そんなことを言いながらカウンターでグラスを磨いていた金髪の女性がそっとテーブルにホットコーヒーを置いた。

 酷い人――それをユウはあの地獄のような日々を思い出させるという行為についてだと判断し、目の前に置かれたティーカップを持ち上げながらた溜息を吐く。


「酷い行為ってのはわかってるよ。誰も、あんな殺伐とした世界の記憶なんて思い出したくないだろうしな。きっと……俺が、適当に語ってやれば良かったんだろうな」

「そういう意味で言ったわけじゃないのだけれど……大体、記憶を呼び起こすのを望んだのはその子でしょう? 貴方がそれで気に病む必要はないんじゃないかしら」

「じゃあ、何に対してだよ?」

「本当はもっと早く会いに行けたのに会いに行かなかった事についてよ」

「……?」


 コーヒーを口に含みながら首を傾げるユウに対して女性――やり直される前の世界で“神”と呼ばれていた女性は溜息を吐く。


「なんだよ?」

「貴方は戦う事以外は本当にダメダメなのね……恋愛に関してはイアン以上にダメダメよ」

「なっ……!? お前の恋人兼護衛の鈍感男よりは酷すぎるだろ!!」


 お前らもそう思うよなぁ!? とユウが周囲に座る少女たちに目を向けると、彼女たちは苦笑いを浮かべるだけだった。


「ユウ……ドンカン……」

「なん……」


 彼女たちの言葉を代弁するようにいつも寝ている寝華(すいか)が一瞬だけ目を開けてそう呟く。


「あの……大変言いにくいのですが、兄さんは前からその……」

「まぁ、ご主人様(マスター)はそういう所がありますよね」

「あはは、ユウは鈍感だー!」


 上から凍華(とうか)翠華(すいか)白華(しろか)に言われてユウは言葉を無くす。その後、形勢不利を悟ったように黙ってマグカップに口を付けた。


「戦う事は一流なのに……」

「戦う事だって俺以上に強いやつなんてそこら辺に転がってるだろ。特別、それに秀でているとかじゃない。もし、そうなのだとしたらソレは凍華たちが――――」


 そこまで言って、ユウの視界を丸いお盆が遮る。

 何をするんだ、と抗議的な目で女性を見ると彼女は真剣な目でユウを見ていた。


「確かに、貴方より強い存在は()()()()しれないけれど……私たちを救ってくれたのは貴方でしょう? だから、そんな事を言うのはよくないわ」


 まぁ、そんな存在は居ないだろうけれど。と女性は内心で思う。

 この世界に来るまでに見てきた彼の戦いはハッキリ言って異常だった。およそ、その見た目と自己申告で言われる年齢で極められる練度ではないしあまりにも戦い慣れしていたからだ。

 今はこうして呑気にコーヒーを飲んでいる男がいざ戦いとなれば悪魔になる。意思ある剣を複数使いこなし、あらゆる敵を屠ってきた。本人は『俺には複数の“俺”という存在が歩んできたあらゆる技術が蓄積されてるんだよ』なんて言っているが、それもどこまで本当の話かはわからない。


(だって、()()()()()()が蓄積されてるなら、恋愛に関してここまで鈍感になる事なんてないはずだし……まさか、全員が全員鈍感だったわけじゃないでしょう)


 実際には全員が全員鈍感だったわけだが、そんなことを女性もユウも誰も知るはずがない。

 内心で失礼な事を考えられているとは気づいていないユウは、マグカップをテーブルの上に置いて女性に謝罪した。


「そうだな……悪かった。俺が自分を卑下すると、俺に助けられたお前たちも下げる事になるってバードも言ってたな」

「そういう事よ。あの偏屈もたまにはいい事を言うのね」

「バードさんは博識で面白いですよ?」

「凍華ちゃん。アレは自分が興味がある事しか知らないから博識とは言えないわよ」

「そうなんでしょうか……?」


 そんな二人の会話を聞きながらユウは不意に外へと目を向ける。街を行き交う人々の姿がガラス越しに見えるが、彼らは誰もこちらに視線を向ける事はない。普通の人が一目惚れ間違いなしの金髪美人が居るにも関わらず、だ。

 それもそのはずで、この店は許可された人間以外には認識が薄くなるように魔法が使われている。本当に薄くなる程度だが、人間なんて薄くされるだけで認識出来なくなるもんだとこの魔法を掛けた男性は言っていた。

 誰も視線一つ向けないのを見ながら、ユウはその通りだったなと思う。それと同時にガラスに写る自分の顔を見た。


「歳を取ったな……」

「むしろ、1000年過ごしてようやくその見た目っていうのが驚きだけれど……天使族(私たち)だってそれだけの年月を過ごしたらもう少し老けるわよ?」

「兄さんは2歳ほどしか見た目が変わってませんね」

「一体どういう構造をしているのかしらね? これで自称が人間なのだから意味が分からないわ。知ってる? 多くの仲間たちは貴方から人間という種族を聞いてからこの世界に来て想像していた種族と違って混乱していたのよ?」

「知ってるよ……ケーニィに『あの老人は何億年生きてるんだ!?』って初日に言われたからな」

「貴方がその見た目で人間を自称するからよ……」


 呆れた目から逃げるようにユウはそっと目を逸らす。

 本人にだって自分がどういう存在なのかなんてわからなかった。あの日、神の記憶を全て消した後に消滅するもんだと思っていたユウは気づいた時には見知らぬ森の中に居た。その後、色々あって元神達に出会い、情報を整理した結果そこが遥か昔だという事に気づいたのだ。

 つまり、神が生み出した人間族なんてもんは存在していない。

 困りに困ったユウはとりあえず自分を人間という種族であると定義付けした。というのも、同じく何故か過去に飛ばされていた凍華から『自分が何者であるか定義しなければ存在が曖昧になって消えてしまいます。ここには兄さんを知る者は誰も居ないのですから』と言ったからだ。人間が本当の意味で死ぬ時というのは誰からも忘れられた時だと言うが、あの時のユウはまさにその状態だったのだ。


「流石に指先から薄くなっていくのは怖かったな……」

「一体何の話?」

「お前らと出会った直後の事を思い出してただけだ」

「ふぅん……?」


 そんな話を女性としていると、沙織がゆっくりと瞼を開け身体を起こす。

 寝ぼけ眼で周囲を見た後、ユウの顔を捉えてハッとした顔をした後に泣きそうな顔になる。


「全部思い出したか……」

「うん……ごめんね。私、絶対に忘れないって言ったのに……」

「それは仕方ない事なんだ。あの門はアッチの世界についての全てを忘れる魔法が掛けられてたしな」

「そうだったんだ……」

「すまん。俺は全て知っていて沙織をあの門に押し込んだ」

「ううん。あの時はアレが一番だったって私にもわかるから……」


 ふと、そこで沙織は首を傾げる。

 でも、ユウの話では全て忘れるはずだ。でも、自分は断片的に覚えていた。なら、あの門に掛けられていた魔法は不完全だったのだろうか?

 その疑問をユウに話すと、答えは白華と女性から返ってきた。


「ソレは一時的とは言え、魂の共有をしたからだね~」

「魂の共有って……貴方、そんなことしてたの?」

「あの時は仕方なかったんだよ……」

「えっと……あの、貴女は……?」

「あぁ、コイツはあの世界で神やってた奴。名前は―――」

「メアって言うの。あ、一応言っておくと私には恋人が居るからそこの人とは関係を持ってないわよ」

「誰もそんなこと気にしてねーよ」


 実はこっそりと気にしていた沙織が安堵していたのだが、それに気づいているのはユウ以外の女性陣だけだった。


「あ、神崎 沙織です。よろしくお願いします」

「よろしくね。ところで、貴女の疑問だけど魂の共有をしていたなら納得がいくわ」

「そうなんですか?」

「ええ。一時的にとはいえ魂を共有――つまり、同じ存在になっていたのなら、別の世界でそこの人が生きている限り回路(パス)は繋がっている事になるからね。例え、あとに共有を断ち切ったとしても魔法的に結ばれた回路はそう簡単に切れないものなの。で、その回路を通じて貴女に記憶の流出が行われていたと考えれば納得がいくわ」

「なるほど……あ、じゃあ、私がたまに聞いていたあの音は……」

「間違いなく、そこの人が戦っていて耳にした音でしょうね」


 全てを思い出した沙織にはあの時の金属音が剣戟の音だと理解できた。だから、メアの話にも納得がいった。


「ユウはあの後も戦い続けたんだね……」

「まぁ、色々あってな。主にそこに居るやつのせいだけど」

「あら? 私の記憶を全て消さなければあの時代まで戻る事はなかったって結論が出ているでしょう? 原因は貴方にあると思うのだけれど」

「ちっ……仕方ないだろ。あの時はアレしか手がないって思ったんだよ。そもそも、全部消したら最初期に戻るなんてゲームかよ。普通に考えたらそんな発想にならないだろうが」


 愚痴を吐きながら量が減ったコーヒーに口を付けるユウを沙織は見つめた。

 記憶よりもやはり少しだけ歳を取ったような顔つきをしているが、その存在は間違いなく自分が知っているユウだった。


「ねぇ……」

「ん?」

「あの後、何があったのか教えてくれる……?」

「聞いて楽しい話でもないぞ」

「あら? 私たちと出会った事が楽しい事じゃないの?」

「良い事と悪い事があるからな。ちなみに比率は3:7だ」

「素直じゃないわね~」


 メアの言葉に同調するように白華も「素直じゃなーい」と声を上げる。何かと人懐っこい白華は天使族の中でもメアに懐いてしまっている。ユウにとっては由々しき事態だった。


「それでも―――」


 沙織が口を開き、ユウの視線が彼女に戻る。


「――それでも、知りたいの。貴方がどうやって生きてきたのか」

「……わかった。でも、話すのはまた今度だ。もうそろそろ日が暮れる」


 ユウがそう言うと、沙織の顔に不安が浮かぶ。

 その不安がどういう不安なのかは流石のユウもわかっていた。というよりも「わかるよな?」という圧を沙織を除く女性陣から感じていた。


「大丈夫、大丈夫だ。俺はもう黙って消えたりしない。時間ならこれから沢山あるし、またちゃんと会える」

「本当に?」

「約束するか?」

「ユウは……優しい嘘つきだから約束はしない。でも、うん。信じる」


 過去に言われた言葉を思い出し、ユウは胸を締め付けられるような感覚に陥るが神崎 沙織という人間は間違いなく目の前に存在していると思い直して不器用に笑う。


「暇な時はここに来ればいい。ここまでの道順は帰り際に教えるよ」

「貴方は大体ここに居るものね。友達とか居ないの?」

「あいにく、こっちの世界で友達なんてもんはいないな」


 そう言い切って残っていたコーヒーを飲み干したユウが立ち上がり、それに続いて魔刀が全員立ち上がる。


「送ってくれるの?」

「……? そりゃ、当たり前だろ」

「兄さんは心配性ですからね」

「そっか……ありがとう」

「……ああ」


 はにかむ沙織の顔を直視出来なくて視線を逸らしながら、ユウはその手を取り歩き出す。


「またのお越しをお待ちしてます」


 そんなメアの声を背に受けながら、二人と魔刀達は人の多い大通りを歩き出した。

 もう、決して離れないようにその手を強く握りしめながら。

これであとエピローグのみとなりました。

最後までお付き合い頂けると幸いです。


新作も投稿していますので「これからもお前の作品を読んでやるか……」とマリアナ海溝よりも深い心を持ってくださる方はお付き合い頂けると嬉しいです!

そうでない方も一度読んでみてください!


新作↓

https://ncode.syosetu.com/n5676jh/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ