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二人の物語は終わる③

 名を失った青年はゆっくりと目を開ける。

 何もない真っ白な空間。前後左右さえ一瞬で見失いそうなほどに目印もない空間の中に青年は立っていた。

 気を抜けば一瞬で自分という存在さえ見失ってしまう空間であっても、青年は右手に漆黒の心刀を握りしめて歩き出す。


「……」


 青年には歩くべき道が見えていた。

 道しるべが無くとも、自身がどこに向かうべきなのかは不思議と明確だったからだ。歩き続けて……見つけた。

 真っ白な空間に現れた一枚の絵画。よく目を凝らしてみればソレは誰かを主観にした記憶だった。まだ、神々が大地に足を付けて生活していた頃の記憶だ。

 青年は自身の中にある記憶の残滓を辿る。いつだったか、王城のとある一室に侵入した際に読んだ本に神々はかつて地上で生活していたと書かれていた事を思い出す。

 神話の時代。語るべき人間がまだ存在していなかった時代に御伽噺のように記されたソレが事実だった事を知った。


「……」


 平和な時代だった。

 暖かく、争いもなく、ただただその一瞬を享受していた時代。


 青年は右手に持った心刀を絵画に振るう。

 斜めに切り裂かれた絵画は光の残滓となって消え、ソレを見届けた青年はまた歩み始める。

 それからも淡々と現れた絵画を切り裂いていく。自分が何を斬っているのかなんてわかりきっていた。コレは神の記憶であり、過去にあった確かな現実だったという事も。

 歩いて、斬って、歩いて、斬って―――ふと、青年は一枚の絵画の前で立ち止まった。


『なんで……こんな……』

『君たちは逃げるんだ。地上(ここ)はもう僕たちが生きていける環境じゃない』

『でも、貴方達を置いてなんて!!』

『よく聞いて【―――】。僕たちがここでアイツらを食い止めない限り、空へ逃げたとしてもどこまでも居ってくるだろう。僕らや君たちがここで全滅してしまったらこの世界は消えてしまう。ソレはなんとしても阻止しなくちゃいけない。神として生まれた君になら僕が言っている意味がわかるだろう?』

『……っ』

『君は神の中でも大きな力を持っている。どうか、その力でみんなを守ってほしいんだ』

『カイン……』

『ごめん。結局は君に押し付けてしまう事になるね……でも、大丈夫。みんなと力を合わせれば――』


 そこで絵画が映し出す記憶は途切れた。


「……」


 青年はゆっくりと心刀を振り上げ、その絵画を斬った。

 感傷はいらない。ただ、自分が成すべきことを。そう青年は思い直して歩き出そうとした時、どこからから風が吹いた。

 暖かく、安らぎを与える風。その気流に乗せられて鼻孔をくすぐる麦の香り。


「…………」


 青年はその風に誘われるように歩き出し―――やがて、視界が開けた。

 目の前に広がるのは金色の大地。よく目を凝らせばソレが黄金の穂を付けて風に揺れている麦だとわかった。


「そう……ここまで来たのね」


 視線を正面に戻してみれば、そこには黄金の髪を靡かせた神が立っていた。

 ただ、雰囲気が違う。青年が会った全てを憎んでいるような突き刺すような雰囲気はそこには無く、ただ穏やかな表情を浮かべる神が居た。


「貴方が知っている私とは違うから驚いてる?」

「少し」

「そう。でも、それは些細な事だと思わない? 最初に会った私がどうであれ、今こうして貴方と対峙している私が今の現実なのだから……と、言っても納得できないわよね」


 神はどこか困ったように笑って青年の瞳に目線を合わせる。


「私は……そうね。狂う前の私、と言ったらわかりやすいかしら。記憶の残滓、とも言えるわね。私という存在の根本と表現する事もできるわ」

「……俺は、あんたの記憶を――……」

「罪悪感を持たなくていいわ。貴方がここに辿り着くまでにした事は間違いではないのだから。それに、私もそうしてくれると信じてその刃を受け入れたのだから」


 まぁ、ここまで辿り着けるとは微塵も思っていなかっただろうけどね、と神は笑う。


「貴方は貴方が成すべき事をすればいいの」

「……」

「ほら、貴方が求めている最期の一枚はここよ。私の―――罪の始まり」


 神の両手には一枚の絵画があった。


『どうして……カイン……みんな……私はこれからどうしたら……』

「空へと逃げて、天界を作った私はこの先どうすればいいのかわからなくなった」

『魔物なんて現れなければ……』

「馬鹿な私。カインの最期の言葉を忘れてしまっている。もしも、覚えていれば――」

『アイツら、絶対に許さない……そうだ。地上にアイツらを駆除する生き物を創ろう。そうすればカインだって―――』

「――一人でどうにかしようとなんて思わなかったのに」

『何年、何千年……ううん。どれだけ世界をやり直す事になったとしても、絶対に……!』


 そこで映像は終わる。

 青年が目線を上げると苦笑を浮かべる神の姿があった。


「コレが罪の始まり。私は人間や色んな種族を創って、魔物を駆除しようとした。他の世界から人間を連れて来たり色々と手を打つようになっていく。その結果は貴方がよく知っているでしょう?」

「ああ」


 青年と神の間を風が吹き抜ける。

 ふと、青年は自身が歩いてきた道を振り返った。


「……」


 そこに広がっているのは枯れ果てた麦畑。

 青年はハッとした。自分はこの景色を知っていると。


「いつか……救ってほしい…………」


 いつかのどこかで夢に見た景色。

 そこで言われた言葉が青年の口から零れ、それを聞いた神はゆっくりと頷いた。


「さぁ、コレが最後です」


 神が絵画をゆっくりと抱きしめる。

 そんな姿を見て青年は動けなかった。ただ、強く握りしめた心刀がカチリと音を鳴らす。


「あんただけを残す事は出来ない……」

「ええ。わかっています」

「……っ! あんたはその意味を―――!」


 顔を上げた青年の視界に飛び込んできたのは優しく微笑む神の姿だった。

 絵画を抱きしめて微笑むその姿はまさに神と呼ぶのに相応しい。ここに絵描きが居たならば慌ててキャンパスを立て掛けていただろう。


「私を、救ってくれるのでしょう?」

「―――」


 青年は強く目を瞑り、心刀を一層強く握りしめる。

 その姿は黙祷を捧げるようにも見えた。


「ああ……」

「ありがとうございます」


 目を開け、ゆっくりと心刀を振り上げた青年を見て神は満面の笑みを浮かべた。


「……っ!」


 それをしっかりと見届け、青年は心刀を振りぬいた。

 強い風が通り抜ける。小麦が揺れる音はその風に攫われるように遠くなって行き―――顔を上げた時には何も無くなっていた。

 何もない大地が広がる場所で青年は立ち尽くす。


「……」


 そんな青年の耳にピシリとヒビが入る音が聞こえる。

 右腕を持ち上げてみれば、そこには役目を終えたと言わんばかりに崩れ落ちつつある心刀の姿があった。


「そうか……お前も、もう終わったんだな」


 破片となって落下し、地面に当たるのと同時に砕けて消える心刀を最期まで見送った青年はゆっくりと右腕を下した。


「不思議だ……何かを成せば、達成感とかそういうのに包まれて眠るように消えるんだと思っていた」


 青年は空を見上げる。

 どんよりとした曇り空が広がる灰色の空を見上げながら、青年はただ立ち尽くした。


「でも……今、俺に残っているのはたった一つの想いだけだ」


 脳裏に浮かぶのは顔も忘れてしまった少女の姿。

 金色の髪を靡かせ、自分に笑いかけてくる異世界から来た少女。


「君に――――また、会いたい」


 世界が崩れ去った。

 青年の意識もそこで途切れた。





 月歴1974年。

 神は救われ、世界は再構成を始める。

 そこに、青年は含まれていない。

そろそろ完結です。

最後までお付き合いしていただけると嬉しいです。

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