彼女たちと彼
衝撃と轟音、それに伴って発生した爆風に乗じて黒龍はフェルを掴んで飛び立った。
俺を攻撃した奴らがそっちに敵意を向けていたら一瞬で撃ち落とされていただろうが、どうやらコイツらの目的は俺だけだったらしく、黒龍には目も向けなかった。
「ぁ……」
力が入らなくなった体。自然と下がった視界に広がるのは無数の剣と槍に貫かれて地面に縫い付けられた自分。ここまでするならばベッタリと地面にくっつけてくれればよかったのに、中途半端に浮かんでしまっていて居心地が悪い。
「よ……ぉ……」
「存外……しぶといですね。レプリカといえど聖剣と聖槍に貫かれて尚、こうして生きているとは素直に驚きです。流石は女神の忌み子と言ったところでしょうか?」
「聖剣……聖槍……なるほど、な……やっぱり、お前たちは“天使”か……」
ガシャリと鎧を着こんだ人間が地面に着地した音と共に聞こえた言葉を整理し、敵の正体を看破する。
俺が着ているこのローブを何重にも重ねて作られたような外套には【対魔術防御】と【対刃防御】の術式が刻まれている。コレはそのままの意味であり、現代においてこの外套は着ているだけでほぼ無敵と言ってもいい程の防御力を誇る。
ただし、例外は存在する。
この外套は“魔法”には弱い。
俺が知っている限り、この世界で魔法を行使できる人間は存在していない。だが、聖剣――コレは神が作った【固体を維持している魔法】であり、天敵となりえる。
だから、俺は勇者に背中から貫かれたし、こうしてそのレプリカを持った彼女たちに貫かれてしまったわけだ。
「やはり、私達の事も知っていましたか」
一切の動揺も……いや、そもそも感情自体を感じない声色で誰かが呟く。
天使――神の指先となって下界に干渉する執行者。遥か昔にあった聖戦において尖兵となってあらゆる神を殺した神殺し。
ああ、良く知っているとも。
お前たちが何者で、運命の女神に何をしたのかも。
「ですが……それは些事です。貴方が私達を知っていたとしても既にその体では何も出来ないでしょう」
「……そう、かもな………なぁ、一つ、聞かせてくれないか……」
「質問によりますが私達も悪魔のような下郎ではありません。これから消えゆく貴方にある程度の慈悲は差し上げましょう」
「なぜ……今更、俺を狙う……? 勇者達はもうこの世界にはいない……」
あの時、未来の俺は言った。
俺は後処理係だと。全ての役目を終えた勇者達を始末するための汚れ仕事役だったと。
だが、話では天使と戦ったなんて言っていなかった。つまり、コイツらにとって俺は始末する程の相手ではなかったはずだ。
「わかりませんか? ほんの少し考えればわかる事です」
「……」
「貴方は大変素晴らしい働きをしてくれました。この結果には神もお喜びです」
「アイツを……喜ばせるために、やったわけじゃ……ぐっ!」
「我らが主への発言は気を付けてください」
言葉を遮るように槍がもう一本突き立てられる。
「さて……貴方は大変素晴らしい働きをしてくれましたが、それはそれとして貴方の存在は正しくこの世界におって《異物》なのです。神は自らが守るべき世界にそのような存在が居る事を深く悩んでおられました」
「守るべき……世界、だって……?」
耳から入った言葉がまるで理解出来なかった。
自分が異物と言われた事はいい。存在自体が邪魔だと遠まわしに言われた事もいい。だが、それでも、神がこの世界を自らが守るべき世界だと言った事を理解したくなかった。
守る方法はあったはずだ。それでも、こんな状態になるまでこの世界を放置したのは神だった。いっそ無くなってもいいと思っていたはずだ。でなければ、俺という存在を母が……女神たちが命がけで創り出すなんて自体にはならなかった。
「ふざ……けるな……」
身体に力が僅かに入る。
怒りが全身を駆け巡り、冷たくなりつつあった心に火を灯す。
まだこの身体は壊れちゃいない。皮一枚で繋がっているような状態だったとしても、動くならば何一つとして問題なんてない。
「これ以上の抵抗は無意味です。貴方は神に愛されなかった存在……ですが、そんな貴方がこれ以上傷つくのは貴方の創作者も望んでは―――」
「貴様らが―――――」
指先の感覚が戻る。
油が足りていない錆びた歯車のように軋む音を立てながらその手を握れば、そこには確かにあった。ずっと……俺が忘れてしまった頃からずっと傍に居てくれた。こんな道にここまで一緒に来てくれた。もう、刀身は半分ほどしかないにも関わらず……その刀身を美しい黄緑色から黒く染めてしまった姿であったとしても、確かに、そこに、今も、俺の隣に、彼女は居た。
「その名を騙るな―――――!!!」
だから、俺も握りしめた。
俺はここに居ると叫ぶように。
まだ、戦う力が残っていると証明するように。
この歩みは止めないと決意するように。
「なっ―――! 聖槍!!!」
「「「「聖剣!!」」」
身体に突き刺さった聖槍と聖剣の圧が増す。だが、それがどうした? 俺の身を焦がすこの熱さに比べればどうという事はない。
母が味わった苦しみに比べれば無いにも等しい。
だから―――俺は、立ち上がった。
全身に槍と剣が刺さった状態で、心許なそうな半壊の武器を片手に、それでも、俺は、確かにここに立った。
「今、思い出した……」
俺を警戒して距離を取った天使たちを見回しながら口を開く。
彼我の戦力差は圧倒的。相手はかの聖戦を戦い抜いた精鋭たち。こんな状態で勝てる相手ではない。
「俺は、お前たちに会った事があった……そうだ。母が殺されたあの日、確かにこの目に刻み付けた光景だった……あの日、お前たちは執行者だった。今の俺と同じように母を殺したあの日、無力でどうする事も出来なかった俺はただ他の女神によって逃がされた」
桜花を構える。
足なんて今にも砕けそうだ。腕なんて肘がほぼ崩れ落ちている。視界は不明瞭。恐らく片目が砕けているのかもしれないが、周りには敵しかいないならば問題ない。
「来いよ。お前たちが相対するのは泣き虫じゃないぞ……それとも、お前たちはこちらから仕掛けてやらないとダメなのか? なら、お前たちを創った神とやらも大した事ないな」
不敵に笑って言ってやれば、天使たちからの殺気が一気に増した。
「その言葉、必ず後悔させてあげましょう」
白い羽が周囲を散らばり、黄金の光が視界を埋め尽くす。
あぁ、なんとも幻想的な光景だろうか。この世界の人間が見たならば涙を流して跪いていた事だろう。
「―――いくぞ」
そんな光景の中で武器を振るう俺は、彼らの目にはどう映るだろうか。




