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勇者達

 大楯を構えた大男――盾の勇者である馬込まごめ 健一けんいちは背後で日本刀を杖に立ったまま気絶している男を横目で見据えていた。

 馬込は背後で気絶している男……一ノいちのせ ゆうの事を詳しくないながらも知っていた。

 同じクラスの窓際の席でボーっと外ばかり眺めている冴えない男……スポーツなどをやっているわけでもなく、どことなく他人はどうでもいいと言わんばかりの雰囲気に馬込は『ドライなヤツ』と内心で評価していたが、この風景を見てその評価を変えることにしていた。

 どうしてこんな所にとか、今までどこにとか色々と聞きたい事はあったが、それよりも馬込は一ノ瀬という男が『誰かのため』に『何かをした』という事が嬉しくて仕方がなかったのだ。

 馬込 健一という男は熱血でバカでどうしようもないヤツだが、義理だけは必ず通すし他人をとても大切にする人間なのだ。

「それに……任せられちまったしな」

 馬込はそう呟いて口元を緩める。

 一ノ瀬は傍から見ても既に限界だというのは明らかだった。

 激しい息切れを起こし、無数の返り血を浴び、無数の死体を築き上げたのだから、そこまで行くのに一体どれだけの戦闘があったのか想像するのは難しくない。

 そんな激戦を走り抜けた一ノ瀬が指一本動かす事さえ出来ないであろう男が腕を伸ばし、自身の背中に触れ『あとは任せた』と……『この場はお前に譲る』とそう言って来たのだ。

 これは、信用がないとできない行為だと馬込は思っているし、事実そうだ。

「任せられたんだ……なら、しっかりと守ってやらないとな!!」

 馬込は大楯を一ノ瀬を守るように構える。

 それと同時に無数の矢が飛来するが、それらは全て大楯に当たって弾かれるか、何にも当たらずに地面に突き刺さるのみ。

「やー、待った?」

 ジリ貧かと思われたその時、背後から急に女性の声がして馬込はチラリとそちらを見た後に軽くため息を吐いた。

「待ちくたびれた所だ」

「あっはは~、これでも急いで来たんだけどね~」

 現れた女性は弓の勇者である野宮のみや 美紀みきだった。

 胸当てと肘当て、それに膝当てを付け何かの皮で出来た茶色い服を着た美紀はその脇に真っ白なローブを着こんだ女性――佐々ささき 由美ゆみを抱えていた。

「念のためにって由美を連れてきててよかったね……って、コレ一ノ瀬君?」

「……っ!! 美紀、急いで一ノ瀬君を横にして!」

 普段は大人しい彼女が大声を出した事で驚いた美紀だったが、リアクションを取りつつも一ノ瀬を急いで横にする。

「うっわぁ……コレ、生きてるんだよね?」

 返り血塗れの一ノ瀬を見て美紀が感想を呟く。

「うん……でも、凄く危険な状態」

 由美は美紀の問いに答えながらも勇者が持つ【スキル:収納空間】から包帯や調合薬草などの医療用品を取り出す。

「これじゃあ、返り血と出血が見分けられない……美紀ちゃん、一ノ瀬君の服を脱がせて!」

「え……えぇ!?」

 動揺する美紀だったが、由美は既に薬草の調合に入っており気づいていなかった。

 由美の職業は【薬剤師】であり、所謂ヒーラーに属する職業なのだ。

「とりあえず、上半身だけ脱がせろ!」

 あわあわと両手を振っている美紀を見てられないとばかりに馬込が指示を出す。

「わ、わかった!」

 上半身だけならば大丈夫だと美紀は返り血でドロドロに汚れた制服に手を掛け、ボタンを外していく。

「うそ……なにコレ……」

 だが、制服のボタンを全て外し一ノ瀬の上半身が露出した所でその手は止まる。

 それもそうだろう。一ノ瀬の上半身は見えている所だけでも痣・内出血・切り傷など多くの傷が付いていたのだ。

「酷い……」

「ほんと、どんな戦いをしていたらこうなるんだよ……」

 美紀と馬込がそれぞれの感想を漏らす。

 一ノ瀬自身としても、序盤は被弾を極力抑えた戦い方をしていた。

 だが、実戦慣れしていない身体と体力の少なさにそれも辛くなって行き、被弾を省みない戦い方へとなって行ったのだ。

 これがもし、一ノ瀬の前世である純の身体であったのであれば、最初から最後まで無傷でこの戦場を制圧する事もできただろうが、そこは身体の経験差と言わざる負えない。

「……っ!」

 薬の調合を終えた由美もその悲惨さに息を飲んだが、治療優先だと自分に言い聞かせて一ノ瀬の上半身を露出させる。

「……」

 全体が露出された一ノ瀬の身体は思わず美紀が目を逸らしてしまう程であり、一言で言うのであれば『悲惨』だった。

「とりあえず、出血を止めなくちゃ……」

 由美は冷静にそう判断し、即座にタオルで傷口を押さえ始める。

 ゴブリンなどが所持している武器は状態が悪い物ばかりで、切り口が汚くなるために血が止まりにくく治った後でも傷跡が残ってしまう。

 故に、裕はこのままどうにか生き残ったとしてもこの傷跡が残る事になるだろう。

「……っ! ダメ、血が止まらない!」

 額に汗を薄っすらとかきながら必死に傷口を押さえる由美だったが、裕が受けた傷は一つ一つがとても深く、文字通り手が足りていない状態だった。

「……手伝うよっ」

 どうしようかと由美が考えている所で、先ほどまで目を逸らしていた美紀が何かを決意した瞳で置いてあったタオルを手に取って傷口を押さえ始める。

「美紀……」

「こんな世界だもん……慣れなくちゃいけないし、それにここで死んでほしくないの」

「そうだね……」

 二人は頷き合ってからそれぞれの行動を始める。

 美紀は傷口を押さえ、由美は【スキル:収納空間】から新たに縫合用の針と糸を取り出す。

 ちなみにだが、この世界で【回復魔法】を使えるのは各国に存在している【協会】に所属しているシスターと【狐人族】と呼ばれる獣人だけであり、【協会】は各国と同じくらいの権力を有しているために国から命令する事は不可能。ついでに治療費も高額であるために一般人にはあまり普及しておらず、【狐人族】に関しては過去に協会から【異端狩り】に合いその数を減らし、どこに居るのかさえ知られてはいない。

 そのため、一般的に【治療】となると由美のような【薬剤師】や【スキル:治療】を持っている人間がやる事になる。

 余談だが、由美は【スキル:治療】も習得している完全なるヒーラーなのだ。

「おい……」

「なによっ!?」

 由美が縫合を始めるのと同時に先ほどから攻撃を受け流していた馬込が声を掛け、手が離せない由美に代わり美紀が切羽詰まったように返事をした。

「そいつ……助かるんだよな?」

「……っ!!」

 馬込の心底心配したような声に美紀は言葉を詰まらせた。

 別に、一ノ瀬 裕という人間の事をそこまで知らないはずの馬込が本気で心配している事に驚いたとかそういうわけではなく、美紀の目から見て現状の裕が助かるかどうかなどわからなかったのだ。

 美紀の正直な気持ちとしては、今の状態では決して生き残ることはないと思っている。

「助ける……! 絶対に……っ!」

 思わず無言になってしまった美紀の代わりに答えたのは、必死に傷口を縫っている由美だった。

 その両手は裕の血で真っ赤に染まり、顔には汗が滲み出ている。

 傍から見ても極限状態で治療をしているのが伝わってくる状態の由美が、『助ける』と声に出して答えたのだ。

 ならば、親友の自分がそれを信じなくてどうする? と自分に言い聞かせた美紀は敵の攻撃を防いでいる馬込の背中を思いっきり睨みつけて口を開いた。

「必ず助けるから! だから……あんたは絶対に攻撃を通さないでよね!!」

 そんな美紀の言葉にニヤリと笑った馬込は大きく頷く。

「もちろんだ!」

 馬込が声を張るのと同時に敵が密集している所で光が炸裂する。

 その光はまるで敵を薙ぎ払うように進み、大軍の1/4を消滅させたところで消えた。

 そして、光が収まるのと同時に今度は上空から大量の燃える長槍が敵に降り注ぐ。その量は先ほど敵が放ってきた矢よりも多く見えた。

「……っ!! ったく、派手にやりやがるな!」

 遅れてやってきた爆風を大楯で防ぎながら、馬込が愚痴る。

 最初の光は剣の勇者である柏木かしわぎ 春斗はるとがスキルを使い、二撃目は杖の勇者である佐藤さとう 麻耶まやのスキルだ。

 そして、スキルの合間を縫って敵を殲滅している人間も馬込は遠目で確認していた。

 使っている武器は両端に刃がついた特殊な槍。

 そして、この場に居る人間という事は間違いなく槍の勇者である小宮こみや 杏子あんずだろう。

 その三人が暴れているのを見ながら、馬込はこの戦場が収束するのも時間の問題だなと内心で思いながら、大楯を構え直した。

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