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別れ③

 戦闘によってほぼ廃墟同然になった謁見の間。

 その中心よりやや奥側の場所で周囲を魔刀(まとう)達に囲われ、元の世界へと続く大扉を背負って俺と沙織は対面した。

 沙織の服装は黒いドレス姿のまま。所々、戦闘の余波によってボロボロになってはいるが原型はキチンと保っている。その姿は昇りつつある日の光によって照らされ、どこかこの世の物とは思えない程の美しさを周囲に纏わせている。


「裕……」


 俺の名前……とは言えないが、名前を呼んで沙織はどこか迷った素振りをした後に俺へと近づいて来る。すぐ目の前まで来た彼女の表情はどこか苦しそうだった。ソレが俺を刺した事に対する罪悪感なのか、それとも別の何かに対する物なのかはわからない。

 ただ、確実にわかっているのは俺達の時間はもう終わりを告げるという事だった。


「もう……時間、無いんだね」

「ああ。こうして話せるのもあと数分だろうな」

「そっか……そうだね。みんな元の世界に戻れたんだよね……?」

「それは保証するよ。寸分の狂い無く元の世界で沙織達が召喚された直後の時間に戻る」


 座標やらなんやらが必要だったが、そこらへんは美咲の中から取り出す事が出来た。

 彼女も彼女で魔王が自身に忠実な武器にしようと記憶を徐々に消していたようだが、それにいち早く気づいた美咲自身が日記に書き留める事でソレを防いでいたようだ。そのお陰で、こうして元の世界に正しく帰還する門を開く事が出来た。

 一応、ダメだった時の事を想定して狼神に協力を申し込んでおいたが……まぁ、その手は使わなくて済んだと考えておこう。


「もう……お別れなんだね…………」


 俺と沙織の間に静寂が訪れる。

 もう、彼女の口から謝罪の言葉が出る事はない。ソレを俺が求めていないし、何よりもそんな事を言っている時間が無い事は沙織自身が理解しているからだ。


 沙織が顔を上げると、そこにはこの世界で出会った頃と同じような明るい笑顔が浮かんでいた。だが、ソレも一瞬の事。すぐにその表情は崩れて両目からは涙が溢れ出す。

 その涙を止めたくて――せめて、拭ってあげたくて右腕を動かそうとして……止めた。


 もう、この腕は動かせない。


 動かそうとした腕は油が足りていない機械のように……ギアが錆びついてしまった義手のように鈍い。ほんの少しだけ動かしただけで肘の関節にヒビが入り、そこから零れた欠片が魔素となって袖から出ていくのを感じた。

 この腕が砕け散ってしまうなんて自体は絶対にダメだ。

 もし、右手に持つ桜花を手放す事になってしまったら……この門は閉じてしまう。

 世界と世界を繋ぐ門を開くというのはとても不安定な事だ。ここで、変に歪ませてしまっては門が閉じ、沙織が帰れなくなる可能性がある。


「―――っ!」


 だから、沙織が抱き着いてきても、俺は抱きしめ返す事は出来なかった。


「裕はもう十分頑張った……!」

「……」

「ずっと戦って、みんなを元の世界に帰して……それで、もういいじゃん……これ以上、傷つく必要なんてどこにもない……!」

「沙織……」

「ねぇ、帰ろう……? そうだ、誰も知らない森の中に家を建てて白華ちゃんや……みんなと一緒にあの時みたいに暮らそう……? 裕はもう十分頑張ったんだから、もう……」


 切実な声で言う沙織に俺は何も言えない。

 右手に持った心刀がピシリと音を立てる。もう、この淡い密談は終わりだと告げられたようだった。

 本当はもっと別の方法があったのかもしれない。もっと上手いやり方がどこかにあったのかもしれない。だが、どれだけ考えたとしてもこの方法しか思いつかないし既に後の祭りだ。もう、幕は降り始めている。


「……ねぇ、何か言って―――」


 涙を貯めた目で見上げてくる沙織をそっと抱きしめる。

 肘関節が砕け、皮一枚で繋がっているような状態になってしまおうとも、それでも今この時だけは先ほど考えていた事の全てを放棄して抱きしめた。

 俺に出来る事はこれくらいで、約束を破ってしまう事への贖罪でもあったから。

 一人で終えるこの人生にほんの少しだけ熱が欲しかったから。

 門を潜れば俺の事を忘れてしまう沙織にどうしても伝えたい事があったから。


「沙織……今までありがとう。俺一人ではここまで来る事は出来なかった。きっと、どこかで全てを投げ出してたと思う」

「ぇ……?」

「二人で過ごした期間は掛け替えのない時間だった……本当に、幸せだった。例え生まれ変わったとしても……()()()は絶対に忘れない」

「待って……私だって絶対に忘れない……裕の事も、裕と過ごした短いけど温かな日々を絶対に……」


 ソレは無理だ。

 沙織は門を潜れば全てを忘れてしまう。

 なんせ、全てが無かった事になるのだから。


 心刀の剣先が砕けて地面へと落ち、光の粒子となって消える。


 ソレを見届けて俺は沙織の身体を少し離す。


「待って……嫌だよ……私、まだ―――」


 沙織が首を振る。

 そんな彼女の姿に胸を締め付けられる。苦しくないわけがない。辛くないわけがない。それでも、やらなければならない。


「沙織―――」


 身体を入れ替え、そっと沙織の身体を押す。


「――――愛してる」


 反応できずに門へと吸い込まれていく彼女は、俺の手を掴むようにその手を伸ばすがそれが届く事はない。

 ゆっくりと閉じる門の向こう側から沙織が何かを叫ぶ声が聞こえ―――門が閉まった。


「―――!」


 門が閉まるのと同時に背後から衝撃に襲われた。

 下を見てみればそこには俺の左胸から突き出る黄金に輝く槍。


「まさ―――」


 俺が視認するのを待っていたかのように……いや、こちらの言葉を遮るように連続的な衝撃が俺を襲い、身体は槍や剣に貫かれた。

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