別れ②
鼓動を感じた。
心刀を起点に広がった波紋はこの世界を駆け抜け、この星全てを包み込んだという事を感覚的に理解した。
「収縮」
一言そう呟けば広がった波紋はその痕を残したまま瞬時に心刀へと集まる。
せっかく時間を掛けて広げたのに畳む理由は色々あるが、一番重要なのは“マーキング”が終わったからというのが大きい。
魔力を周囲に広げて敵の位置を割り出す《サーチ》という魔術がある。俺がやったのはソレの世界規模版だった。やり直すのにしても地形を把握しておく必要があったし、この星に刻まれた歴史を吸収しておく必要があった。
《パパ……いつでも開けるよ》
「ああ」
地面に突き刺さった心刀を抜けば、その刀身は黄緑色と黒が入り混じった混沌とした色なのにも関わらず、周囲を漂う光だけは目を焦がす程に輝いている。
《いいんだよね……?》
桜花の声が響き渡る。
一瞬何の確認なのかと思ったがすぐに思い当たり、迷いなく頷く。
「勿論。コレで全部終わると考えれば肩の荷が下りると言ったもんだな」
《そっか……うん、そうだね》
冗談めかして言えば、桜花も少しだけ微笑んだような声を出す。
「桜花――――」
《ん……?》
「今まで、ありがとう……俺は、本当の君にここに至るまで気づけなかったけど……あの時、手放してしまったけど……感謝してる」
《……ねぇ、パパ。確かにパパは私の事を何も覚えてなかったし、あの時……手放された時は凄く悲しかった。でも……でもね、私達は一人と一振りで一つ。どれだけ手放そうとしても、どちらかが消えない限り決して切れない縁を結んでるの》
だから―――と桜花は続けた。
《私も、ありがとう。沢山のパパが遺して逝った想いを……願いを、引き継いでくれて》
「ああ……」
導かれるように心刀を振り上げる。
たったそれだけの行動で塗装が剥がれるように刀身がボロボロと崩れ、その破片は光となって宙へと上がる。
「さよなら、桜花」
《おやすみ、パパ》
頭上に振り上げた心刀を振り下ろす。
「開け」
魔力の奔流が吹き荒れ、それが収まった後に目の前に現れたのは大きな扉だった。
「……」
扉は俺が何もしなくてもゆっくりと開く。
その向こう側に見えるのはこの世界には存在しない空間――そう、記憶のどこかにある机と椅子が規則正しく並べられた教室と呼ばれる空間だった。
「ここを通ればお前たちは元の世界に帰れる」
振り返ってそう言うが誰も動こうとしない。
驚いて動けない者。何かを疑っている者……そのほかにも色々な理由で動けない少年少女を一瞥した後に近くに居た美咲を抱えた一ノ瀬 裕を呼ぶ。
「な、なんだよ……?」
「きっちりと抱き留めておけよ?」
「は――――?」
ノコノコと大扉の前まで来た一ノ瀬 裕に警告を発してから素早く背後に回って隙だらけの背中を蹴り飛ばす。
様々な想いを込めて蹴られた一ノ瀬 裕は間抜けな声を発しながら大扉を潜った。
「お前たちが疑うのも無理はない。急に帰れると言われても『わぁ、ありがとう!』とはならないだろう。だが、俺としてもお前たちが踏み出すのを一々待ってやれる程の時間は残されてない。だから、自分で入らないなら俺が入れてやる」
今のようにな。と最後に付け加えればざわつき始める少年少女。
だが、ざわつくだけで誰も動こうとしない。彼らは誰かが動くのを待っているのだ。自分が先に動いたことで何かが起きた時に責任を取るのが嫌だから。
「チッ……」
時間がないというのは本当の事だけにその行動に苛立つ。
もういっそ、本当に一人一人投げ入れてやろうかと考えていると集団の中から大柄の男が柏木をおぶった状態でこちらへと歩いて来る。
「ここを通れば帰れるってのは本当なんだろうな?」
「今更お前たちを騙して何になるんだ?」
「少なくとも俺達を消せる……お前が、魔族側なら……そう考えてもみたが、その表情とあの戦いを見たらあり得ないか」
俺よりも背が高い男がチラリと背後の少年少女を見た後に小さくため息を吐いた。
「信じてやる。コレでダメだったら恨んで出てやるからな」
「好きにしてくれ」
「……柏木が悪かった……いつもは背後から刺すなんてことをするようなヤツじゃねぇんだけど……」
「どうでもいいことだ。そんなことよりもお前らがさっさと帰ってくれることの方が嬉しいよ」
「そうか……なぁ―――」
「まだ、何かあるのか?」
「―――お前は、あの時に俺がおぶって帰った一ノ瀬 裕なのか?」
この世界で自我を持って歩いてきた道を振り返ってみれば、そんなことがどこかであったかもしれない。
だが……今、それはどうでもいいことだ。
「どうだろうな」
「……この世界で死んだヤツはどうなるんだ?」
「言ったはずだ。この世界はやり直される……つまり、お前たちがこの世界に来たなんて事実は“最初から存在していない”事になる。お前たちがこの世界で傷ついたことも命を落としたことも……何もかも存在していないんだよ」
これだけ言えばわかるだろ? という視線を向ければ男は小さく頷いた後に大扉へと向かって歩き出した。
「すまない……俺達は世界を救えなかった」
そんな言葉を残して消えていった男を皮切りに少年少女達も大扉を潜っていく。
中にはこの世界に残りたいのか逃げようとしたヤツも居たが、そういうヤツはフェルが捕まえて大扉へと放り込んでいく。
まぁ、大体のヤツは帰れることに涙を流しながら大人しく入っていった。
そして―――
「ユウ……」
「沙織……」
――最後に残ったのはやはりこの子で。
右手に握った心刀の刀身がパキリと音を立てた。




