別れ①
突き刺さった刀身から水面に石を投げ込んだ時と同じように水紋が広がっていく。それは止まる事も消える事も無く、地面に沿って走り続け最終的にはもう目に見える範囲を超えてしまった。
「ぅ……」
人に戻った美咲が倒れるのを受け止め、軽く内部を探ってみるがもうどこにも魔刀としての気配は感じなかった。それ以外にも感じない事からこの子はようやく元の人間に戻る事が出来たのだと安心した。
「い、今のは……なに……?」
自分にあった能力が全て消えた事で身体が重いだろうに、美咲は好奇心が勝ったのか俺に問いかけてくる。
「君は魔法についてどこまで知ってる?」
「魔法……神代にあったとされる万能の力だよね……確か、魔術の元になったって本に書いてあったような……」
「魔法は系統化されている。と言っても、魔術みたいに複数あるわけじゃなくて全部で六個なんだけどな……そして、魔術が属性や現象によって系統分けされているのに対して魔法は“代償”を元に分けられている」
あの波紋が世界に広がるまでにまだ時間が掛かるし、凍華達の魔力を使ってこのホールには結界を張ってあるから襲撃を受ける事はほぼない。なら、少しくらい雑談を交わしてもいいだろう。
「そもそも、魔法は便利な物じゃない……世界のどうにもできない理をどうにかしようとして必死に足掻く中で生み出された最終手段だ」
周囲に刺さっている彼女たちからは何も感じない。
彼女たちは全て……文字通りの全てを俺に託したのだから当たり前だ。今、ここにあるのは抜け殻に過ぎない。
「第一界魔法の代償は魔力……コレは俺がいつも使ってる物だな。第二界魔法の代償は命。第三界魔法の代償は身体の一部。君は知らないだろうけど、魔刀との契約はこの第三界魔法が絡んでいる。まぁ、不完全だけどね」
「なら……コレはそのどれかってこと?」
美咲の言葉に首を振って続きを話す。
「第四界魔法の代償は記憶。第五界魔法の代償は感情……そして、第六界魔法の代償は“己自身”だ」
「……!!」
美咲の視線が今も尚崩れて落ちていく俺の身体に向く。
全六種に分類される魔法……ソレは数字が上がるごとに効果と叶えられる限度が上がっていく。
「貴方……何をしようとしているの? 私を人間に戻すだけなら第六界魔法なんて使わなくても済むはず……それに、よく考えてみれば“みんな”がここに居るのも不自然よ……だって、わざわざ連れてくる必要なんてないんだから」
「そう……君を人間に戻す事は言ってしまえば目的に必要な前提に過ぎない。俺がやろうとしている事、ソレは君も繋がった時に視たはずだ」
それでも、きちんと自身の言葉にして口から出すのなら―――
もう、後戻りできないとしても、この手で退路を塞ぐとするのならば―――
「俺は、この世界をやり直す」
全ては、自身が生まれてきて願われた想いを叶えるために。
そして……これまでの道のりで俺が抱いた願いのために。
△
▽
俺の言葉が静かに広がって消えていく。
呟くような声の大きさだったとしても、今この場においてはこのホール全てに響き渡るだろう。
「世界を……やり直す……?」
「そう。この世界はもう限界なんだ。度重なる繰り返しと召喚によってもう長くはない。だから、1から全てをやり直す」
「そんな……!!」
「ただ、きっと大きくは変わらないだろう。運命の理には人の魂だけじゃなく歴史までもが縛られる。俺がやり直したとしても、咲く花は咲くし、生まれるべき命は生まれる。そして死ぬ人は死ぬ。コレだけ聞いたら意味が分からないだろう? そんなやり直しに一体何の意味があるのか」
遠くから急速に接近しつつある気配を感じる。
俺は美咲の身体を支えて立ち上がる。
「普通にやり直したら意味が無い。だから……俺がほんの少しだけ手を加える。あらゆる歴史の転換期――特異点と呼ばれるタイミングに干渉し、ほんの少しだけ歴史を変える」
「……何が起こるの?」
「さっきも言ったが、別に大きくは変わらない。せいぜい……異世界からの召喚なんて出鱈目な行為がされないくらいだ」
そう。俺がどれだけ頑張ったとしても変えられることなんてソレくらい。
だが、一点だけ見れば小さなソレは未来を見た時にはとてつもなく大きい穴となる。異世界からの召喚なんてものがなければ魔刀に関する悲劇も生まれないし、この世界がここまで不安定になり、限界を迎える事もない。
(そして……俺の母親が死ぬこともない。まぁ、俺は生まれなくなるだろうけどな)
俺が生み出された経緯を考えれば、そうなった際に生まれないのは明白だ。
だけど……別に悲しくはなかった。
誰かを犠牲に生み出された命……それは、俺には重すぎる。
「そんな……そんなことをして、貴方にメリットがあるの!?」
「ある」
美咲の言葉に即答する。
「誰も召喚されなければ、俺が守りたかった者を守れる。もう、こんな悲劇は生まれない。誰も悲しまない。誰も……失わない」
「だからって―――!!」
「話はここまでだ。君のお迎えが来た」
俺の言葉が終わるのと同時に正面にあったステンドグラスが爆発したかのように飛び散り、朝日を背に一頭の黒龍がホールへと滑り込んでくる。
黒龍が着地するのと同時にその背から人を担いで飛び降りたのはフェル。
「こ、ここはどこだ……!?」
振り向いた俺の正面にフェルが投げ捨てるように放り投げたのは一人の青年。
黒髪黒目。背はそこそこある。あまり運動はしていないのかそんなに筋力があるようには見えなかった。
(なるほど……確かに、そっくりだ)
俺は美咲は抱きかかえて青年の前に踏み出す。
「一ノ瀬 裕……だな?」
「そ、そうだけど……あんたは? てか、何か俺に似てるような……」
「無駄な事を考えるな」
そう言って美咲を“本物の一ノ瀬 裕”に押し付けるようにして渡す。
「っとと……って、美咲!?」
「裕君……? 裕君……っ!!」
「な、なんだよ急に……一体何がどうなって……?」
急に泣きながら抱き着かれた一ノ瀬 裕がしどろもどろになっているのを見ながら、いつの間にか俺の左側に立っていたフェルに声を掛ける。
「連れて来てきてくれてありがとう。天界までは流石に遠かっただろ?」
「いえ。主様のご命令でしたから……それよりも、遅くなってしまい申し訳ございません」
フェルの目線が俺の崩れ落ちてしまってもう存在しない左腕へと向けられる。
いや……彼女の特殊な眼をもってすればそれ以外の部分も見えている事だろう。
「いいや、フェルはよくやってくれたよ。俺の予想よりも早かったしな」
「……」
フェルにお礼を言いながら俺はもう一度視線を正面に向ける。
そこには未だにしどろもどろになりながらも泣きじゃくる美咲を宥める一ノ瀬 裕と、それを遠巻きながらも見つめて混乱しているクラスメイト達の姿があった。
俺の事を奇襲した柏木は未だに気を失っている。
まぁ、別に起きててほしいわけじゃない。変に意識があってまた襲われても困るし、だったらそのまま最後まで目を覚まさないでほしいと思う。
「おい」
「な、なんだよ?」
「次からはお前が守れよ」
「は……?」
口をポカンと開ける一ノ瀬 裕を一瞥した後に背を向け、俺の事を待っている心刀の柄を握る。
「さぁ……もう幕を下ろす時間だ。行こう……“桜花”―――――」
《うん……行こう、パパ》
輝いていた心刀が更に輝きを増し、この場に居る全員の眼を真っ白に染めた。




