最愛の人との殺し合い③
青と黒の閃光が煌めき、強大な力がせめぎ合っているにも関わらず俺達の間にあるのは静かな静寂だった。
時間にしてしまえば1秒にも満たないほんの僅かな猶予期間。その間に小さく動いた沙織の口元から発せられた音は確かに俺の耳に届いていた。
「裕――――」
右手に持った凍華が大きく弾かれるが美咲はそこで追撃を選ばずに距離を取る事を選択した。
状況的に見ればソレは妥当と言える。今、凍華の刀身からは外気を凍り付かせる程の冷気が発せられておりこのまま戦っていたとしても美咲を扱う沙織の身体が持たないからだ。
美咲は俺を殺したい。それも出来る限り俺にとって最悪な形で殺したいという欲求があり、そのためには沙織の存在は必要不可欠だろう。
《ほんと、しぶといね》
「それが取り柄みたいな所があるからな」
《……やっぱり似てない。本物の裕君はそんなこと言わない》
「そうだろうな……」
美咲と会話しながらも俺と沙織は互いに剣先を相手に向けて間合いを図っている。
この状況を嫌がっているのは間違いなく相手だ。俺としてはこのまま長引いてくれた方が目的に近づくことが出来るからいいが、美咲としても俺が何かをしようとしているのは察しているだろう。
だから、何かしら手を打ってくるはず―――そう、思って沙織を注意深く見ていたのが失敗だった。
《ところで、後方不注意じゃない?》
「何を―――」
瞬間、背後からの衝撃が俺を襲った。
「お前―――」
《兄さんッ!!!》
何が起きたのか理解できなかったのは一瞬。
すぐに俺の右胸から生えている幅広の刀身を見て理解した。
「お、俺は……」
「チッ……! こんな時に飲まれやがって!!!」
背後から聖剣を俺へと突き刺し、その状態で何やらブツブツと呟いている柏木を周囲に散らばる黄緑色の燐光と共に蹴り飛ばす。
自分達に飛んできた柏木をクラスメイトの……あぁ、ダメだ。ガントレットを装備した男に見覚えがあるのに名前が思い出せない。自分が思っているよりも抜け落ちている。
《貴女はこの状況になっても神の言いなりですか! 勇者まで操って!!》
《しょうがないでしょ……私は神に作られた武器なの。創造主の意思は私の意思で……反抗する事自体が間違っているのよ……》
《大局が見えていない鈍ですね!!!》
凍華と聖剣が言いあっている事が気にならないわけではないが、この戦闘が始まってから一番大きな隙を晒している俺を美咲が見逃すはずがない。
身体を回転させるのと沙織が視界一杯に映り込むのは同時。咄嗟に右腕を振るって迎撃を選択したが碌に力が籠っていない一撃など意味もなく、凍華は弾かれて右手から抜けていく。
弾き飛ばされた時に発せられた音はイ短調ラ音。
《兄さんッ!》
そんな声と共に沙織の遥か後方へと飛んで行って床に突き刺さる凍華。それと同時に追撃のために頭上へと振り上げられた美咲を見て全力で一歩下がる。
《逃がすわけないよねぇ!!》
沙織の足が動いて一歩詰めるがそんなことはどうでもいい。
このまま行けば俺に突き刺さっている聖剣が沙織に刺さる事になる。一歩引いたのはこの剣を引き抜くために他ならない。
「邪魔だッ!!」
両手で聖剣の剣先を背後へと押し込むと、聖剣は背中から抜けて床へと落ちる。
聖剣が床に落ちた事で発生したどこか虚しい音と共に振り上げられていた美咲が振り下ろされ、その刀身は身に纏っていたローブを何重にも重ねたようなコートを僅かに斬り裂いた。
《対魔法防御術式―――!》
その間に白華鞘から引き抜くが、聖剣によって負ったダメージのせいで僅かに反応が遅れる。
《でも、コレなら!》
その間に迫りくるのは漆黒の剣先。
刃を上に向け、水平に構えるその姿は次に来る攻撃が突きだと物語っている。
「……」
全てが遅く感じる世界の中で俺はただその剣先を見つめる。
この一撃をいなす術はある。だが、思いつくその全てに相手を殺すのならと最初につく。沙織を殺すのなら―――そんな選択肢を俺が取れるはずがなかった。
だから、この一撃は避けようのない一撃。斬撃と違って面ではなく点での攻撃ならばこのコートを貫通する事だって出来るだろう。
「終わったな……」
小さく息を吐く。
今の俺に出来る事といえば誤って白華が沙織に刺さらないように右腕をダラリと下げる事だけだった。
《死んで―――!》
「…………」
美咲の怨嗟と共に左胸へと漆黒の刀身が突き刺さる。
両足に力を入れ、その際に発生した衝撃を耐えきった俺は……ゆっくりと目を閉じた。




