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最愛の人との殺し合い②

 最愛の人に対して剣先を向けるのも向けられるのもこんなに辛い気持ちになるとは思ってもいなかったし、経験したいとも思えない事だった。

 だが、こうして相対する事は想定していた事だったし、何よりも覚悟は済ませてある。


(それにしても―――)


 それらの感情を抜きにして、相対する相手を敵と判断したとし客観的な意見を述べるのであれば……一言で言えば“やりづらい”だった。

 こちらが僅かに足を動かせば相手も合わせて動く。こちらが剣先を揺らせば相手も対応するように動かす。

 剣聖アルドルノを相手にしていた時とは違う。彼は自らの経験を元にこちらの動きを読んでいたが、沙織の場合はその全てが“俺を知りすぎている”のだ。

 例えるならば鏡。自分が動けばそれに合わせて動くもう一人の自分。そんな印象だった。


「コレも俺の罪か……」


 沙織という一人の少女を戦いに巻き込んだ。自分のエゴを押し付けて彼女を無理矢理生かした。その癖、最終的には何一つ説明する事は無かった。

 そういう様々な物が回りまわって返ってきたのだ。


「……仕方ない」


 両手に握る寝華しんか翠華すいかを握り直し、真っ直ぐに沙織を見つめる。彼女は相変わらず無表情ではあるがこちらの視線から何かを感じ取ったのか僅かに剣先が揺れた。


「――――ッ!」

「――――」


 金属同士がぶつかり合う音がホールに響き渡り、最初に響いた音を合図にしたかのように連続して音は鳴り響く。

 一合、二合、三合――そうやって刃を交えるたびに嫌でも理解させられる。なるほど、コレは俺の剣技だがその技量は遥か高みにある、と。

 恐らく、美咲の力だろうがそれ以上に沙織という少女がこちらの想像以上に俺の剣技をよく見ていたのが原因だろう。


「そうか……そうだよな。沙織はすぐ傍で俺を見ていてくれたんだよな」

「……」


 何十回かの剣戟の末に右手に握っていた寝華が大きく弾かれ、手を抜けて沙織の後方へと飛んでいく。

 その際に発生した音は先ほどまで耳元でうるさいほどに響き渡っていた金属音ではなく、どこか寂しさを感じさせる音だった。その音は“誰か”の記憶にある。確か―――イ短調ミ音。


《ふふっ》


 美咲の楽しそうな笑い声と共に次は左手に握っていた翠華が弾かれ、右側へと飛ぶ。

 その際に発生した音は励ますかのようなイ短調レ音。


「――――」


 無手。

 この手に武器は無く、視界には沙織が黒い刀を矢を引き絞るように背後に引いている姿が映っている。そこから繰り出されるであろう突きは恐らく神速であり、避ける事は困難だろう。


 獲った―――!


 そんな美咲の声が聞こえてくるような気さえしたが、俺としてもこんなところでやられる気はない。確かにこの手に武器はないが、腕がなくなったわけではない。


「帝国式格闘術―――」


 右足と右腕を前に出し、身体は僅かに後ろに逸らす。

 突き出した右手を大きく開き、相手に手のひらを見せるようにして左腕はダラリと下げれば構えは完了。


「三式四ノ型、軽衝(けいしょう)!」


 コンマ1秒の世界で右手の中指と薬指の間を神速の突きが通過する。それに合わせて指を薬指と小指を折りたたみ、全力で腕を右側へと振るう。


 ギャッ! という刃が何かを擦る音と同時に響き渡る衝撃音。俺と沙織の間には瞬間的な暴風が吹き荒れ、俺が着ているローブを何重にも重ねたようなコートと沙織が着ている黒いドレスの裾を(なび)かせた。


《なにそれ―――》


 美咲の呆然とした声が響く。

 帝国格闘術三式四ノ型 軽衝。指先に魔力を纏わせ、相手の攻撃に合わせて剣の腹を指で弾く技。ただ、さっき柏木を突き飛ばすのに魔力を使ったために今のは腕を素早く振って弾いただけだが。


「呆けてる暇があるのか?」

《――――っ!》


 美咲が呆けた事で沙織の動きが止まる。

 その隙に背中に背負った凍華(とうか)を左手に持ち、その柄を右手で握った。


「ふぅ……」


 息を吐き、眼前の相手をありったけの殺意を込めて睨みつければ、危機を感じた美咲が沙織の身体を操って大きく後ろに下がる。

 実際のところ、俺に斬るつもりはなかった……いや、正確には沙織を斬る事なんて出来るはずがなかった。だから、こうしてハッタリを仕掛ける事で相手に下がらせたのだ。

 凍華は分類的には太刀に属する。そのため、ある程度の距離がなければ抜くことさえ儘ならない。


 その事に美咲も気づいたのだろう。

 沙織の身体は黒いドレスを揺らしながら大きく下がり、その両足が地面に着いたのと同時に今度はそのまま前へと身体を押し出してくる。

 速い――恐らく、柏木達には沙織の動きが見えていないであろう程に速い……それこそ神速と言うに相応しい踏み込みだった。


(だが、僅かな時間さえあれば十分だ)


 沙織の歩幅を考えて相手の間合いに入るのに必要なのは五歩。対して凍華のリーチを考えれば俺は三歩目で間合いに入れる事が出来る。


 左足を大きく後ろに引き、上半身を最大限に前へと倒す。視線は向かってくる沙織に固定したまま左手親指で凍華の鯉口を切る。

 バチッ! という電気が走ったかのような音が一瞬だけ漏れ、そこからは外気が一気に下がるという現象へと変わっていく。吐く息は白くなり、視界さえも僅かに白へと染めていく。


《させないっ!!》


 美咲の声と共に沙織が大きく前方へと跳躍し、一気に接近してくる。こうなってしまえばリーチの差など無いも同然だった。

 沙織の右腕が煌めき、黒い閃光が走る。

 確実に命を刈り取るであろうその一閃を認めながらも、心は冷静。水紋一つない湖のように全神経は左手に持つ相棒へと向けられている。


《大丈夫です》


 凍華の短くも自信に溢れた言葉を耳にしながらゆっくりと右腕を動かせば、鞘に納められていた僅かに青みがかった刃が世界に姿を現す。

 抵抗に逆らうように一気に引き抜けば刃はその重さを感じさせない程に軽く、ソレは青い閃光となって宙を駆けた。


「《―――っ!!!》」


 青と黒の剣閃が交わり、甲高い音と衝撃を発生させ視界を一瞬だけ白く染めた瞬間―――俺は沙織の口が僅かに動くのを見た。

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