今、俺達は。④
仕事やらなんやらが忙しくて久しぶりの更新となってしまいました。
またそこそこのペースで更新すると思うのでよろしくお願いします。
勇者――柏木 春斗の質問に対する答えはいくつもある。
素直に認める事も出来れば、適当に言葉を並べて誤魔化す事さえ可能だろう。だが、どちらを取ったとしても今この場で一ノ瀬 裕のクラスメイト達と戦う事になるという直感があった。
「……」
だから、俺は沈黙を選んだ。
正直な話をするならば今ここに居るクラスメイトと近衛騎士と思われる騎士達と戦って勝つ事は不可能じゃない。全ての世界に存在する俺と接続された今、苦戦はするかもしれないが負けるという事はないだろう。
だが、そうするわけにはいかない。
この上に俺を待っている少女達がいる。ここで無駄な魔力の消費は遠慮しておきたい。
《兄さん、どうしますか?》
右手に持つ凍華がそう声を掛けてくる。
戦うのか、逃げるのか。刀身に凍華の魔力が僅かに集中し始めている時点で彼女としては戦う事を推奨しているのだろう。
言いたいことはわかる。ここで背を向ければ間違いなく柏木は斬り込んでくるだろう。
この世界でどういう風に生きてきたのかはわからないが、仮にも勇者という役目を背負っている男だ。俺も致命傷を負う可能性はある。
ならば……こちらから先手を打って速攻を掛けた方が消耗せずに済むかもしれない。
「答えろよッ!!」
「―――」
柏木が一歩踏み出し、それを合図にして俺は右腕を軽く上げた。
俺と柏木の距離はまだまだあるが、間合いに納めるだけならば一歩あれば十分――そう判断して右足を軽く持ち上げた所で待ったを掛ける声がする。
「待って!!!!」
声の主に柏木と俺の視線が集中する。
クラスメイトの集団から出て来たのは青いローブを着て両手で身長よりも大きい杖を握りしめた黒縁眼鏡を掛けた少女だった。
「早林……?」
柏木の言葉でその少女が早林 都という名前だったのを思い出す。
見た目と周囲に漂わせている魔力からして恐らく魔術師。
「お願い、柏木君……待って……」
「早林、どうしたんだ? というか、身体が震えてるじゃないか!」
心配する柏木を他所に、彼女は一歩前へと踏み出してくる。
その両目が真っすぐに貫くのは俺自身。空気の僅かな振動から彼女が怯えて震えているのはわかるが、どうしてそこまでして俺の前に出てきたのだろうか。
「ねぇ……そこの“貴方”」
「……貴方、ね」
なるほど、この少女は確かに魔術師だ。それも、とてつもない才能を有しているんだろう。でなければ俺の事を“貴方”なんて呼ぶはずがない。
早林は俺が本物の一ノ瀬 裕ではないという事に気づいている。それも、今一番知られたくない方法でだ。
「貴方……一体何者なの……? 人間……いえ、貴方が人間なわけがない……だって、その体は――」
早林の言葉が続く前に右手に持った凍華を振るう。
高速で振られた刀身。そこから生まれた剣風は周囲に張り巡らされていた不可視のワイヤーを全て断ち切る。
「……っ!」
「早林!!」
剣風によって前髪を僅かに浮かせた早林が二歩下がってから尻もちをつき、柏木が慌ててその前に立つ。
「一ノ瀬ッ!!」
「あの時、お前たちを襲ったのは間違いなく俺だ」
《兄さん……?》
鞘に納められた事で凍華が困惑した声を上げるがソレを無視して背負い直す。
柏木達に視線を向けてみればそこには怒りと困惑に彩られた目をしていた。その中でも怒りの比率が高いのはやはりというべきか柏木か。
今にも切りかかってきそうなのにも関わらずそうしないのは俺が早林を狙うと思っているからだろうか。左手に持った盾を構え、仲間の前に立つその姿は……なるほど、確かに勇者と言える。ならば、その前に立ち塞がる一人の俺は魔王か。
「ふっ……」
皮肉な例えだと思った。
俺から全てを奪って行った憎むべき相手――魔王。その立ち位置に自分が居るなんて笑えない話を通り越してむしろ面白い。
「どうしてそんなことをしたんだ! 俺たちは……同じ召喚された仲間だろう!?」
「刃を向け合った時点で仲間とは呼べないだろうに……あの時はそうする必要があった。そして、その理由はこの上で俺達のやり取りを笑いながら見ているだろうな」
視線を軽く上に向ければ、彼らの目線も釣られるように上に向く。
その光景を見て甘いと言わざる負えない。俺がその気ならばこの瞬間にも斬りかかる事が出来るというのに。
「やっぱり、お前たちはこの世界に居ていい存在じゃないんだ」
「……? 何か言ったか?」
「別に何も。知りたいんだろう? なら、付いて来るんだな。少し予定は早いが……まぁ、呼びに行く手間が省けたと思えばいい」
柏木達に背を向けて歩き出そうとした所で招かれざる客が居る事を思い出して目線だけを背後へと回す。
「あぁ、お前たちは帰っていいぞ」
「なっ!?」
「我らは栄えある王国近衛騎士だぞ!」
騎士達が吠える。
確かに、身に着けている鎧は近衛騎士の物だろう。だが、彼らはその中でも宰相の息が掛かった信用できない騎士達だ。
金か地位か……何かしらの見返りに目が眩んだ道を踏み外した者たち。ならば、俺も手段を選ぶ必要はない。
「別に帰らなくてもいい。ここで、俺がお前たちを消せば結果的には同じ事だ」
身体を向けながら腰裏から黒曜石を思わせる材質で出来た漆黒の心刀を引き抜く。
「―――っ!」
視界の端で動き出そうとしていた柏木が動きを止めたのが見えたが、今はどうでもいい。
「どうする?」
騎士達に目を向けて問えば、しばらくの沈黙の後にゆっくりと後退を始めた。
どうやら、ここで命を賭ける事と貰える報酬を天秤に掛けた結果が出たらしい。
「じゃあ、行くぞ」
「あ、ああ……」
彼らの姿が見えなくなってから俺は階段へと足を掛ける。
思ったよりも時間が掛かってしまったが、どうやら彼女は律儀に俺が行くのを待っているらしい。
「ようやくだ……」
俺がこの世界に自我を確立させてからずっと追い求めてきた少女。
この上で待つ彼女と攫われてしまった大切な人を思い浮かべ、俺は僅かに揺れる視界の中ゆっくりと階段を上り始めた。




