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今、俺達は。③

 まず、最初に対処すべきなのは真っ直ぐにこちらへ飛んできているナイフだろう。

 全てを捧げて強化したこの目にはバンデハークの両指から伸びる極細のワイヤーも、そのワイヤーの上を滑るように急降下を始めているナイフの軌道も全て視えている。

 そもそも、タネさえわかってしまえばナイフの軌道なんて読む必要はない。無数にあるワイヤーが張り巡らされている着弾位置を把握し、その隙間を搔い潜ればいい話だからだ。


「――――ッ!!」


 呼吸を止めて身体を右斜め前に傾ける。

 左頬と左肩をナイフが通過するのを横目に見ながら次は右足を引きながら身体を左側へと倒して次の二本を回避。


 残り一本は――――……


「右手……いや、左足か!」


 不規則な軌道を描いて飛来する最後の一本を避けるために前方へ飛び、身体を捻る。

 ギリギリの所で回避したナイフが地面を砕くのと同時に着地し、凍華とうかを握る右手に力を入れ直してバンデハークを睨みつける。


 十歩。


 ソレが俺とバンデハークの距離。

 既にここまで来てしまえば大太刀の凍華の間合いと言える。


「化け物がッ!!」

「魔族には言われたくないなっ!」


 憎らし気に吐き捨てながら懐からナイフを取り出そうとするバンデハークの右腕を肘から切断する。

 紫色の血を噴出させながら下がろうとするバンデハークに追いすがるように俺も間合いを更に詰めようとするが即座にワイヤーが飛来し、ワンテンポ遅れる。


《兄さん!》


 凍華の警告よりも先に左側から飛来するワイヤーを探知していた俺はその場で軽く飛ぶ。

 本当にいつも通りのジャンプだった。

 だが、俺の身体は体重や重力を忘れたように高く飛び上がり、即座に天井付近まで辿り着く。


「バカがッ! 飛び上がったら的ですよッ!!」


 バンデハークの左腕が素早く動き、先端が鋭利に尖ったワイヤーが何本も空中の俺目掛けて飛来する。

 右腕からの出血が止まっているのはワイヤーを巻く事で止血したからだろう。


「よく知ってるよ……前にも言われたからな」


 それでも俺が上空に逃げたのはそこにしか逃げ場がなかったという理由ではない。


「凍華……信じてるぞ」


 空中に逃げればバンデハークが追撃を選ぶと思ったからだ。


 身体を捻って空中で上下を入れ替える。

 視界が反転し、頭が床を向き足が天井へと向く。その状態は一瞬しかキープする事が出来ない物だが今は一瞬で十分だ。

 即座に天井を蹴って弾丸の如くバンデハークへと突っ込む。


 飛来するワイヤーは……六本。

 避ける事は出来る。だが、今はその必要がない。


偽剣ぎけん――――」


 本物の剣を偽物が追い求め、渇望し、真似た出来損ない。故に偽剣。

 再現度で言えば恐らく五割にも満たないソレを実戦で使うなんて馬鹿げている。だが、この剣でなければバンデハークを倒す事は出来ない。

 俺が持ち、俺が知ったどの剣術でもバンデハークに届いている光景はなかった。ならば、一度も試されていないコレに賭けるしか道はないのだ。


 バンデハークが追撃のために放ったナイフが迫り、そのまま空中に居た俺の身体を貫く。


「ぁ……?」


 それと同時にバンデハークの胸から凍華の刀身が生えていた。


「影通し――……」


 バンデハークの視線が自身の胸から生えている刀身と目の前に立つ俺を行き来する。


「なん……っ」


 言葉を最後まで紡ぐ前に俺が右腕を振れば“黒龍布に柄を捕まえれた”凍華が一気に引き抜かれ、バンデハークは口から血を吐き出し、ゆっくりと身体を倒す。

 身体中に刺さっているワイヤーから力が抜けたのを感じながら抜き、ゆっくりとバンデハークに近づく。


「お前は暗殺者なんだろうな……本来、こうやって正面から戦う事なんてないはずだったんだ」


 バンデハークは自身の前には何重にもワイヤーを張り巡らせていた。

 どれだけ斬っても、避けても無数に絡みついて来るソレは雑木林の中にあるクモの巣と同じだ。それに対して背後には一切のワイヤーは無かった。

 コレはバンデハークという魔族が暗殺を主とする戦い方をするからだろう。暗殺者が自身の背後を取られるなんてあってはならないし、今までもなかった。だから「自分は背後を取られる事なんてない」という長年の経験と自信から来る慢心があったのかもしれない。


 偽物の一ノ瀬 裕という男が習得している剣術はその全てが正面から戦う物だった。

 それもそのはずだ。死を恐れないならばどれだけの傷を負ってでも正面から切り伏せた方が手っ取り早い。

 だが、ソレではダメだった。

 バンデハークは偽物が相手にするには相性がとことん悪かった。


 その点、本物の一ノ瀬 裕には俺とは違った剣術が色々あった。

 生きるために戦うのだから背後から奇襲する剣術も当然ある。だが、その全てが無尽蔵とも言える魔力を使って初めて使える物だった。

 だから、俺は自らを犠牲にした。

 飛び上がる際に凍華を手放し、遠隔で黒龍布を操作する。どういう仕組みなのかわからないが、黒龍布は俺の意思に従って動くから出来た芸当でもある。

 だが、普通なら通用しない手でもあった。バンデハークの意識を地面を移動する黒龍布と凍華から逸らすためにあえて空中へと身を躍らせ、万が一にも防御されないためにあえて攻撃を誘発した。

 もちろん、凍華の魔力を使って偽物の凍華を作るのも忘れなかった。


「まだ生きてるが……もう、俺がどうこうする状態でもないか」


 黒龍布が右腕に巻き付き、それと一緒に凍華も右手に戻ってきたがもうあと一分もしない内に絶命するであろう老紳士に対してトドメを刺す気にはなれなかった。


「サ……クラ……さ、ま……」

「……」

「わ……私、は……まだ……貴女に、見せたい……作品が――……」


 何かを求めるようにうつ伏せの状態で伸ばされた左腕が地面へと落ちる。

 紫色の血が広がる中で俺はバンデハークを見下ろし、左手で心刀しんとうを抜いた。


《兄さん、いいのですか?》

「何がだ」

《バンデハークは……敵です。殺し合った相手です。その相手を救済するんですか?」

「……そうだな。コイツは敵だった。殺さなければ殺されていた。だけど……被害者だ」


 サクラというのは美咲の前世の桜さんで間違いないだろう。

 バンデハークがその時代から魔王城に居た事は凍華が言っていた事からも確定だ。つまり、コイツは過去に囚われてしまったんだ。

 そこにどういう感情があったのかは知らないし、知る術もない。

 俺はフィクションの主人公みたいに何もない所から急に何かを知る事なんて出来ない。俺が知っているのは俺が見て、学んできた事だけだからだ。


 沙織を攫って何がしたかったのかもわからない。

 もしかしたら、美咲と沙織を使ってサクラさんを生き返らせようとしたのかもしれない。


 だが、コイツは死んだ。

 ならその全てが過去の事だ。


《同情は己を殺します》

「同情なんかじゃない。コレは共感だ」

《一時の感情です》

「何とでも言え。コレが自己満足だって俺がよく知ってる」


 心刀を逆手に持ち、バンデハークの左胸に突き刺す。

 刀身が少し黒くなるのと引き換えにバンデハークの身体は紫色の燐光となって宙へと上がり、そのまま消えていく。


「せめて、次は囚われないように生きるんだな」


 そんな呟きに反応するように背後から無数の足元が聞こえてくる。

 鎧を着こんだ重い足音と共に聞こえてくる別の足音。なるほど……どうやら、俺が思っていたよりも早く到着したらしい。


「一ノ瀬……?」


 振り向いてみれば、そこには無数の騎士に守られながら勇者を筆頭とした元クラスメイト達の姿があった。

 中には非戦闘員とも言えるやつらも居る。


「お前、ここで一体何を……」

「ね、ねぇ……アレって死体じゃない……?」

「え、あ……本当だ。じゃあ、もしかして……」

「下の階にあったアレも一ノ瀬くんがやったって事?」

「じゃあ、味方なの?」

「でも、召喚の時に居なかったよね?」


 何やら話し始めた元クラスメイト達を眺めながら心刀を鞘へと戻す。

 本来なら凍華も鞘に戻して英気を養ってほしい所ではあるが、何やら騎士達から尋常じゃない殺気を感じるから保留だ。


「答えろ、一ノ瀬……下の階にあったアレもお前が……いや、そんなことはどうでもいい」


 勇者が一歩前に踏み出し、俺の目を睨みつけてくる。


「あの時、俺達を襲撃したのもお前なのか?」


 今、俺達は―――再び出会った。

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