参戦
笑っているとか返り血を浴びているとか、そんなことはもはやどうでもよかった。
何故ならば、『俺』というこの戦場でただ刀を振るっている存在は既に『人間』と呼べる程の理性も思考も持ち合わせておらず、ただただ目の前の『獲物』を如何に早く、如何に確実に仕留めるかという事だけに注力しており、そんな思考で動く生物は『人間』というよりも『兵器』と言った方がいいだろう。
故に、俺は右腕を振り続ける。
その手に持った刀を自分でも目視不可能な程素早く、確実に、相手の命を奪うためだけに振るい続ける。
「……っ!!」
人数差は圧倒的に相手が有利。当然だ……こちらには俺一人しかいないのだから。
だが、それがどうしたというのだろう? 逆に考えれば、これだけ楽しい戦場に俺一人だけというのはとても幸運なのではないだろうか?
なんせ、これだけの獲物を俺一人で全て殺していいと言われているようなものであり、それは今の俺にとってはとても嬉しい事だ。
「邪魔だぁっ!!」
目の前に居たゴブリンの心臓に向かって刀を突き刺し、そのまま押し込んで突き刺したゴブリンの背後に居たゴブリンも纏めて殺す。
あぁ、だが、コレは悪手だったと瞬時に思った。
《兄さんっ!》
刀を相手に突き刺すという事はその時、動きを止めてしまうという事だ。
この大群の中で動きを止めるという事がどれだけ自分を追い込んでしまう行為だという事を俺は完全に失念していたのだ。
「ちっ……」
そして、この決定的な隙を見逃してくれるほど、優しい連中ではない事は十分に理解している。
故に動けないこちらに向かってボロボロの剣を俺は冷静に見ることが出来ていた。
どうする?
こまま動かなければ、俺は四方八方から剣に突き刺され死ぬだろう。
刀を引き抜いている時間はない。
ならば……
「凍華っ!!」
あぁ、どうでもいい事を思い出した。
この刀の銘は凍華だったな……。
指先に魔力を回し、瞬時に凍華から手を離す。
そのまま両脚にも魔力を回して跳躍。
数瞬後、俺がさっきまで立っていた場所に無数の剣と槍が突き出された。
それを眺めながら、空中で身体を捻って倒立反転しつつ敵の背後に着地。
「グギャッ!」
その際に一匹のゴブリンを踏みつけたが、そのまま地面に倒して頭を踏み抜いてトドメを指す。
それと同時に右腕を引くと、遠くでゴブリンに刺さっていた凍華が独りでに抜けてこちらに飛んでくる。
これは、少量の魔力を柄に付着させておく事によって細い糸を使ってこちらに引き寄せたのだ。
投げナイフとかに応用すれば、投げた後に回収できるから便利だったりする。
「よっ……と……」
飛んできた凍華を右手でキャッチして、眼前を睨む。
状況は振出しに戻った。人数差は変わらず、長い目で見ればこちらが不利になるのは明白。
だが、俺は戦場で死ぬ事に関しては何一つ思うところはない。
むしろ、死ぬのであれば、桜の腕の中か戦場で死にたいとさえ思うくらいだ。
「さぁ、続きをやろうぜ」
だから、俺は再度敵に向かって走り出した。
「はぁ……はぁ……」
息が切れて呼吸が上手くできない。
さっきまでは気にならなかったはずの周囲に充満している鉄臭い血の匂いが異常なまでに気になってしまう。
俺は、一体何をやっていた?
何故、俺の周囲にはこんなに死体が散らばっているんだ?
《兄さん、正気に戻りましたか?》
「あ、あぁ……俺は、一体……?」
記憶がない。
その場所だけくっきりと無くなってしまったように空白になっているのだ。
《兄さんは、前世の記憶を若干でも取り戻されました……ですが、その影響で今の兄さんは戦場に立ったり、感情に大きな波が来た時には前世の記憶に引っ張られてしまうんです》
なんだよ、それ。
完全にデメリットじゃないか。
「引っ張られると、今みたいな状況になるのか……」
《はい。ですが、自我を強く持てば引っ張られることもなくなると思います》
なるほど……それで、凍華は戦いが始まる前に『自分を見失うな』って言ったのか。
くそっ、それなのに俺は自分を見失って前世に引っ張られて暴れていたのか。
「だが、この状況はどうするべきか……」
体力は枯渇し、視界が若干靄が掛かっている。
今は、凍華を地面に突き刺して杖代わりにしてどうにか立っている有様だ。
足一本、腕一本どころか指一本さえ動かせない。
今はまだ俺が虐殺しまくったお陰で相手側も警戒してかこちらの様子を伺ってくれているが、しばらくしたらすぐに俺が動けないと判断して攻めてくるだろう。
そうなれば、俺は終わりだ。
「……ぐっ!」
ならば、満身創痍の俺が取れる選択肢は一つだ。
無理な動きをしたせいで悲鳴を上げている体を動かし、構えだけでも取るしかないのだ。
「う……おおおお!!」
どうにか凍華を持ち上げて構え、眼前の敵を睨みつける。
それで一時は怯んだ相手だったが、デュラハンの激励によって戦闘態勢に入る。
「これは、早まったかな……」
《かもしれませんが、どちらにせよ戦うことになったかと》
相変わらず冷静な答えを返してくる凍華の柄を左手で撫でる。
相手はどうやら、牽制のために弓を使うみたいだがその数は対個人のレベルではなく、一国の軍隊を相手にするかのような無数の数。
そして、今の俺は避ける事はおろか防ぐ事さえも出来ないだろう。
弓兵が矢を番え、力の限りに弓を引く。
角度がやや斜め上になっているところから上から矢が落ちてくるのだろう。
それを眺めながら、真っ直ぐ狙って撃つわけじゃないんだなぁとかどうでもいいことを考える。
よくよく考えれば、当たり前のことなのだが生憎と今まで弓はおろか戦争系列の戦いとは無縁の人生を歩んできた俺には当たり前と言うには程遠い知識だった。
「終わったか……」
そっと目を閉じる。
きっと、数秒後には矢が降り注ぐ事だろう。
「諦めんじゃねぇ!!」
怒声を耳で、誰かが目の前に飛び込んでくる感覚が俺に空気を伝って感じさせる。
ハッとして目を開けると、そこにはデカすぎる背中が映り込み、その背中を隠すくらいの大きさの大楯が目に入る。
突然の乱入者に驚いていると、背後から様々な色の長槍が俺の横を低空飛行で飛んでいく。
それらは今にも矢を放とうとしている弓兵を数体貫いて、それでも尚、進んでいく。
「あ……」
声を出そうとして、俺はもう既に自分が声を出せないほどに消耗してしまったことを悟ったが、目の前に立っている大男は全てわかっていると言わんばかりにどっしりと大楯を構えなおした。
「安心しろ。折角こうやって間に合ったんだ……ここは俺達がどうにかするからそこでゆっくりと休んでいろ」
「……」
大男の言葉を聞いた俺は、どうにか左腕を伸ばしてその背中に手のひらをあてる。
大丈夫。こいつは信用できる。だから、一言……せめて、一言だけ言いたい。この戦場を我を失っていたとしても先ほどまで支えていた俺だからこそ、言わなくてはいけないことがあるのだ。
「……まか……せ……た……」
そうどうにか声に出したところで俺はそっと意識を失った。
「ああ……任せておけ」
意識を完全に消失する直前にそんな声が聞こえた気がした。




