美咲と沙織②
石が敷き詰められた床に音を立てて白華の鞘だった物が形を失って落ちていく。
「ぁ……?」
それは相当な音だった。
だが、そんな中でも目の前に立つ魔族の男が発した小さな声は耳に入ってきた。
「なん……で……俺の胸に、穴が……?」
小さく穴が開いた左胸を自身の手で確かめてからゆっくりと男は倒れた。
それを確認してからゆっくりと息を吐く。過去の世界で白華専用に作られた鞘。様々なギミックが施された外部装甲は星の精霊の圧縮した魔力を射出する力に耐えきれず自壊した。この先に待ち受けている敵を考えればソレは適切ではなかったかもしれないが、時間を考えれば妥当だと言える。
「……行こう」
通常の鞘だけになった白華を腰裏に差し直しながら歩き、男の背後にあった階段を上る。
一応、コイツが起き上がる可能性を考慮して警戒してはいたが、どうやら魔族も人間と同じで心臓を撃ち抜かれれば死ぬらしい。
「そういえば……壁にも階段にも傷一つ付かないんだな」
階段を上りながらそんな事を口にすれば、脳内で凍華が声を発する。
《この城自体はお兄ちゃんが制圧した時に内部だけ作り直されていますからね》
「そうなのか?」
《はい。数人、言う事を聞いてくれる魔族が居たんです。その中の一人が特殊な加工法を知っていまして……一つの物質を一度分解して他の物と混ぜて一つの物質にする事に長けていたんです》
「錬金術みたいなものか……」
《正確には違いますけど、似たようなものです。兄さんが身に纏っているその外套も同じ製法で作られていますよ。と言っても、ソレは様々な物質を分解して混ぜ合わせて糸にしてから編み上げられていますけどね》
「コレか……」
別の世界線で地獄を歩き続けた俺。
そんな俺が置き土産とばかりに置いていった片割れがこのローブを何重にも重ねたような見た目をした黒い外套だ。
重そうな見た目とは裏腹に凄く軽く、それでいて耐久度は相当高い。実際に試した事はないが、おそらく聖剣や特級魔術でさえも傷を付ける事は出来ないだろう。
コレを傷つけようとするならば……そう。それこそ、心刀のような根源や概念を斬るような性質を持っている武器でなければならないだろう。
《まぁ、兄さんのソレがどのような物質を混ぜ合わせて作られているのかはわかりませんが……っと、次の階が見えてきましたね》
「城の大きさからは考えられない程に長い階段だったな」
《内部は空間が歪んでいますから》
凍華の言葉を最後に視界が広がる。
部屋の広さはさっきと同じだが、周囲には多くの松明が所狭しと置かれている。
「まるで、何かの儀式場みたいだな……」
階段へと続く道のように松明が置いていない場所があり、そこを進んでいくと階段の前に何かが寝転がっているのが見えた。
ソレが人だとわかり、咄嗟に白華へと手を伸ばすのとソイツが身体を起こすのは同時だった。
「ふぁぁ~……ん~? もしかして、君が勇者ってやつ?」
浅黒い肌に金色の長い髪。
小柄は体躯を覆い隠すように羽織られた黒いローブが印象的だ。
「俺は勇者じゃない」
「だよね~。君、魔力が少なすぎるもんね」
少女とも少年とも言えない中性的な声で笑い、無駄に整った顔で数回頷いたソレは興味を失ったように右手の人差し指を立てた。
その指に反応するように周囲の松明に灯っている炎が勢いを増し、風に吹かれたようにその体躯を左右に揺らす。
「ま、勇者じゃないなら用はないや。燃え尽きてよ」
人差し指が俺を指差し、一瞬にして視界が真っ赤に染まる。
「君には勿体ないけど、いい練習台になったよ。さ~て、もう一回寝よう……?」
ソレの声は最後まで発せられる事は無かった。
何故なら、炎の中から突き出した俺の左手がその頭を鷲掴んだから。
「は……ぇ……?」
「……」
身体を前へと押し出しつつ、左腕を引き戻す。
その勢いのまま抜刀していた白華を左胸へと一気に突き刺した。肉を断つ感触と確かに心臓を貫いたという手応えが右手へ伝わってくる。
「なん……で……? い、今のは……特級、魔術にも……匹敵…す……」
そこまで言って息絶えたソレの死体を床へと投げ捨て、白華に付着した血を払う。
「この外套を置いていったアイツには感謝だな」
炎から逃れるために深く被っていたフードを外し、先を目指して俺はまた階段を上った。




