美咲と沙織①
魔王城までは思っていたよりもあっさりと辿り着いた。
道中で盗み聞きした話だと、どうやら勇者出撃の情報が魔族側にも入っていたらしく軍の大半はそちらを対処するために出撃していったらしい。
そも、狼神の話だと魔族というのはそこまで数が多いわけではない。数合わせのために様々な魔物を使っている所からもソレがわかる。
魔族は人間よりも強い。それこそ、一人の魔族を倒すのに一般兵士だと一個中隊は必要で全滅覚悟でどうにかといった感じだ。
そんな魔族を一対一で倒せる勇者達はなるほど、確かに規格外と言った所か。
「まぁ、だからって許されるわけではないけどな」
塀を飛び越え、気配を殺して周囲を見渡す。
見張りの兵代わりに武装した魔物はそこそこ居るが、やはり魔族の姿はない。
沙織の気配を探ってみれば城の最上階辺りに居る事がわかる。今の俺ならば壁を上るなりなんなりで侵入する事も出来るが、残念ながら城の特性として出来ない。
「……正面突破しかないっていうのもな」
来るもの拒まず、去る者逃がさず。
この城を言葉で表すならばソレだ。入城するには正面の大扉から入るしかなく、それ以外ではどういう仕組みはわからないが入口に戻されるらしい。
しかも、中には四天王ならぬ四族と呼ばれる魔王の懐刀が待機している。確かに、去る者逃がさず、だ。
「フェル」
「はい」
名前を呼べばすぐ後ろから声が聞こえてくる。
振り返ってみれば、小さな身体で狙撃銃を抱えている少女がいる。
全てを見透かすような雰囲気を纏った淡い青色の瞳と視線が交差する。
彼女は待っているのだ。俺が、命令を下すのを。
「手筈通り、頼む」
「はい」
フェルは小さく頷いてその場から消えた。
結局、彼女がどういう存在でどんな意味があって俺に付き従っているのかはよくわかっていない。気にならないというわけではないが……残念ながらそれを明らかにする時間はないだろう。
俺は残っていた星の精霊にも声を掛ける。
「お前もフェルに付いていってくれないか」
「別にいいけれど……大丈夫なの?」
「一人の方が色々とやりやすい。それに……終わりは見えている。そうだろ?」
「……ええ。そうね」
星の精霊が背を向けたところで俺も視線を外す。
すると、不意に背後から声が掛かった。
「そういえば―――」
「ん?」
「ありがとう。彼を救ってくれて……一度与えた力は私にはどうしようもなかったから」
振り返ってみれば、もうそこには誰もいなかった。
「ありがとう、か……」
彼女にとって、アルドルノの事は気がかりだったのかもしれない。
そういった仕草や言動は何一つ聞いた事も感じた事もなかったが、もしかしたらこの未来が見えていたのかも……いや、考えても無駄か。
「終わった事なんだからな」
気配を殺してゆっくりと歩き出し、見張りの魔物を暗殺しながら大扉へと近づいて静かに開く。
中は外見とは裏腹に何もない空間だった。
いや、正確には一人の魔族とその後ろに階段はある。だが、それ以外は本当に何もない。周囲の壁はレンガで作られていて広大な部屋となっているだけだ。
「ん? なんだお前は? 勇者ってわけじゃないよな?」
「……」
中央に立っていた魔族の男が巨大な大剣を片手に俺を睨みつけてくる。
身長は恐らく2mと少し。体格は筋肉質だがぱっと見では細いという印象を受けるだろう。肌は魔族の特徴である黒。
「んだよ。勇者が来るかと待ってたってのに、来たのは死にかけの人間が一人か」
魔族の男は愚痴りながらも大剣を片手で軽々と構える。
たったそれだけの行動で圧倒的な力の差を感じた。
「死にかけ、か……」
言い得て妙だと思った。
視界の端を薄緑の燐光が舞っているのを捉える。
俺の魔力は先の戦いで残り三割弱しかない。魔力量が見えると言われている魔族からしたら、なるほど確かに死にかけだ。
「まぁ、ここに迷い込んだのが運の尽きだと思って死んでくれ。俺はその後に勇者をゆっくりと待つ事にするか」
やる気なさそうに魔族の男がやる気なさそうに一歩踏み出す。
それと同時に俺は腰裏に差してある白華の鞘を握った。
△
▽
魔王城の最上階。
その中に存在する自分に割り当てられた部屋に美咲と沙織は居た。
「~♪」
「……」
上機嫌に鼻歌を歌いながら沙織の髪を弄っている美咲と対照的に、沙織は無表情だった。
目は虚ろであり、美咲に何をされても抵抗どころか指一本さえ動かそうとしない。
「よし、完成!」
黒いドレスに髪を綺麗にセットされた沙織を見て美咲は満足そうに頷いた。
「うんうん。沙織ちゃんは元がいいから予想以上の出来栄えだよ」
美咲は一人でそう頷いて、沙織が座っているベッドの隣に座る。
「沙織ちゃんも不幸だよねぇ……本物ならともかくあんな偽物に捕まっちゃうなんてさ」
そう呟く彼女の脳裏に浮かぶのは最愛の人である一ノ瀬 裕の名前を語る偽物の姿。
見た目はそっくりだった。いや、様々な戦いを経験したことで少し大人びていたか。ただ、彼を知る人間が見れば全員が「アレは一ノ瀬 裕だ」と言うくらいには似ていた。
美咲も最初はそう思っていたし、信じていた。
だが、自信が魔刀として完成されつつある中で一つだけ違和感があった。
「でも、詰めが甘いよね。魔力の波動が若干違うんだもん」
魔力は指紋と同じでこの世に同一の物はない。
どれだけ似通っていたとしても、僅かに違う所があるのだ。
「まぁ、だからこそ私が気付けたっていう話でもあるんだけど」
彼が偽物だと気付いた時の衝撃は今でも鮮明に思い出せるくらいに美咲の中に刻み込まれている。
それと同時に感じた本物がどこに行ってしまったのか、という疑問。色々考える中で彼女は一つの結論にたどり着いた。
「きっと、あの偽物を殺せば解放されるよね」
ソレは偽物が本物をどこかに閉じ込めてしまったという事だった。
この世に自分と同一の存在が居るのは不自然だし、不都合だ。だから、きっとどこかに閉じ込めているのだろう、と。
仮に本物が死んでいたとしても、今の美咲が全力を出せば偽物を器に本物を蘇生する事も出来るとわかっていた。
「だから、そう……沙織ちゃんも一緒にあの偽物を倒そうね。ずっと私達を騙してたんだもん。当然の報いだよね?」
「……」
美咲の瞳が怪しく光るのと部屋の扉がノックされるのは同時だった。
しばらくした後に美咲が返事をすれば、扉が静かに開きそこから老紳士が顔を出す。
「バンデハーク」
バンデハークと呼ばれた老紳士はあの時、王都の地下に現れた老人だった。
彼は綺麗なお辞儀をした後に沙織を一瞥し、口を開く。
「美咲様。どうやら、あやつがこの城に侵入したようです」
「ふぅん……」
美咲が目を閉じて気配を探ってみれば、確かにそこにはあの偽物の気配があった。
しばらく観察していた彼女はすぐに興味を失ったように目を開けた。
「死にかけだよ。魔力なんてほぼ残ってないし、きっとここまでは辿りつけないね」
「下には四族が控えておりますからな」
「私が直接手を下せないのはちょっと不満だけど……まぁ、いっか。バンデハークは後でアイツの死体を持ってきてくれる?」
「仰せのままに」
再度綺麗なお辞儀をしたバンデハークが退出するのを見送った後、美咲はその顔に満面の笑みを浮かべた。
「あぁ……早く会いたいなぁ……ゆーくん」
その声色はまさに恋する乙女そのものだった。




