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偽物と本物の邂逅②

 例えるならそう……座り心地のいい椅子に深く身体を預けているような感覚だった。

 身体は動き、思考は巡り、五感の全てを感じたとしてもこの身体は自身の意思とは関係なく動く。ただ、それに対して険悪感は一切無い。だから座り心地のいい椅子だ。


「――っ」


 互いの剣が軌跡を残し空中に火花を咲かせる。

 位置を入れ替え、変則的な動きも交え、僅かな隙へと差し込む。そんな“至った者”同士が繰り広げる剣劇はどこまでも果てがなく、終わりなど見えない。

 いや……むしろ、お互いに終わってほしくないとさえ思っているのかもしれない。それほどまでに、この殺し合い(ダンス)は美しい。


「オォッ!!」

「―――」


 アルドルノの咆哮が響き、鋭く、素早く、その両手に握られた剣が何回振られたのかさえわからない程の斬撃を生む。

 その直後に響き渡る合計二十の金属音。そこでようやく二十の斬撃が襲ってきたのだとわかった。僅か一拍の内にそれだけの斬撃を放てる時点で化け物だし、それを特に動揺する事なく全て弾いてみせたこの身体を操る男も規格外だろう。


 お互いに決定打がない剣戟。

 振られる剣は全てが同じであり、その全てに無駄がない。一挙手一投足を切り抜いてみたとしてもその全てがあらゆる状況への布石だ。

 だが、そんなほぼ互角と言える戦いの中であったとしても徐々にこちらが押されていた。考えてみれば至極当然の事で、相手は無尽蔵と言える魔力を使えるのに対してこちらは上限が決まっているのだ。それに加えて余力を残した状態で戦わなければならないという制限付き。


「―――ッ」


 だから、この身体に限界が来るのが予想よりも早いというのも当たり前の事だった。


 ガクリと右足から力が抜けて俺の身体は前のめりに倒れ始める。

 だが、それも一瞬の事だろう。数秒経てば即座にその体勢を整える事が出来る。


 たった数秒。

 されど、数秒。

 アルドルノを相手に数秒を与えるという事は死を意味する。さっきまでギリギリの所で取れていたバランスが最悪の形で崩れたのだ。


「……ッ!!」


 視界に僅かに映るアルドルノの口が「取った」と動いたのが見え、それと同時に予め振り上げられていた右手の黒い剣が高速で迫ってくる。


「残念だ……」


 それは俺の声であって自分の声ではなかった。

 低く、それでいて悲しそうな声色を伴って口から漏れだしたのはきっとこの身体を操っている男の声だ。


「お前が……俺の剣術じゃなく、お前自身の剣術を使っていたなら―――」


 左手に握っていた白華はいつの間にか手放されていた。

 変わりに握られているのは心刀の鞘。心刀さえも気づかない内に鞘へと納められていた。


「――俺は、コレをお前に見せずに敗れていただろうに」


 黒い剣が視界一杯に広がる。

 もう、その剣が俺の頭を叩き斬るまでに一秒もいらないだろう。


「秘剣―――」


 だが、今、この瞬間において一秒未満であったしても間延びしたかのように長く感じる。

 体内の魔力……その六割が一瞬で消えた。


「――散華さんか


 神速の抜刀。

 力が抜けていたはずの右足が地面を踏み込んだ。

 周囲に存在する魔素、時空、物質、空気―――その全てを斬り裂いて振りぬかれた心刀は黒い剣を両断し、振り上げられた腕が即座に振り下ろされアルドルノの身体を右斜め上から斬り裂く。鮮血がゆっくりと飛び散る中でもその体は止まらず、即座に矢のように右腕を引き絞り、刃が突き出された。


「ぁ……」


 確かな手応え。

 左胸に心刀を生やしたアルドルノはしばらく呆然とし、その後にゆっくりと後ろへと下がって大木に背中が当たるとゆっくりと座り込んだ。


「……」

「あぁ……」


 アルドルノの身体が再生する気配はない。


「アルドルノ……」

「はは……コレが痛み、か……もう、随分と感じていなかったけどこんな感覚だったかな……」

「……」

「そんな顔をしないでくれ、よ……あの力は僕にとっても忌々しい物だったんだしさ……君が斬ってくれて助かったとさえ思うよ……」


 アルドルノは力なく笑った後に俺の目を見てくる。

 いや、目を通してその奥底まで覗きそこでこちらを見上げている男と目を合わせた。


「君に……助けられるのは、コレで何回目だったかな……?」

「……コレで三十回目だ。今回はお前が聖剣とか言って魔剣を拾ってきた時に似てるな」

「はは……記念すべき三十回目だったわけだ。魔剣……魔剣か。懐かしいな……」


 ゆっくりと目が閉じられる。

 その顔は穏やかであり、過去の思い出に馳せているようだった。


「僕は……あの頃から強くなったかい……?」

「ああ……強かったよ。お前が、お前自身の剣術を使ったならば俺は勝てなかっただろうな」

「はは……そ、うか……」


 アルドルノが深く息を吸う。

 もう、長くはないだろう。星の精霊の加護を失ったアルドルノはこれまでの負傷や老化が一気に押し寄せている状態だ。むしろ、こうやって会話をしている事が異常とも言える。


「確かめたくなったんだ……本当に…………ユー、君なのかを」

「……昔からバカなヤツだな」

「今更さ。君は……よく、喋るようになったね」


 俺達の背後から足音が聞こえる。

 アルドルノの目がうっすらと開いた。


「アルドルノ……」

「シロ……君が近くに居る時点で確証はあったはずなんだけどね……コレは僕のエゴか」

「ごめんね……私が、もっと早く記憶を取り戻していたら――――」

「ソレは言わないでくれ……なに、ここで終わりなわけじゃない。ちょっと先に行ってるだけ……君やユーがこっちに居るとなると、クレアは一人だろうから……きっと……拗ねているに、違いない……」

「俺もクレアも……お前に生きていてほしいと願った。だが、ソレは俺達のエゴだった……アルドルノ。お前には、辛い生き方をさせてしまった」

「謝らないでくれ……お陰で、君たちに話す土産話が増えた……今なら、そう、思える……」

「……すぐに、俺も行く」


 そこで、身体の主導権が俺に戻ってきた。

 突然の事で戸惑いはあった。だが、自分が何をすべきなのかはわかっていた。


「君の道を阻んでおいて……こんな事を、頼むのはアレなんだけど……いいかい……?」

「ああ」


 心刀を両手で握って振り上げる。

 刀身が淡く光り、その姿は視認することが難しい程に透き通る。


「ユー、シロ……先に行って待ってるよ。なぁに……数千年に比べたら短いものさ」


 アルドルノが目を閉じ、白華が小さく頷いたのを確認した後に心刀を振り下ろした。





 穏やかな顔をして眠ったように息絶えているアルドルノを見つめた後、刀身を僅かに黒く染めた心刀を鞘へと戻す。


(この身体の主よ。ありがとう。それと、魔力を使い過ぎてすまん)


 そんな声と共に俺の身体から何かが抜け落ちるような感覚が襲ってきた。

 足元がぐらつき、その場に座り込みそうになるのを白華が支えてくれる。


「……」


 この気持ちをなんと言葉にしたらいいのかわからず、ただ口を閉じる事しか出来ない。

 俺の中に居た男はきっとこの時を待っていたのだろう。役目を終えたならば、役者は舞台を去るのが常だ。


「俺は、お前たちが羨ましい……そう、思うよ」


 ポケットに手を突っ込み、そこからクシャクシャになった手のひらサイズの箱を取り出した。


《兄さん、ソレって……!》

「何かに使うかと思ってずっと持ってたんだ……今の状況にピッタリだろう?」


 凍華が制止する声を無視して箱を開けると、そこには一本の煙草が入っていた。

 いや、この世界ではチルシというんだったか。それに加えて、コレは厳密には煙草ではない。魔王領に群生している空気中の魔力を吸収するという特徴を持った“魔力草”を乾燥させたものだ。


「魔力補充剤……線香の代わりくらいにはなるだろう」


 最後の魔力補充材を口に咥えて、野営用のマッチで火をつける。

 この世界でマッチを発見した時には驚いた物だが、買っておいてよかった。


「……」


 紫煙を吸い込み、その苦みと喉を通過する重い感覚に眉を顰めながら煙を吐き出す。以前、凍華に貰った時と同じで、身体を急激な倦怠感が襲ってくるが無視した。

 それに感覚としてはほんの僅かだが、魔力は確かに回復出来ている。


「俺は……正しかったのか……?」


 誰にも聞こえないように呟いた後に軽く頭を振って、足元に落ちていたそこそこ大きな石をアルドルノの前に置き、そこに吸いかけの魔力補充材を置いた。

 さっきも言ったが線香の代わりだ。


「アルドルノ……お前の新しい人生は幸福である事を祈るよ」


 立ち上がって、刀状態になった白華を左腰に差し直して俺はまた歩き出した。

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